幼馴染の脅威
【真行寺真理の場合】
「ま、マリマリ……」
「ゆうとっち……?」
(おそらく俺のせいで)異様に自販機が充実したリフレッシュルームで、真行寺真理に出会ってしまった。
「ちゃんと話すのは初めましてかな。剣麗華です」
「し、真行寺真理です……」
不可視の力で半強制的にテーブルに着席させられるマリマリ。
当然のごとくその前に麗華さんが座るので、俺も座らざるを得ない。
麗華さんが望むなら、ケルベロスの前くらいまでは行ってもいいが、この席に座るのは正直避けたいところである。
「あ、あの……。剣さんにはきちんと謝ってなくて。四聖獣ミーシャの件では、本当にごめんなさいです……。」
「全然気にしなくていい。それより、きちんと学校に通えるようになって良かった。ナックルウエポンもたまにはいいことをする」
「きょ、恐縮です」
マリマリが恐縮している。
麗華さんのような超絶美少女が無表情だと、何を責められるか分からなくて怖いのだろう。
仮にもパートナーである俺は、この無表情が本当にただの無表情であることを知っているのだが、説明するのは非常に難しい。
「……」
「? どうかした?」
マリマリにじっと見られた麗華さんが聞く。
「い、いえ……。ほんと美人だなって思って……。ゆうとっちがこんな美少女を捕まえるなんて、なんか不思議な気分で」
それは俺も同感である。
なんというか、小学生の頃に戻った気分になる。
「うん。私も美少女で良かったと思う」
が、秒速で現代に引き戻された。
「れ、麗華さん……?」
「? 悠斗君も美少女が好きだよね?」
美少女が嫌いな人類は少数派だとは思うのだが、我が国の言葉は少し扱いに気をつける必要がある言語であって……。
「私が美少女じゃなかったら、私のこと好きになってないよね?」
「そんなことはありません」
酷い風評被害である。
事実に基づかない主張が話題になった100年前の国政選挙のように。
「麗華さんはびしょ……容姿以外も魅力的なところだらけだよ」
「? 初耳」
なんでやねん。
麗華さんの魅力的なところを列挙するのは簡単だが、こんな衆人環境でそれをするのは……。
……いや、ありか。
「まず、麗華さんはスタイルも抜群」
「? それは容姿に含まれないかな?」
確かに。まずはジャブのつもりだったが、失敗である。
ならば。
「頭脳明晰、身体能力抜群。幻影獣関係の論文が学会で高評価。BMP値172で幻想剣は最強スキルで凄腕ハンター。あと、どんな困難な状況でも、ウエポンテイマーにはソードウエポンが付いている」
「それは有能なパートナーの条件で、魅力的な女性の条件ではないんじゃないかな」
なんでやねん。
「男性は、家庭的で男を立てるタイプの女性が好みと聞いた」
それは100年前の、さらに2世代前の価値観ではなかろうか。
「お嬢様なのに1人だとシーフードヌードルまみれ。世間知らずで世話が焼ける。ハイカースト層なのに攻略難度が低い」
「それは欠点ではないの?」
ないんですよ。
「なんでもできるのに苦手なことにも逃げずに取り組む。相手の気持ちをしっかりと考えられて優しい。くじけそうなとき、支えてくれる」
「他の女性と勘違いしている?」
なんでやねん。
「……悠斗くんの認識には錯誤があると思う」
「いいだろう。具体的なエピソードで証明して見せよう……ん」
マリマリがくすくす笑っている。
「ごめんなさい。クールウルフだったゆうとっちがこんなに必死になるなんて可笑しくて」
「? クールウルフ?」
「他の男性と勘違いしてる?」
「悠斗くん。ウエポンクラスには嘘が通じない」
じゃあなんで、真実(※澄空悠斗は剣麗華を愛しています)が通じない?
