序盤戦
『7月24日13時10分・管制室』
管制室オペレータ・志藤美琴(※22歳独身)は後悔していた。
勢いに流されて、電速の依頼に了解したことをだ。
なぜかというと、今現在、この管制室には作戦行動を司る者がいない。
複合電算・雛鳥結城が病欠中なのは仕方ないとはいえ、作戦担当が人事異動の不手際で不在なのは、もう完全に組織のミスではなかろうか。
そもそも、この組織は局長に頼りすぎなのだ。
それは志藤も理解していた。
だが、その局長が。
『当日は私は現場に出ます。国家治安維持軍に指揮を依頼してはみたのですが、軍としての構成が違いすぎるから力になれない、とのことでした。まあ、私もそう思います』
と言うとは思わなかった。そして、ほんとに当日になっても作戦担当の人間がいない状態になるとは思わなかった。
「こちら、管制室。Aブロック、聞こえますか?」
とはいえ、一応、頼ってみる。
『はい。どうしました、志藤君?』
「城守局長、どうやら建物外で決着をつけるのは無理のようです。乱戦に備えて、配置ブロックの変更に関する指示の依頼が来ています」
『ああ、やっぱり、そうですか』
いつも聞くだけで安心する、確かな実績と実力に裏打ちされた落ち着きのある声。
だが、今日だけは別だった。
『仕方ありませんね、雛鳥君に少し無理をしてもらいますか。セッティングはしておきましたよね? あとは、管制室で対応してください』
「え? え、でも? 結城ちゃ……雛鳥さんに手伝ってもらうにしても、今、ここ、オペレータしかいませんよ?」
『問題ないです。非常事態ですから、規則違反に問われることはありませんよ』
「いえ、心配なのは規則だけではなく……」
実力の方である。
当たり前だが、オペレータと作戦司令では求められる能力がまったく違う。程度でなく種類が違う。
『嫌な予感がするんですよ、今日は、やはり私は現場にいるしかないようです』
「で、でも……」
『頼みましたよ、志藤君』
と言って、切れた。
しばらく呆然とする志藤。
そして、周りを見る。
仲間のオペレータも、皆同じ顔をしていた。
一斉に、頭を抱える。
「「うっそぉ……」」
◇◆
『7月24日13時12分・A』
「良くない状況ですね」
管制室との通話を終えて、イケメンな上に偉い(※ある程度の地位だとは思ってたけど、まさかBMP管理局の局長だとは思わなかった。というか、なぜ誰も教えてくれないんだ?)男、城守さんは呟いた。
「良くないですねぇ」
とりあえず返答する。
別にお追従した訳ではない。実際に、良くない様子が丸見えなのだ。
少し、状況を説明しよう。
この俺、澄空悠斗は、BMP管理局Aブロック、即ち最深部で保護されていた。
Aブロックは、一言で言えばシェルターだ。
想定している敵は、あくまで幻影獣だが、直径100メートルほどの円筒型の空間は、核にも耐える壁で覆われている。
扉は一つ。あそこから、中庭であるBブロックに繋がっている。
そして、どういう訳か天井が高い。20メートルくらいある。
その壁面、10メートルくらいの所に、50近い数のモニターが掛っているのだ。
どういう用途で設置したかは知らないが、とにかくあのモニターで、管理局内の様子は手に取るように分かるようになっている(※でも、制御は管制室にある)。
そのモニターの一つが、現在戦闘中の屋上の様子を映し出しているから、良くない状況なのが俺にも分かるという訳だ。
説明終わり。ああ、疲れた。
「光と彰も良く闘っていますけどね」
「いや、あれは、獅子奮迅……というか、傍若無人というんではないでしょうか?」
城守さんの低すぎる評価に反論する。
カメラが捉えきれないほどの速度で走りまわる(※というか実際に捉えてないんだけど、所々に電気が走った跡と横たわる幻影獣の死骸があるんで分かる)犬神彰さんに。
すでに乱戦になっているのに、お構いなしに光線を撃ちまくる(※でも、なぜか誤射が全くない。どんなカラクリなんだろうか?)茜島光さん。
強い。
そして、凄い。
あんなのが5人もいるんじゃ、クリスタルランスが最強というのも頷ける。
でも。
「押されてる」
麗華さんが言う。
そうなのだ。
