首都橋の伝説
ほんとに、こんなことをしていていいのだろうか?
言われるがままに、瞳さんとランチを食べて。
ウインドウショッピングをして。
喫茶店でお茶して。
公園をぶらぶらして。
そして、いい感じに日が落ちてきたので、瞳さんの車で首都橋をドライブしている。
まさかほんとに遊ぶだけなんてことはないだろうと思って付いてきたのだが、まさかほんとに遊ぶだけなんだろうか?
それはともかく、首都橋は、首都湾にかかる橋だ。
首都の動脈の一つであるのはもちろん、夜景が綺麗なので、いい感じに盛り上がったカップルが、納期ぎりぎりで焦って飛ばしているトラックの運転手さんの神経を逆撫でしていることもしばしば。
それはともかく、このままだとほんとにこのまま終わってしまう。
別に楽しくなかった訳ではないが、楽しんでいる場合でもないのだ。
なんとか調律の極意とやらを聞き出さないと。
とりあえず、ジャブから入るか。
「ええと、いい車ですねー」
どう見ても趣味でしか買えない高級外車を褒めてみる。
「あら、ありがとうございます。でも、ほんとは軽自動車の方が便利で好きなんですよ」
「え? そうなんですか?」
それは意外だ。
麗華さん年上ヴァージョンとでも言うべき美貌を持っているもんだから。
「こういう車は、イメージぴったりなんですけど」
「だからですよ。支配系能力者はイメージが重要。『この人は、こういう存在だ』と思わせることができれば、支配するのも容易くなるのです」
「へえー」
しっかり前を向いたままで、語る瞳さん。
結構、極意的なことだとは思うんだけど、今の俺にはあまり関係ない話だ。
「ところで、調律なんですけど」
いきなり本題に入ってしまう俺。だって、もう話題が思いつかないし。
「やっぱり使う気なんですか?」
こちらを向いて、真剣な視線を向けてくるアイズオブクリムゾン。でも、今は前向いて運転してください。
「そりゃ、何事もなければそれが一番ですけど。もしものこともあるし。それに、内容を聞く限り、使えるようになって、損はないと思うんですけど」
「悠斗君は大事なことを忘れていませんか?」
「え?」
「BMP能力者が最も恐れ、最も待ち望む瞬間。始まりの儀式にして、一生忘れられない悪夢の瞬間」
「?」
「覚醒時衝動です」
「……」
「……」
いや、でも。
「あ、でも、俺、第五次首都防衛戦で劣化複写覚醒しましたけど、覚醒時衝動は起きなかったですよ」
「覚醒時衝動のないBMP能力者など存在しません」
まるでそれが絶対の真理であるかのように、断言する瞳さん。
そうじゃないことを体現したはずなのに、なぜか反論できない。
……この赤い瞳のせいだろうか。
というか、前向いて運転してください。
「そして、複数能力者は、一つの能力が覚醒する度に覚醒時衝動を起こします」
「え?」
そ、それって!?
「次は、覚醒時衝動が起こるってことですか!?」
「はい」
短い肯定。
そうならない可能性を全く感じさせない声だった。
「悠斗君本人には自覚がないようですが、劣化複写は最高難度のBMP能力です。ウエポンテイマーの身で、それを使いこなすあなたが、本来の能力である調律を使えないはずがないんですよ」
「え、でも?」
「使えるはずです。もう、すでに」
ちょっと待ってください。
それは、ドラマや映画なんかだと凄くいい感じの決め台詞ですが、実際当事者になってみると『そんなこと言っても、使えないものは使えないし』感がたっぷりですよ。
「無意識で恐れているんですよ、覚醒時衝動を」
「え? でも」
「細胞がと言った方がいいかもしれませんね。どんな低BMP能力者でもいいので、一度でも覚醒時衝動を見てみれば、私の言っている意味が分かると思いますよ」
「そうなんですか」
そう言われると、実際に見たことのない俺には返す言葉がない。
それに、周りの人たちの話(※主にクラスメイトらの取り乱し方など)を聞く限りでは、瞳さんの言葉の方が真実に近いような気もする。
「それに、実際使わない方がいいんですよ。10年前の麗華さんの覚醒時衝動の話、聞いたことありますか?」
「は、はい」
国家治安維持軍をおもちゃ扱いしたという例のあれだ。
「その麗華さんより高いBMP値。当時の麗華さんよりも10歳も上の年齢。そして、二回目の覚醒時衝動」
「……」
「全ての要素が、過去最悪の覚醒時衝動を予想させます。正直な話をさせていただくと、Aランク幻影獣より、よほど恐ろしいです」
「ま……」
マジですか?
「妹は、支配系能力なら、覚醒時衝動にも効果があると思っているようですが、とんでもない話です。ただでさえ、今はあのAランク幻影獣の脅威があるのですから、下手をすると首都が崩壊します」
「そ、そうですか……」
本人には全く自覚はないが、この人がここまで言うんだから、俺の覚醒時衝動とやらは、それほど凄まじいんだろう。
じゃあ、やっぱり、調律はなしか……。
「でも」
え?
