中盤戦
『7月24日15時57分・管制室』
管制室オペレータ・志藤美琴(※22歳独身。でも、そろそろ彼氏は欲しい。どちらかと言えば年上派だけど、怖い人は苦手)はそろそろイッパイイッパイだった。
「城守局長ー! Dブロックがもう限界ですー!」
『落ち着いてください、志藤君。G-3はどうなりました?』
「クリスタルランスの犬神さんのおかげで盛り返してますー! 物凄い勢いで! しかも、なんだか若い男の子と女の子といい感じですー!」
『ふむ、相変わらずですね。彰君。【いい感じ】と言うのは何のことか分かりませんが……』
「そんなことより、Dブロックがー!」
城守局長には、何か算段があるのだろうが、志藤にはどう見ても限界に見えた。
というか、どうしてこれだけテンパっている自分が、こんな大事な報告をしているのだろうか?
『分かりました、Dブロックのことはもういいです。皆さんは、他のブロックに力を注いでください』
「へ……。ちょ、長官?」
いきなりの予想外な発言に、一瞬固まる志藤。
聞き返そうとするが。
『管制室聞こえてるか! N-4ブロック突破されそうだ。至急、応援を頼む!』
「は、はい! えと、N-4だとどこから出せばいいんだろ……」
そんな暇はなかった。
◇◆
『7月24日15時58分・A』
「という訳で、私はDブロックに行きます」
管制室からの通信(※やっぱり、あの女の人の声だった。他に人いないんじゃないだろうな、管制室?)を終えて、城守さんが言った。
「い、いや、城守さんが行ってもあんまり意味がないんじゃ……? それより、管制室に戻って指揮を取った方が」
プロに意見するのは身の程知らずだとも思ったが、俺は言った。
だいたい、BMP能力者でもない城守さんがあんなところに行ったら危ないぞ。
「大丈夫ですよ。私に策があります」
自信満々で答える、城守さん。
どんな策かは知らないが、どんな策でも普通に危ないと思うんだが。
……思った以上に底知れない人だな、この人。
「それより、麗華さん」
「うん」
「Bランク幻影獣の方は、歩みは遅いですが確実に近づいています」
壁の上の方に設置されたモニターを見ながら城守さん。
そこに亀のような姿をした巨大幻影獣が映っている。
見た目のインパクトは、第五次首都防衛戦の時の奴の方が凄かったが、少しずつにじり寄ってくる姿を見ていると、状況的に今回の方が嫌な怖さを感じる。
……前回はどっちかというと、怖いと感じるほどの余裕もなかったからな。
「いざという時は、お願いしますね」
「問題ない」
これからBランク幻影獣を相手にするかもしれないのに、全く気負いのない麗華さん。
凄い人だよな、やっぱり。
「そして、悠斗君」
「は、はい」
「悠斗君の所にだけは敵を来させないように布陣していますが、万一のことがないとも限りません。あのAランク幻影獣が未だに姿を見せていないというのも、不気味です」
「は、はい……」
それはほんとに不気味だと思う。
あれだけ意味ありげに出て来ておいて、まさか見物だけなんてことはないと思うんだが。
「たとえ万が一のことがあっても、死んでは駄目ですよ」
「も、もちろんです。まだ死にたくないです」
正直に。
「いえ、違います」
と、城守さんがちっちっと指を振る。
「死にたくないではなく、死んではいけない、です」
◇◆
『7月24日16時02分・E-4』
幻影獣は、よく自然災害に例えられる。
殲滅に成功しようとしまいと、時間が過ぎれば過ぎ去っていく。
どれだけ激しく襲撃してこようとも、引き揚げる時は驚くほどあっさりと淡白に去っていくのだ。
奴らの行動様式は謎だらけだが、少なくとも、人類の絶滅を目論んでいるのではないのではないか、という意見もある。
が、今日は違った。
今日のこいつらは、明らかに『目的』がある。
それが本当に澄空なのか、それとも別の何かなのかは分からないが、それが達成されるまで、こいつらは引き揚げない。
そして、幻影獣の実際の数は良く分かっていない。
なにせ、普段はどこにいるのかも分からないのだ。確認のしようがない。
本気になった奴らの増援がどれくらいのものなのか……。あるいは、無限なのか。
峰がそう考え始めるほど、激しい消耗戦だった。
「『砲撃城砦』!」
味方に当たらないように小刻みに移動しながら、圧縮した空気の塊を連射する峰。
これだけの乱戦で下手に撃つと誤射の危険があるので、威力も数も絞り気味に撃っていた。
そして、気付いた。
(この技、手加減して撃つ方がよっぽどキツい!)
