救急救命措置
「は……遥さん!」
右胸の下あたりに大穴が空いており、物凄い勢いで血が噴き出している。
「わ……我が主! 私が止血します!」
どこからか取り出した包帯で応急処置を始める天竜院先輩。
「51式:叢雲があればまだましだった……。戦後にはこのような事態があるのに、BMP能力を使い果たしてしまうとは……不覚!」
自分を責める天竜院先輩だが、98パーセントくらい、俺の指示のせいである。
「お恥ずかしい話ですが、何とか助けていただきたいですわ……」
JCアイドル……もとい、邪竜ティアマットが頭を下げてくる。
ただ、こいつ自身が、左のこめかみと、左胸のど真ん中と右の腰と左太ももに綺麗な穴を空けられている。
「おまえは大丈夫なのか……?」
「幻影獣ですから……ですわ」
「…………」
まあ、BMPハンターである俺が、幻影獣を助けてやる義理もない。
青神も気絶はしているが無事みたいだ。遥さんが守ったんだろうな……。
それより。
「天竜院先輩! 遥さんは!」
「明らかに内臓が損傷しています……。止血くらいではどうしようも……。青竜が気絶している以上、盟約領域の解除にも時間がかかるでしょうし、救急隊が駆け付けるのはいつになるか……」
救急搬送困難事案(※救急隊による「医療機関への受⼊れ照会回数4回以上」かつ「現場滞在時間30分以上」の事案)は、100年前からの課題だというのにっ……!
「…………その。厳しいけど優しく、優秀で、自慢の姉でした」
「いきなり諦めないで!」
「も、申し訳ありません!」
だめだ、天竜院先輩まで混乱している。
「…………っ」
アイズオブエメラルドで確認してみる。
やはり、右の肺と肝臓が大きく損傷している。
今この場で治療するしかない。
「劣化複写・幻想剣・生命剣ユグドラシル」
樹木をかたどった、命の剣を召喚しようとするが、途中でぱちんと弾けて消えた。
「わ……我が主……?」
「…………」
む、難しすぎる。
通常の治療スキルでも難しいのに、【コレ】はBMP能力の使い過ぎで生命力が突きかけていた俺を無理やり延命させたチート剣である。遥さんは確かに重傷だが、正直、ここまで高度なBMP能力は必要ない。
……迷惑かけるかな、なんて思わずに、麗華さんにもっと常識の範囲内の治療系幻想剣を複写させてもらっておけばよかった……。
「……そうだ! 春香さ……じゃなかった、マスクドエレメントは!?」
「帰ってしまったようです……。どうやって、自力で盟約領域を抜けたのか……」
残念そうに言う天竜院先輩。
一応味方ではないので虫が良過ぎるといえばそうなのだが……。
「彼女の、あの治癒能力があればと思わずにはいられませんが……」
「全く……え?」
ちょっと待て!
「治癒のBMP能力を見たんですか!?」
「は……はい。ここへ来る前に治療を受けました」
…………。
可能性は高くない。
けど、ユグドラシルに頼るよりかはましか……。
「……わ、我が主……?」
天竜院先輩の顔を捕まえる。
「俺の眼を見てください」
「は……はい……」
アイズオブエメラルドを深く打ち込む。
プライバシー侵害は承知の上だが、手段は選んでいられない。
ついさきほどの話だ。治癒のBMP能力のイメージはすぐにつかめた。
だが……。
「無理か……」
アイズオブエメラルドとはいえ、イメージだけで複写するのはやはり無理がある。
そもそも録画映像でも複写できないのだ。
「やっぱり、直接見ないとだめなのか……」
そういう【条件】になっているのであれば、どうしようもない。
……だが、【単に情報量が足りない】というだけであれば……。
「…………」
複写のためには、視覚情報だけではなく、匂いや音、触覚……五感全てで体感する必要があるというのであれば……。
《おうさま。かしんはおすすめしません》
……かしんさんが話しかけてきた。
《あのびーえむぴーのうりょくは、ほんたいのちからをもってしてもてにあまります》
「それでも、ユグドラシルに頼るよりはましだ……」
もう一度、天竜院先輩の頭を抱える。
「わ……我が主……。ご無理はなさらず」
何をしようとしているのか分かったらしいが、天竜らしく俺のやることを止めようとはしない。
「劣化複写・アイズオブブラック」
使った瞬間、視界の半分が赤に染まった。
「わ……我が主!」
「だ……大丈夫!」
潰れてはいない。と思う。
右眼から激しく出血しているが。
「アイズシリーズとはいえ、負荷は基本的に脳に直接来るはずなので……」
「直接来ていない目がそうなっていて、何が大丈夫ですか!?」
確かに。
しかし、辞めるわけにはいかない。
マスクドエレメントの声帯から癒しで癒された記憶にたどり着いた。
「…………っ」
やはりアイズオブエメラルドとは全く違う。
ほとんど現場に居合わせているかのような臨場感で、情報が収集できる。
「よしっ!」
勢いよく、天竜院先輩から目を放す。
眼がすごく痛い。
「劣化複写・声帯から癒し!」
喉奥から発する音の波動が患部を癒していく。
すご……。右眼の出血が治った。
これなら……。
「劣化複写・声帯から癒し!」
遥さんに向かって、癒しの音波を送る。
……が、まったく反応しない。
《自分にしか効かないのか……》
《いえ、おそらくきょりのもんだいかとおもわれます》
きょり……。距離?
