決戦前夜
二週間はあっという間だった。
色々やっても、効果は薄いということで、俺はカラドボルグの特訓に集中した。
具体的には、以前麗華さんに教わった練習方法(ロイヤルエッジを斬りまくる例のアレだ)を人工的に再現してもらい、延々とこなしていた。
その甲斐あってか、タイムは8分12秒まで縮まった。
訓練教官が言うには、なかなかの上達具合だそうだ。ああ、なんか久しぶりに褒められたよ。
あと、緋色先生が(※対策会議やらなんやらで、BMP管理局に呼び出された帰りに)授業でやったところをかいつまんで教えてくれた。
曰く「悠斗君の成績で出席日数にまで穴が開くと、正直かなり厳しいから」だそうだ。しかも笑顔で言われた。
シャレにならん。
でも、ありがたかった。
ついでに、三村とエリカと峰が訪問して来てくれた。
曰く「澄空がいないと、張り合いがない」(※これは峰)
曰く「悠斗さんがいないと、みんな寂しがってマス」(※これはエリカ)
曰く「ささみチーズフライが学食に復活したから、早く一緒に食べに行こうぜ!」(※これは三村)
そのあと、すぐに新月学園へ行こうとしたら、三村が「うっそぴょーん」と言いやがった。なんてやつだ。
それはそうと。
帰り際に。
「冗談はともかく、早く出てこいよ。おまえがいないと、やっぱり寂しいからさ」
と、三村が凄く絵になる顔で言い残していったのが気になる。凄く気になる。
病気で長期療養している同級生に対するノリではないか。
◇◆◇◆◇◆◇
「あのAランク幻影獣さえ撃退できれば、すぐにまた新月学園に通えるんだからな!」
誰に言う訳でもなく、突然堂々と宣言する俺。
別に頭がおかしくなったわけでもない(※良くはないけど)。
ただ、少し不安になっただけだ。
「明日、だもんなぁ……」
呟いて、休憩室のベンチに腰を下ろす。
ここは、BMP管理局の中層。俺が止まっている部屋の近くにある休憩室だ。
関係者しか入れない中層にあるだけあって(※という訳でもないだろうが)外層の待合室と広さや構成は同じながら、自動販売機が10台も置いてある。
しかも、そのうち5台は、なかなか個性ある飲料がそろっている上に、まるでつい最近設置されたかのように新しかった(※というか、初めてここに来た日にはなかった気がするんだけど、気のせいだろうたぶん)。
明日は約束の7月24日。
ガルアは紳士的にも、ほんとに約束の日まで一切ちょっかいを掛けてこなかった。
「ついでに、これ以降もずっと来なけりゃいいのに」
思わず、本音の漏れる俺。
と。
「それは困る。早く、あのAランク幻影獣を撃退しないと、いつまでたっても悠斗君が新月学園に行けない」
「まあ、確かにそりゃそうなんだけど……。って、麗華さん!」
驚いて振り返る。
全く気配がなかった(※気配なんて読めないけどね)。
「お風呂に入ってた」
と、説明してくれる麗華さん。
確かに、風呂上がりのいい匂いがしてるし、少し上気した顔は、いつ見ても完璧フェイスだった。
だが、ドライヤーもせずに、タオルでわしわし髪を拭いているのはいただけない。
「あの髪のキューティクルに傷でも付いたら、いったい誰が責任を取れると言うのだろぅ……」
「私の髪の心配はともかく。悠斗君、元気ない?」
小声で呟いた俺の心配を一蹴しつつ、麗華さんが聞いてくる。
「いや、ちょっと緊張してるだけだよ」
言いながら、立ち上がって自販機に向かう。
この2週間、ここで色々なドリンクを試したが、結局普通の微糖コーヒーが一番おいしいと気付いた普通の俺は、麗華さんの分と二つ買う。