もちろん、それだけではない。
そもそも、乱戦は遠距離攻撃系のBMP能力者にとっては、鬼門なのだ。
近接状態での回避は難しいし、攻撃も即応性があるとは言い難い。
その意味では、三村よりよっぽどきつい。
おまけに、峰はペース配分が苦手だった。
序盤から全力で飛ばして、後は野となれ山となれタイプだった。
当然、レベルが上の相手には通用しない。
前回の入院及び、そこで知り合った少年に諭されて、そこのところをよーく反省したつもりだったんだが。
「そういえば、あいつは、どうしてるんだろうな?」
確か、小野倉太という名前だった。
一応ウエポンの属性持ちのBMP能力者だと言っていたから、この作戦にも参加している可能性はあるのだが。
「って、そんな場合じゃないな!」
眼前に迫る幻影獣に『砲撃城砦』を掃射。
見事撃ち倒すが、やはり全力では撃てなかった。
疲労もストレスもたまる。
「こんなことじゃ、ますます澄空に相手にされない!」
病院で、どこから入手したのか知らないが、小野に見せられた映像は衝撃的だった。
死力を振り絞る仲間(※本郷エリカのことだ)を背に庇い、生まれて初めて発動したBMP能力でBランク幻影獣を叩き斬った同級生。
こいつだ、と思った。
BMPハンターは、好敵手が居た方が上達が早いというのは、周知の事実だ。
剣麗華の強さは別格だが、彼女をライバルにしようとは思わなかった。
別に、女性だからというつもりはない。
……何か違うのだ。
澄空悠斗を見て、それが分かった。
あいつはこれからどんどん強くなる。
それに必死で付いていけば俺も強くなる。
峰が考えているのはこれだけだった。
別に、大した伏線も事情もない。
ただ単に強くなりたいだけなのだ。
幻影獣を倒すために。
なのに。
「くそ……」
この間Aランク幻影獣に奇襲された時、麗華を除いて誰も(※もちろん自分も)反応できなかった『捕食行動』をあっさりと叩き斬って見せた同級生。
あの時は、心底仲間を心配している顔に見えたが。
(ひょっとして、足手纏いと思われたのかもしれない)
そんなことはないとも思うが、もしそうなら屈辱だった。
助け合うのはいい。
だが、足を引っ張るしかできない実力なら、BMPハンターなんか辞めた方がいい。
幻影獣が目の前に迫る。
泥でできたような、個体と液体の中間のような姿をしていた。
「ふざけるな! 澄空悠斗ー!」
ついにタガが外れた。
全力で『砲撃城砦』を掃射してしまった。
今までとは比較にならない威力で、幻影獣の体に拳大の穴が無数に開いていく。
幸いに誤射とはならなかったが。
「あ」
力が尽きた。
感覚でわかった。
そして、間が悪いことに、この液体の体を持つ幻影獣は、『砲撃城砦』では倒せない敵だった。
身体中を穴だらけにしながらも、粘液のような腕に頭を掴まれる。
途端、呼吸ができなくなる。
あまりに情けない幕切れ。
せめて最後は潔くしようという思いと、まだ諦めたくないという思いが同時に生まれ。
結局何もできずに、酸素を奪われていく峰。
周りのハンター達も助けに来れる状態ではなさそうだった。
そして、いよいよ限界を迎えようとした、その時。
閃光が走った。