「剣さん。ゆうとっちはいつも冷静沈着で、女の子にも塩対応だったから、クールウルフって呼ばれてたのよ」
「そ、そうなんだ……。今の悠斗くんは、三村含めて誰にでも優しくて、女の子は戦闘中に口説いたりするんだよ」
れ、麗華さん……。言い方を……。
「ほんとびっくり……。ケンちゃんみたい」
「……っ」
俺の心臓が少し跳ねたような気がした。
そうなのだ。俺はまだマリマリに何もしてあげられていない。
『BMP能力者のことなら、私に全て任せてください』という賢崎さんに任せっきりだったのである。
「……」
それはともかく、麗華さんの視線が痛い。
見つめ返してはみるものの、何を伝えたいのかさっぱり分からない……。
【おうさま。 ゆうとくん。わたしはおさななじみまうんとをとられてるのかな? であると思われます】
なんで分かるの、かしんさん。
【わたしはもともとやくそくのもののみずさきあんないにんですので】
説明になってない。
それはともかく、マリマリに気取られないように、マリマリが幼馴染マウントなど取っていないことを説明しないといけない。
……無理だ。
「真行寺さん」
俺がまごまごしていたら、麗華さんが反撃に移ってしまった!!
「私は最近、悠斗くんの幼馴染になったの」
「幼馴染って、最近なれるの!?」
なれません。
「本当は誰にも言っちゃいけないんだけど、私と悠斗君は10年前に会ったことがあるの。真行寺さんと会うちょっと前に」
本当は誰にも言っちゃいけないので、マリマリにも言うのをやめてください。
「私はとても酷いことをしてお別れしたんだけど、10年ぶりに再会して恋人になったの……」
「……良かった」
「え?」
「え?」
麗華さんとマリマリが驚き合う。
「? 再会して恋人になったんだよね? 良かったことと思うんだけど……」
「で、でも、酷いことをしたから……」
「そんなの恋人になったら無効だよ」
さすがマリマリ! いいこと言う!
「い、いいの? 真行寺さんから悠斗君のこと、取っちゃったのかと思ってたんだけど……」
「取られてないよ。ちゃんとずっと私のことを考えていてくれたから……」
「そ……」
「ゆうとっちは、ずっと心に穴が開いていたみたいだったから……。10年前も、別れてからも心配してたんだ……。バカな私はすぐに自分のことで頭がいっぱいになっちゃったけど……」
「…………」
「本当の恋人に出会えて……。私には嬉しいしかないよ」
「……お、幼馴染って凄い……。聖人みたい……」
麗華さんが、幼馴染の底知れない徳の高さに驚愕している。
「剣さん。ゆうとっちのことをよろしくお願いします」
「お、お願いされても困る……。どうしよう、悠斗君……?」
よろしくお願いします。
☆☆☆☆☆☆☆
「朝早くからごめんなさいね」
赤神瑠璃の部屋で、刹那と奏音は机に座る瑠璃と向かい合っていた。
前川と黒木もいる。
「あの人の部屋はどうかと思ったけど、良く眠れた?」
「問題ありません。瑠璃様」
昨日成立したばかりの主従だというのに、なかなか堂に入った下僕ぶりである。
奏音の好感度が少し上がった(25/100)。
「分かっていると思うけど、次元獣としての目下最重要事項は澄空悠斗の鑑定よ」
「はい」
「詳細はおいおい説明するけど、ポイントになるのは私の千度薙ぐ紅蓮よ」
「消えない炎でしたね」
澄空悠斗に係る基本事項は、赤神信彦から全て聞いている。同じ朱雀の話なら、なおさらである。
「しかし、瑠璃様は千度薙ぐ紅蓮を、そう何度も起動できない」
「それは正確ではないわね」
同じ四方神の一族とはいえ、四家それぞれに特色がある。
信彦をみれば分かるが、中でも朱雀は少し極端な家柄だった。
「純血主義というのかしら。はじまりの能力者にもらったBMP能力を可能な限り正確に継承したいと、近親婚を繰り返したのよ」
「はい」
「愚かな話……。BMP能力は遺伝しても遺伝子には宿らない。そもそも、ミックスが純血より弱いとも限らないのに」
「はい」
刹那が信彦から聞いていた話である。
「結論として、あと1回千度薙ぐ紅蓮を使うと私は死ぬわ」
「!」
それは聞いていなかった。
「つまり、複写系能力者が必要だということですね?」
「それも四方神のBMP能力ですら複写できる……澄空悠斗と同等のBMP能力が」
そう言って、瑠璃は自嘲するように笑った。
BMP能力は遺伝子には宿らない。自分でそういったのだから。
「そもそもクローン体のBMP能力は、オリジナルとは関係ない。非能力者の両親からBMP能力者が生まれるのと同じ、確率の問題だから」
しかし、それでも期待してしまうのだ。
「ご安心ください。瑠璃様」
BMP能力は遺伝子には宿らないが。
「私の道化師は、複写系BMP能力です」
【遺伝】するのだから。