ありがとう、と言いながら俺の隣に腰を下ろす麗華さん。
「明日は、前回と違って、クリスタルランス初め上位ハンター達も揃うし、私もそばで護衛する。前回よりも、むしろ安全」
「ああ、確かに」
後半部分が、また俺の悩みの種でもあるんですが。
とはいえ、今日『念のための最終チェック』で緋色先生が念入りに診てたけど、ほんとに麗華さんのBMP過敏症は治っているっぽいしな。大丈夫か。
「こくっ……」
可愛らしい音を立てて、麗華さんがコーヒーを飲む。
俺も、プルタブを開けて……。
「ん……」
開けて……。
「っと……」
開けて。
「…………」
開かん。
「縁起悪いよなー。ほら、麗華さん。この缶コーヒー、開かないんだよな」
「…………」
と、何も言わずに麗華さんは俺の缶コーヒーのプルタブに手をかけて。
開けた。
しかも、いとも簡単に。
「あれ?」
「悠斗君、震えてる」
「え?」
言われて見てみると、コーヒーが小さな津波を起こしている。
俺は黙って、缶コーヒーを隣に置いた。
格好悪いな。
3割以上の人が、幻影獣のせいで天寿を全うできない、このご時世。
俺の知り合いでも、犠牲になった人は、一人や二人じゃない。
俺も、ある程度の覚悟はできていたつもりだった。
死ぬかどうかも分からない、しかもたくさんの人に守られているこの状況で怯えるなんて。
「悠斗君、ひょっとして怖いの?」
「たぶん……」
今さら、ごまかしようもないので、そう答える。
こんな俺を見て、麗華さんはどう思うだろうか?
ほんとは、怯える麗華さんを俺が慰める、くらいじゃないといけないのにな。
「悠斗君、実は私は、死ぬのが怖いという感情が良く理解できない」
「へ?」
「昔は分かってたと思うけど、今は分からない」
あまりの衝撃的な話に、一瞬手の震えを忘れる俺。
「だから、どうすれば悠斗君の恐怖を取り除けるのか、分からない」
「い、いや、それは……」
そんなことより、今の麗華さんの話の方が気になる。
ひょっとして、今、物凄い大事な話をしてるんじゃないだろうか?
「れ、麗華さ……」
「ソードウエポンも、意外と分かってない」
麗華さんに話しかけようとした俺のセリフが、女性の声で遮られる。
同時に、柔らかな感触に抱きとめられる。
「悠斗君を慰めるには、お姉さんのふくよかな胸に決まっている」
聞き覚えのある声と言い回し。
『お姉さん』というセリフで一発でわかる。
というか『悠斗君』と限定するのと『ふくよかな』という修飾語は抜いてほしい。なんとなく。
「アローウエポン?」
「お久しぶり」
麗華さんの問いかけに返答する柔らかい二つのふくらみ……もとい、二つのふくらみを俺の後頭部に押し付けている女性。
「あ……茜嶋さん?」
「違うユトユト。お姉さんのことはお姉さんと呼ばないといけない。または、光ネエとか」
後頭部から胸を離し、俺を自分の方に向かせ、本人は眠そうだが目の覚めるような美貌で俺の顔を覗き込みながら言う光さん。
「い、いや……でもですね……」
「やっぱりユトユト可愛い。ぎゅーってしたい」
最後まで話す前に、ぎゅーってされた。正面から。
「だから、飛ばしすぎやいうたやろ、光!」
俺をぎゅーっとしていた光さんの脇を抱えるようにして持ち上げる女性が現れた。
猫のような勝気な瞳が印象的な女性。
その横には、俺の軽いトラウマになっている偉丈夫・臥淵 剛さんもいるが、この二人の前では、さすがに影が薄い。
「飛ばしすぎてない。むしろ、スロースターター」
マジか!