あの二人がいくら強くても、取りこぼしは出る。
無法射撃区間を潜り抜けた幻影獣達が、次々と屋上から建物内部に侵入を始めていた。
ちなみに、ここAブロックにいるのは、俺と麗華さんと城守さんだ。
最後の砦の割にこれだけしかいないのは、ここまで来られたら負けという認識なんだろう。
とはいえ、麗華さんがいる限り、ここが一番戦力的に安全な気もするけど。
「麗華さん、調子はどうですか?」
「問題ない」
城守さんの問いに答える麗華さん。
今日の午前中にも、念のため、緋色先生が最終検査をしていたが、特に問題はなかったらしい。
でも、気のせいか。
なんか、顔色悪い気がするんだけどな……。
「悠斗君の護衛が最優先ですが、そもそもここまで攻められれば負けです。麗華さんには状況によっては、出撃してもらうことになると思いますので」
「ん。分かってる」
城守さんに応える麗華さん。
なるほど、麗華さんがここに居るのは、俺の護衛であると同時に切り札でもあるのか。
でも、できれば、麗華さんが前線に出る事態にはならない方がいいんだけどな。
『きょ、局長、N-4ブロックが破られそうです!』
さきほども聞こえた、オペレータさんの声が聞こえてくる。
「周辺のブロックから増援を。防御の薄いところを使わないようバランスを取りながら」
『バ、バランスと言われても……。あ! M-3もまずいです!』
「雛鳥君の指示通りに! 中層では足止めが精いっぱいです。なんとしてでも外層で優位に立ってください!」
『は、はいー!』
テキパキと指示する城守さんと、なんだか泣きそうな声のオペレーターさん。
しかし。
なんで、城守さん、ここにいるんだ?
管制室に行った方がいいと思うんだけど。
◇◆
『7月24日14時24分・管制室』
戦いが始まって一時間ほど経っただろうか。
管制室では、オペレータ・志藤美琴(※22歳独身、でもそろそろ彼氏は欲しい)は、しどろもどろになっていた。
ブロックO-1で闘っている、非常に強力なBMPハンターに問い質されているのだ。
『幻影獣どもは一通りは片付いたんだがな。気が付いてみると、仲間のBMPハンターがいない。ひょっとしたら何人か巻き込んだような気もするんだが、それにしちゃ死体もないんだよな』
通信機から聞こえてくるのは、野太い男の声。
どう聞いても冗談を言いそうな声ではなかったが、声の主の素性を知っている美琴からすれば尚更だった。
「え、えーとですね……」
口籠る美琴。
もちろん事情を知らない訳ではない。
が、はっきりと言うのが怖いだけだ。
それはそうだろう。
最強チーム『クリスタルランス』の『怪力無双』臥淵 剛に向かって、誰が『あなたの闘いぶりが恐ろしすぎるので、巻き添えを恐れてみんなO-1ブロックから避難しちゃいました♪ てへぺろ♪』などと言えるというのだ。
だが、ここは戦場。情報は可能な限り伝えなければならない。
たとえ、さっきからなんだか美琴にばかりやっかいな通信が入って来ているような気がしてもだ。
「ほ、他のブロックは押され気味でして……。O-1ブロックは臥淵さん一人いれば大丈夫そうだからと、みなさん別のブロックの応援に……」
『なんだと!?』
「ご、ごめんなさーい!」
少しオブラートに包んだ状況報告を一喝されて、美琴は縮こまる。
『ということは、これからは周りに気を使わないで、全力で暴れられるって訳だな!』
「……あ、あれでも、周りに気を使ってらっしゃったんですね……」
衝撃的なセリフに、思わず失礼な言葉を発する美琴。
それはそうだろう。
まるで漫画に出てくるようなバカでかいハンマーを振り回して、幻影獣を吹き飛ばしていく様は、モニター越しに見ていても、どっちが怪獣だか分からなかった。
というか、間違いなく臥淵の方が怪獣に見えた。
『俺は全然問題ないから、もっとこっちに回せ。というか、このままだと鈍っちまう』
「りょ、了解でーす……」
力なく返して、通信を切った。
疲れる。
クリスタルランスの方々の相手をするのはとにかく疲れる。
「城守局長ー。早く帰ってきてくださーい……」
力ない美琴の呟きを、聞こえなかったことにする他のオペレーターズだった。