矛盾しない感情
緋色先生はじめ、みんな(※麗華さん除く)でガルアを説得しようとしたが、奴は聞く耳持たずに帰ってしまった。
城守さんへの報告は自分に任せろという、緋色先生に任せて、俺は麗華さんと二人で家に帰っていた(※もちろん三村たちも帰った)。
『じゃね。7月24日13時。場所は、澄空悠斗の居る所。忘れないでよ。ま、幻影獣の軍勢が来たら嫌でも思い出すと思うけど。前よりすごいよ♪』
とは、ガルアの弁だ。
『あ、あんなのハッタリですよね!』と俺が言った時の。
『ええ。澄空君は、そう思ってていいのよ』と返した緋色先生の優しい顔が、3か月ほどのトラウマになりそうだ。
……3か月も生きられればだけど。
「悠斗君」
「ん?」
唐突に、麗華さんに呼びとめられた。
「くらくらする」
「は?」
突然の難解な単語に動きを止めた俺の前で、麗華さんがゆっくりと崩れ落ちる。
って、おい!
「れ、れれれれれ麗華さん!」
「ん?」
おお慌てで麗華さんを抱きとめる。
うわ、背高いのに、軽!
「ん。悠斗君、世話掛ける」
「そ、そそそそ」
そんなことはいいから。
「きゅ、救急車、いや、消防車? じゃない、緋色先生!」
混乱しながらも、なんとか解答を導き出した俺は、片手で携帯電話を取り出す。
「いや、大丈夫」
そんな俺を麗華さんが止める。
「ちょっと、視界がぐるぐる回って、頭痛と吐き気がして、動悸と息切れがするだけ」
「って、めっちゃやばいよ、それ!」
「でも、もう治まってきてる」
「ほ、ほんとに?」
表情が変わらないから、わかりづらい!
「ほんとに」
意外としっかりした動きで立ち上がる。
「もう治った」
「治ったって言っても……」
ただの立ちくらみにしては、なかなかマーベラスな諸症状ではなかったか?
と、俺は大事なことを忘れていたのを思い出した。
「って、麗華さん。さっき、幻想剣使ってた! ひょっとして、BMP過敏症が!?」
「その可能性はある」
さらりと言う麗華さん。
「ま、まずいじゃないか、まずいじゃないか! やっぱり、緋色先生を!」
「明日、診てもらう。そんなに心配しなくて大丈夫」
自分の命に係ることだというのに、頼もしいほど冷静な麗華さん。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫」
と、すたすたと歩き出す麗華さん。
「いや、大丈夫でもなかった」
いきなり止まる。
そして、こちらに振り返り、真剣な眼で振り返る麗華さん。
「な、なんすか?」
予測不可能な麗華ワールドの真骨頂に、混乱しっぱなしの俺。
「悠斗君に聞きたいことがあった」
「あ、ああ」
「でも、不快になるようなことだったら、答えなくてもいい」
「そんなことはないと思うけど」
と、麗華さんを促す。
「さっき、あのAランク幻影獣の、捕食行動を斬った時」
「うん」
「どうして、逃げなかったの?」
「え」
……え。
「BMPハンターは、自分の安全を最優先するのが原則。個々の自立なくして、連携戦闘は成立しない」
「う、うむ」
なんか名言っぽい。
というか、最近、緋色先生が同じようなことを授業で言ってた気がする。
「そう習ったし、それしか知らない」
「あ、ああ。俺も、そう習った」
「でも、あの時……」
「……」
「あの時は、私が間違っていた……?」
この時。
普段、鈍い俺には珍しいことに。
ほんとに、珍しいことに。
麗華さんが、何を言いたいかが、分かったような気がした。
「間違ってないよ、たぶん」
「え?」
「自分の面倒も見れない人間に、他人のことは助けられない。自分を大事にできない奴は、人を思いやることができない。よく言われることだけど、俺もそう思う。いまいち自覚はないけど、BMPハンターが貴重な存在ってのも分かるしな。麗華さんは間違ってないよ」
「じゃあ、悠斗君が間違ってたの?」
「いや、たぶん、俺も間違ってない」
「???」
おお、珍しい。
麗華さんの、ハテナ顔だ。
ま、無理もないけど。
「おかしい、悠斗君。悠斗君の説は、相互に矛盾している」
「いや、それがそうでもないんだ」
「説明を要求する」
「あー、えっと……」
説明、となると……。
まいったな。
麗華さん相手だと、時々、柄にもないことを言ってしまって、困る。
「いや、説明はなしで」
「え」
「結構、人によるから。あんまりハッキリ言いたくないんだよ」
だいたい、恥ずかしい。
「それは、残念」
と、少しすねた顔をする麗華さん。
……可愛いじゃないか。
◇◆◇◆◇◆◇
「治ってる……」
緋色先生(眼帯外し右眼全開ヴァージョン)が驚いたように呟いた。
俺も驚いた。
麗華さんは普通だった。
そして、上条博士も驚いた。
「ふーむ。今までの経緯を聞いている限りでは、悪化こそすれ、治るはずがないんじゃが……。どういうことなのかの?」
年齢に似合わぬ若々しい声で(といっても、もちろん博士の年齢なんか知らんけど)上条博士が言う。
ちなみに、なんで上条博士がいるかというと。
麗華さんを心配した上条博士が、新月学園職員室までかけつけた……訳ではなく、
麗華さんを心配した俺と緋色先生が、上条博士の研究所を訪れた訳でもなく、
Aランク幻影獣に狙われているということで城守さんにBMP管理局の本部に軟禁状態にされてついでになぜか麗華さんも付いて来ててそこに訪ねて来た緋色先生が診てくれている時に管理局の応援要請でやってきてた上条博士が顔を出した。
という訳だ。
……疲れた。上条博士がいる理由に加えて、今現在の状況説明までしてしまったじゃないか。
「でも、本当に治っているんですよ。お疑いなら、今度は上条博士が診察しますか?」
「知っとるじゃろ。BMP過敏症は診察できん。おまえさんのアイズオブエメラルドがそうだと言うなら、そうなんじゃろ」
セリフだけ聞くと確かに博士っぽいが、上条博士は明らかに腰が引けていた。
「あの、上条博士?」
「おお、悠斗君! 君の活躍は聞いとるよ。やはりわしの眼には狂いはなかった! ……というより、想像のはるか上を行っておるな。まさか、あれから4か月足らずで能力覚醒し、Bランク幻影獣を撃破し、あげくの果てに伝説と言われていたAランク幻影獣に眼をつけられるとは……」
「……」
「正直、わしには想像もつかなんだ」
「いや、それはいいんですけどね」
今は、上条博士が俺の背中に隠れるようにして、麗華さんと距離を取ろうとしているのが気になる。
「上条博士は、麗華さんが怖いのよ」
「え?」
「おお! なんで、ばらしてしまうんだ! 香君!」
眼に見えるほど慌てている上条博士。
でも、麗華さんが怖いって?
