刹那との出会い
ハイクアッドホテルというホテルがある。
首都で5本の指に入ると言われるホテルだが、もう一つ、幻影獣共生派と言われる過激派団体が、よく決起集会を開くことで有名である。
「信彦から聞いていましたが、本当に愚かな連中ですね……」
侮蔑を隠さずに刹那が言う。
奏音、前川、音羽と共に、赤神に連れられてパーティに出席しているのである。
「共生派は嫌い?」
「幻影獣の正体を知っていれば、絶対に不可能だと分かるはずです」
赤神に答える刹那。
幻影獣は人間が滅びから逃れるためのシステムである。
システム自体が暴走気味のために、人間が滅びそうになっているが、正しく人類が滅びを逃れれば、もれなく絶滅するのが幻影獣という存在である。
共生などナンセンスの極みだ。
「その幻影獣の正体を明かせないからね。単なる人類の敵対者と考えれば、共生というのもあり得る選択肢なのよ」
「正体を明かすことはできないのですか?」
「幻影獣は、人間のための存在です。彼らの行動は全て人類を救うためのものです。犠牲になった人間は人類が救われるための運が悪くて尊い犠牲なのです。と、私に言わせるつもり?」
「……失言でした。お許しください、瑠璃様」
「別に怒ってないわよ。真面目ね、刹那は」
なぜか奏音の好感度が上がった(35/100)。
「あ、勇者様がいましたよ」
☆☆☆☆☆☆☆
「美味い」
俺はハイクアッドホテルというホテルの立食パーティにお呼ばれしている。
幻影獣共生派という、いかにもBMPハンターが怒られそうな団体のパーティになど出席したくはなかったが、賢崎さんと麗華さんに「そろそろ一度出ておいた方がいいかも」と言われたので、出ることにしたのだ。
もちろん、パーティでの人脈の広げ方など俺が知る訳もなく、パーティプログラムの進行を横目に、食料の吟味に集中していた。
貧乏性の俺は、こういう時、とりあえず全種類(※ただし好きなもの縛り)食べることにしているが、暫定一位は、目の前にあるタルタルソースらしきものがかかった鶏肉っぽい何かである。たぶんチキン南蛮だと思うのだが、高級ホテルの食事だからして違うかもしれない。
「美味い……」
全種類食べなければならないのに、二個目を食べてしまった。
新月学園食堂のささみチーズフライに勝るとも劣らない旨さである。
……いや、学生相手の商売で、高級ホテルの味に匹敵するささみチーズフライが凄まじいのか。
「澄空さんが楽しそうでよかったです……」
賢崎さんがとなりでとても優しい顔をしている。
「そうだね」
麗華さんもとても優しい顔をしている。
「後でこのレシピを再現します」
自らも俺と同じものを食べながらこう言ってくれる我が天竜については、もう愛してしまうかもしれない。この味が御家庭で食べられるとは……。
「では、そろそろ帰りますか?」
「うぇっ……!?」
いきなりの賢崎さんの提案に、チキン南蛮的な何かを吐き出しそうになる。
「も、もう、帰るの?」
「代表に澄空さんのスタンスも伝えられましたし、あとはパーティの雰囲気に慣れるだけでいいかと思っていましたが……?」
スタンスを伝えたって……。まださっき一人に挨拶したばかり……。
「ひょっとして、さっきの人が、代表……?」
「名乗ってなかったですか?」
緊張して聞いてなかったです。
「いや、なんで、代表がいきなり俺に挨拶に……?」
「? 世界最高のBMP能力者であり、約束の勇者でもある【澄空悠斗】に挨拶に来ない道理が?」
……そういや、そうだった。忘れていました。
「『共生というのは大変すばらしいです。それが叶った時には、是非教えてください。それまでは、私が幻影獣を滅ぼします』。理念に一定の共感を示しつつ、一切妥協しない。素晴らしいセリフでした」
天竜院先輩が目をキラキラさせながら褒めてくる。
「全くです。あまりに賢崎の信念そのものだったので、思わずプロポーズをしないといけないかと思って焦ってしまいました」