「スロースターター、やないわ。ほんまにもう。ごめんな。悠斗君に剣さん。光はちょっと変わりもんでなー」
「いや、確かに女性の胸が男性の落ち着きを取り戻すというのは聞いたことがある。私も勉強になった」
真面目な顔で答える麗華さん。
俺は特に聞いたことはないけど、それは麗華さんもぎゅーっとしてくれるということであれば、大歓迎というか!?
いや、そんなことより。
「犬神さんと臥淵さん……でしたよね。なんで、ここに?」
「いや、蓮に呼ばれて打ち合わせに来たんだがな……」
身長2メートルはある大男が、頭を掻きながら居心地悪そうに呟く。
ちなみに、今日はハンマーを持ってない。でも怖い。
「剛と私は、居てもあんまり役に立たないから、ぶらぶらしてていいと瞳に言われた。困ったもの」
答えたのは光さん。それは、ほんとに困ったもんですな。
「あ、ウチは違うで。ただ、剛は放っておくと色々危険やから監視役や。……最近は、光の方がもっと危険やけど」
最後、こそっと付け加えた。俺も確かにそう思う。
「それより、おかしいのはおまえだ。たかだか大規模戦闘ごときで何をビビってやがる?」
と言う臥淵さん。
今の俺にとっては、それより怖いのは麗華さんくらいしかいないんですが。
「確かに。さっきはラッキーとばかりにギュッとしたけど、勇敢で強くてちょっとクールなユトユトが幻影獣との戦闘で怯えるなんて考えられない」
続くのは、光さん。
……それは、いったいどこのユウトくんなんでしょうか?
「ったく。分かってへんなー、二人とも」
遮るのは犬神さん。
おお、分かってくれてる!
「悠斗君は怖がってるわけやあらへん。自分のせいで、他のみんなを巻き込んだのが心苦しいんや」
…………は?
「そっか。ユトユト、優しい」
「ったく、相変わらず損な性分だな、おまえは」
え? え?
なに、この、本人不在の高評価は?
「ごめん、悠斗君。私は、そこまで気がつかなかった」
と信じてしまう完璧美少女。
……なんだか俺も、実はそうだったような気がしてきた。
「ったく! いいか、悠斗」
臥淵さんが、語りかけてくる。
「BMPハンターってのは、幻影獣と闘うのが仕事だ。それで金も出るし、生きている意味も見いだせる。大口の闘う場所を用意してやったんだから、おまえは感謝されこそすれ恨まれる道理はないんだぜ」
圧倒されるような迫力はそのまま、諭すような口調で話す臥淵さん。
「おまえは、いつも通り派手に暴れまわりゃそれでいい」
いや、いつもそんなに暴れてないですが。
あ、でも、暴れると言えば。
「あの……ちょっと聞いていいですか?」
「何、ユトユト。お姉さんに分かることなら、なんでも答える」
「『首都橋の悪魔』のことについて、聞きたいんですけど」
言った途端に、三人が固まる。
「しゅとばしのあくまがどうかしたのか?」
なぜか、突然棒読みになる臥淵さん。
「い、いや、緋色先生のお姉さんに『首都橋の悪魔』が実は幻影獣でなく覚醒時衝動を起こしたBMP能力者だったって聞いて。今、どうしてるのかなーって」
明日、助けに来てくれたりすると助かるなー、と思ったのは内緒だ。
「悠斗君、それは本当の話なの?」
珍しく口を挟んでくる麗華さん。
無理もないか、同時に覚醒時衝動を起こした運命の相手だもんな。
「だとしたら、私も聞きたい」
真剣な眼をする麗華さん。
……若干ジェラシーだ。
「……と言うてもな、うちらもリーダーが話した以上のことは知らんねん。当たり前やけど」
「そうだな。俺らが総がかりで歯が立たなかった化け物だったってこと以外には、特にないな」
なんだか気まずそうな犬神と臥淵さん。
と、光さんが俺と眼を合わせ、
「強かったよ、とても。悠斗君と同じくらい」
と言った。
……それは、本当に強かったのか?