赤の次元獣
No.187の朝は早い。
起床後、いつものようにVRゴーグルを付けて模擬訓練を……。
「ない……」
というか、そもそもベッドとワークステーションしかない自分の部屋ではない。
「そうか。信彦の部屋か……」
赤神瑠璃の屋敷に連れてこられ、先代当主の部屋をあてがわれたのだ。
古風な趣の良い部屋である。ベッドが運び込まれているが、布団の方が合うかもしれない。
あと、No.187ではない。叢雲刹那だ。
「おーい。刹那。起きてるー?」
ノックとともに可愛らしい声がする。
開けてみると、赤っぽいツインテールの少女、赤沢奏音がいた。
「あの人の部屋なんて、怨霊が出そうだけど、眠れた?」
申し訳なさそうに言う。
信彦の部屋は赤神瑠璃の指示だったが、奏音は違和感を持っていたらしい。
「大丈夫だ。怨霊が出たなら、話したいこともあったしな」
「おぅ。剛毅だねぇ……」
奏音の好感度がちょっと上がった(10/100)。
「瑠璃様が呼んでるの。来れる?」
ということで、ご主人様のところに向かうことになった。
☆★
廊下では幻影獣と出くわした。
もちろん、敵ではない。
「カトブレっち……。剣獣カトブレパスだよ」
人型をとるのはAランク幻影獣の証。
次元獣カトブレパスである。
【右腕と左脚をむしり取られ、心臓のあたりに大穴を空けられ、右の脇腹をくりぬかれ、顔の左半分を左目ごとえぐり取られた】。
信彦からの報告ではそうなっていたはずだ。
左眼に眼帯をしている以外は、どこかの部位が欠損しているようなことはないが、異常に存在感が薄い。今にも消滅しそうである。
「澄空悠斗から受けたダメージは治らないからな。見た目は直せても、存在の量は元には戻らん……」
「当時の映像は信彦に見せてもらった」
刹那はさらに続ける。
「戦闘経験など全くない子供が、どうしてあんなに強かったのか……。ずっとあんたに聞きたいと思っていた」
「ヤツははじまりの幻影獣が混ざっているからな。いざとなれば、平行世界から戦闘経験を引っ張って来るくらいはやるだろう」
「……」
「あるいはもっと質の悪いものかもしれないが。この破綻した物語の主人公様だ。何があっても不思議ではないだろう」
「そうか」
「むしろ俺には、いくらでもチートができる機能を持ちながら、普通に闘って普通に強くなる……、再覚醒してからのヤツの動きの方が理解できん」
「なるほど……。いや、とても参考になった。ありがとう」
嘲りも批判も疑問もなく。純粋に感謝している様子の刹那。
それを見て、カトブレパスが少し驚いた表情を作る。
「BMP能力は遺伝子には宿らないらしいが、お前には少し期待している。……赤神の当主が認めている以上、俺の言うことではないがな」
そう言って、カトブレパスは去っていった。
「じゃあ、行くか」
カトブレパスを見送って、奏音に声をかけたが、驚いた顔をしたまま動かない。
「どうした?」
「カトブレっちが、人を褒めてるところ、初めて見た……」
「褒めていたか……?」
「期待しているって言ってたじゃん!!」
「まぁ、そうか」
褒めてもらってはいたらしい。
「刹那っち、本当は凄い人……?」
「ゲーム以外では、スライム一匹倒したことがないんだ。凄いわけがないだろう」
「そうなんだ……」
奏音の好感度がまあまあ上がった(20/100)。
☆☆☆☆☆☆☆
【火野了子、風間仁美、土御門凛、金森貴子、水鏡彩音の場合】
風紀委員室に、麗華さんと来ていた。
なんとなく要件が読めたので来たくはなかったのだが、麗華さんのお誘いとあらば、基本的にはケルベロスの前だろうと付いていく所存である。
「私達の結婚ですか?」
天竜院先輩は不在のようで、リーダーの火野先輩が代表で麗華さんに答える。
「そうですね。麗華様と澄空様が結婚した後も透子様はお仕えしますから、我ら五竜も付き従うかと」
そうなんですか。
「それぞれ所帯を持つかもしれませんが……。BMPハンターの仕事は厳しいので、家事育児をしてくれる男性がいいですね」
100年前ならともかく、今は仕事しかできない男性の方が少数派である。
「私と悠斗君が結婚しなかったら……?」
「? その時は透子様と澄空様が結婚すると思うので、私達も澄空様の嫁になりますね」
なんで!?
「透子様と澄空様の愛の巣に、嫁でもないのに入れませんから」
俺と麗華様の愛の巣には入ってもいいと言うのですか!?
「待って、リーダー。私はあまり堅苦しいのは苦手なんだけど」
「そうなの?」
風間仁美さんの異議に不思議そうに返すリーダー。
「我が主の主は割と好みではあるから、子作りとか家事育児とか幻影獣退治共闘くらいはするけど。それ以外は、ちょっと面倒かな」
……むしろ、何が禁止されているのだろうか?
「私は構いません。境界の勇者の子を産めるのは光栄です」
ラスボス……ではなくラスボス風味の黒髪美少女、土御門凛先輩が恐ろしいことを言い出した。
「澄空様も私がお好みのようですし」
と、うなじを見せつけるようにわざとらしく黒髪をかきあげる。
やば……。
「悠斗君。土御門先輩も吸ったの?」
「す……吸いました」
ウエポンクラスには幻影耐性というインチキパッシブがあるので、嘘が通じないのである。
「五竜はみんな綺麗なのに……。あえて一番美人なところに行くのは、ちょっと徹底しすぎじゃないかな……?」
「ち、違う違う!! 戦術!! 防御力の高い土御門先輩なら吸う前に倒してしまうことがないだろうっていう戦術!!」
嘘は言ってない!!
そう。麗華さんに幻影耐性がある以上、俺の真心は通じるはずなのだ。
「……恋人に対して、先輩女子高生の首筋に吸い付く戦術を語るのはどうかと思う……」
「うん」
幻影耐性以前のお話でしたね。
……ダメだ。麗華さんの攻略法がどんどん分からなくなってきた。
「あの……」
おずおずと金森先輩が声をかけてきた。
「私はリーダーや土御門ほど大人っぽくないから、恋愛とか妊娠はまだ考えられないのですが……」
「いえ、無理はなさらなくて結構です」
言っていることはとても真っ当なのだが、二つの単語の距離感がおかしい。
「ん……」
視線を感じて振り返ると、水鏡先輩が何か言いたそうに、細かくふるえていた。
「水鏡先輩……?」
「私も頑張って妊娠します。……だそうですよ」
風間先輩が通訳してくれた。
「……無理しなくていいですからね」
龍の皆さんは責任感が強すぎではないだろうか。
BMP能力の高い俺の子供が生まれなくても、先輩方に何の非もないというのに。
「あ、澄空様」
リーダー……火野先輩が話しかけて来る。
「透子様はともかく、澄空様にも選ぶ権利がありますから、気に入った龍だけ選べばいいんですよ」
透子様は選ばないといけないらしい。