「高BMP能力者は、だいたい検査とか嫌いな人が多いから。上条博士、言ってましたよね。最初からまともに検査をさせてくれた高BMP能力者は悠斗君だけだって」
「だからなんでばらすのだ! ああ、悠斗君にだけは、まともな研究者だと思われてたのに……」
いや、思ってないすよ。
と。
「それだけじゃない」
麗華さんが口を挟んできた。
「え?」
「麗華君?」
怪訝そうな二人。
「私は、10年前にBMP覚醒してから、上条博士の研究施設で育ってきた。その時、たくさん迷惑をかけた」
「れ……」
「麗華君」
驚いたような、困ったような様子の二人。
麗華さんが覚醒してからのことは、以前、おじいさんの剣首相に聞いていたけど。
たぶん、二人とも、このことを他人に言う気はなかったんだろう。
「その節は、ごめんなさい」
麗華さんは頭を下げた。
「驚いたの……」
上条博士が今までに見たことがないほど優しい顔をしている(※まあ、今まで驚いた顔か、びびった顔しか見てないから当たり前だが)。
「ここ何年かは報告でしか麗華君のことを聞いたことがなかったんじゃが、実際に会ってみると、ずいぶんと違うのう」
「それは、たぶん報告が古いんですよ」
上条博士の独白に、緋色先生が意味ありげな顔でこちらを向く。
なんだろう?
「ほうほう。一体、何があったんじゃろうのう?」
「何があったんでしょうねえ?」
そして、二人で俺の顔を見ながら頷きあう。
何があったんだろう?
「まあ、何はともあれ麗華君がOKならば、これから悠斗君と男同士二人で『麗華君による研究所半壊事件』とか『麗華君による機動隊殲滅事件とか』とか『麗華君によるBMPコールタワー誤動作事件』とかの、麗華君の嬉し恥ずかし事件簿を語り合えるのじゃな!」
そんなもん。
「語り合いたくないです」
麗華さんと一緒に暮らしている小心者が、ますますびびってしまうではないか。
特に、最後の事件、物凄く不吉な響きがあるぞ。
「私も、できれば、それらの事件は言わないで欲しい」
「ん? こういうことは駄目なのかの?」
「……それは、恥ずかしい」
……。
ゾクっとした。
完璧美少女と拗ねたような仕草は、無敵のコラボだ。
「ゆ、悠斗君……。わしの心臓が、早鐘のように鳴り響いておる! これは、いかなる超常現象だろうか!?」
「たぶん、心疾患の類ではないかと」
「どこの世界に、可愛い女の子の仕草を見て心疾患を起こす老人がおるというのだ!」
いい年して、心臓がどきどき、なんてことを言い出す世界的科学者もいないと思うが!
「まあ、しょうがない男性たちは放っておいて。とりあえず、麗華さんはもう学校に行きなさいな。まだ信じがたいけど、BMP過敏症も治ったことだし」
「え? でも、悠斗君は?」
「城守さんが『絶対に出すわけにはいきません』って。まあ、あのAランク幻影獣が約束通り2週間待ってくれるとは限らないし、私も悠斗君はここを出ない方がいいと思うわ」
「悠斗君が行かないのなら、行く意味がない」
そういう意味ではないと分かってはいるが、それでも破壊力抜群の麗華さんのセリフ。
俺の心臓が、早鐘のように鳴り響いている!
これは、どんな超常現象だろうか!
「そうは言っても、昨日からずっと悠斗君にべったりじゃない。悠斗君にだって、プライベートはあるんだから」
緋色先生が説得している。
でも、俺と麗華さんって今、一緒に暮らしているんですが。
「それは気がつかなかった。確かにその通り」
「そうよ。時には少し引いたくらいが、男女の仲は長続きするのよ!」
「分かった。学校に行ってくる」
「うん。悠斗君の分まで頑張って来て!」
すごくいい笑顔で言う、緋色先生。
なぜだろう? なんか、頭がいいくせに時々素直な麗華さんを、こどもなのに先生な緋色先生が騙して学校に行かせようとしているように見える。