思いとどまっていただいて本当に良かった。
「いや……。そんなたいそうなものでは……。ただの挨拶かと思って、思ったことをそのまま言っただけで……」
「思ったことそのままであのセリフが出てくるのは、貴方くらいですよ」
「え?」
2個目のチキン南蛮を食べきった先、目の前に、赤みがかかった髪の麗しい女性が立っていた。
「四方神、南の朱雀。赤神瑠璃と申します」
麗しい女性は、(チキン南蛮的な皿の机を挟んで)俺の目の前に立った。
脇には、ホスト的な優男とマフィア的な大男と、赤神瑠璃より少しだけ薄く赤みがかった髪のギャルっぽい美少女。
そして、大学生くらいの結構なイケメン。
「あ、初めまして。澄空悠斗です」
あと、有名人同士なので知っているかもしれないが、麗華さんと賢崎さんと天竜院先輩も紹介する。
「これはご丁寧に。私の仲間たちも紹介してよろしいでしょうか?」
というわけで紹介を受ける。その結果、下記のことが判明した。
・ホスト的な優男=黒木音羽
・マフィア的な大男=前川修司
・赤神瑠璃より少しだけ薄く赤みがかった髪のギャルっぽい美少女=赤沢奏音
・大学生くらいの結構なイケメン:叢雲刹那
大学生くらいのイケメンはラノベっぽい名前だが、それに見合った雰囲気がある。
「よろしくお願いします」
全員に頭を下げる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」「…………」「…………」
赤神瑠璃の仲間たちと、俺の仲間たちがそろってぽかんとしている。
いくら四方神とはいえ、まだ敵対していない以上、礼儀は守るべきだと思ったが、何か間違ったのだろうか?
「刹那を見て顔色一つ変えないとは……。さすがは境界の勇者といったところですか……」
「いえ、ちょっと待ってください」
赤神瑠璃の賞賛を止めて、賢崎さんが俺の顔を覗き込む。
「澄空さん。あの人、澄空さんのクローンです」
「…………?」
「クローンです」
「…………!?」
なんですと!?
思わず二度見する。
「イケメンですね」とか言わなくて良かった。自意識過剰だと思われてしまう。
……いやしかし、毎日鏡を見ているが、あんなイケメンが出現した記憶がないのだが……。
「姿形を似せたところで、我が主とは覇気が違いすぎるということだな」
天竜院先輩がフォローをしてくれる。……フォローだよな? 違うか?
「い、いや、年が……」
なんで、俺より上……?
「朱雀の盟約領域がそんな効果だったと推測されています。他の手段かもしれませんが」
賢崎さんの説明に戦慄する。
俺のクローンが俺より年上になる手段が複数あるのか……。
いや、しかし。
「BMP能力者のクローンは無意味だって聞いたことが……」
「BMP能力は遺伝するが遺伝子には宿らない、ですね。それは確かにその通りですが」
「我が主。体のスペアとしては使えるのです」
賢崎さんの説明を天竜院先輩が継ぐ。
「臓器や体の欠損部位の代わりに……?」
「我が主に差し出すというのなら殊勝な心掛けではあります。いくら天竜の身体でも、我が主に移植すると拒絶反応が出ますから」
天竜院先輩の愛が二重の意味で重い。
「境界の勇者様の御身は確かに大切ではありますが、賢崎には欠損部位を治すBMP能力者もいるでしょう?」
「もちろんです。合法とはいえ、クローンなど作っていません」
「合法なの!?」
赤神瑠璃に対する賢崎さんの回答に戦慄する。
いくらなんでもクローンが合法など聞いたことがない。ひょっとして高BMP能力者のクローン限定という話か……?
「…………」
俺は量産された俺のパーツを補ってでも、闘い続けることを望まれている。
この世界が狂気に侵されていることを少しだけ思い出した。
「ですから、刹那は私のものです」
もちろん、それは、南の朱雀も同じなのだろう。