「それでも、使いたい。もしくは使わなければならない状態になったのなら」
「……」
「その覚悟があるのなら」
「……」
「使えるでしょうね、簡単に」
「でも……」
どうやって?
「使い方自体は、私の妹に聞けばわかります」
「…………」
……気のせいかな。俺、緋色先生に言われて調律の使い方を瞳さんに教わるつもりだったと思うんだけど。
「ま、いいか」
麗華さんにもしものことでもない限りは、もう俺も使う気ないし。
「ところで、悠斗君。この首都橋について、何か知っていることはありますか?」
「知っていることですか?」
首都の動脈で、夜景が綺麗で、料金が高いことくらいか。
ドライブ中に告白したカップルが幸せになれるとかいった類の伝説は、聞いたことないしい。
「例えば、BMP能力者に関することとか……」
「あ!」
そのヒントで思い出した!
超有名な話があった。これを一番に思い出さなかったことが知れたら、また三村に馬鹿にされるくらいに!
「『首都橋の悪魔』ですね!」
「そうです。良く知っていますね」
瞳さんは褒めてくれるが、もちろんリップサービスだ。
むしろ『今まで思い出さなかったのか、こいつ』とか言われても、不思議ではない。
誰でも知ってる話だ。
「10年前、首都橋に強力な幻影獣が突然現れた。急なことだったので、クリスタルランスしか現場に向かえなかった。当時のクリスタルランスも、すでに最強と呼ばれていたけど、その幻影獣を倒すことはできず引き分けるのが精いっぱいだった」
俺の知る知識を披露してみる。
クリスタルランスが任務に失敗……まあ、失敗とも言い切れないと思うけど、成功しなかったのは、この時だけだったとも言われてる。
「でも、それが、一体……」
と、ここで(※俺にしては珍しく)閃くものがあった。
「まさか、首都橋の悪魔の正体って、ガルア・テトラだったんじゃ!? そうか、クリスタルランスにとって、やつは因縁の相手!」
ここに連れて来てくれたのは、その辺の事情を踏まえて、
「あのAランク幻影獣はクリスタルランスが倒すという決意なのですね!」
なんて、頼もしいんだ!
「ぷっ」
へ。
「うふふ……。悠斗君って、こんなに面白い子だったんですね」
と、美貌に不釣り合いな無邪気な顔で、瞳さんがコロコロ笑う。
というか、前を向いて運転してください。
「あ、あの、なんか間違ってましたか?」
一応、全部、人から(※ソースが三村というところに、一抹の不安はあるが)聞いた話と、それを元に、それなりに自信を持って構築した推論なのですが。
「そうですね。今の話には、三つの間違いがあります」
と、三本指を立てて語りかけてくる瞳さん。
もう、完全にこちらを向いている。なのに、運転に危なっかしいところがまったくない。
……ひょっとして、これもBMP能力か?
「まず、一つ目。クリスタルランスしか対応できなかったのは、急襲だったからではありません。同日、同時刻に、もう一つの大事件があったからです」
「大事件?」
「剣麗華さんの覚醒時衝動です」
「な!」
なんですと!
「BMP172であることはもちろん、剣首相のお孫さんですからね。国家治安維持軍が総出で確保にあたりました。首都橋の事件を無視したわけではないようですが。さすがの剣首相も孫娘の危機とあっては、冷静でいられなかったようです」
「そ、それなら、なおさら、クリスタルランスも、そっちに呼ばれるはずじゃ……」
「当時の剣首相は、あまりBMP能力者を信用していませんでしたから」
と言って、ようやく視線を前に戻してくれる瞳さんだった。
「二つ目。引き分けではありませんでした」
一本指を折って、二本指にする瞳さん。
「え? 実は、勝ってたんですか?」
「逆です。敗北しました。それも完膚なきまでに」
「な」
驚いた!
「クリスタルランスが負けた? でも、メンバーは今とほとんど同じで……。いや、それどころか、10年前っていえば、ブレードウエポンが居たはずですよね」
「彼も負けました。剛も彰も光も、もちろん私も。クリスタルランスメンバー総がかりで、まったく歯が立ちませんでした」
「そ、それは……」
一体、どんな化け物だったんだろうか?
「最後の三つめですが」
「あ、あの。その前に、首都橋に現れた幻影獣のことをもっと聞いてもいいですか? クリスタルランスに勝つくらいなんだから、ガルア・テトラじゃないにしても、やっぱりAランク幻影獣ですよね?」
「それが、三つ目です」
「え?」
最後の一本の指を立て、瞳さんが告げる。
でも、やっぱり、こちらを向いたまま運転できても、きちんと前を向いて運転するべきだと思うんです。
「首都橋に現れたのは、幻影獣ではありませんでした」
え?
「覚醒時衝動を起こした、一人のBMP能力者だったのです」