遥さんのすぐそばに近づく。
鉄の匂いが吐き気を誘発する。
……救護実習で、わざわざ血の匂いまで再現しないからなぁ……。
「劣化複写・声帯から癒し!」
音波を投げかけるとさっきよりは確実に効果が上がっている。が、まだ遠い。
「……失礼します」
ほぼ破れかけていた服を引きちぎり、肺を治療するため、右の乳房のあたりに唇を這わせる。
血の匂いで強烈な吐き気に襲われるが、ここで吐くのはさすがにまずい。……なんで、接触部位が唇なんだよ……。
「ぐっ!」
無意識の行動か、遥さんに抱きしめられた。
出血している血に顔が覆われたまま、大きな胸に埋もれる。
「は……遥! 悠斗が窒息してしまいますですわ!」
言ってる暇があったら、止めろ! 幻影獣!
冗談抜きで窒息する。もしくは吐いて窒息する。
「あ……姉上! お放しください!」
俺の後ろから飛びついてきた天竜院先輩が、遥さんの両腕を押さえつける。
前門の窒息からは解放されたが、後門からは天竜院先輩の巨乳が乗ってくる。踏ん張らないと、前門の巨乳に埋まって、また窒息する。
……しゅ、集中できん……。
「ゆ……悠斗! 私に何かできることはありますかですわ!」
あるかもしれないが、今ちょっと忙しくて思いつかない。
「ぶはっ!」
何とか右肺の治療を終える。
とりあえず威力を叩きつければいい攻撃系能力とは違って、元の形に戻す治療系はとにかく難しい。
ひょっとしたら、この肺では、以前と同じ機能には戻らないかもしれないが、今はとにかく救命することを考えるしかない。
息継ぎをして、もう一度右胸に吸い付く。
肝臓の治療に取り掛かる。
肝臓は自己再生能力に優れた臓器であると聞いたことがあるので、大丈夫(※だと思いたい)。
あと、できれば大きい血管も治して……。
◇◆
終わったーー!
とりあえずの処置を終え、天竜院先輩に応急処置を任せ、大急ぎで遥さんの傍を離れて。
「おげぇ……」
吐いた。
胃の内容物がまだあったのに驚きである。
ああ、でも、一仕事遣り切った後の嘔吐は、そこはかとなく解放感……。
「我が主!」
「……ひゃい!」
天竜院先輩に呼ばれて振り返る。
胸のあたりが俺の吐しゃ物で汚れている。
……のみならず、どうみても下着の中に入っていっている。
「…………!」
解放感……っじゃない!
やばい! 思いっきりかけてしまったんだった!
「て……天竜院せんぱ……」
「我が主は、強いだけでなくお優しいのですね……」
……はえ?
「わが身の限界を顧みず、敵であった我が姉まで救命しようとするお心。大変感服いたしました」
……あ、そんな感じの評価になるの?
さすがは天竜の契約済。吐いてしまっても、好評価になるとは……。
「わ……私も……」
四か所ほど大穴が空いているのに元気な邪竜も近寄ってくる。
「見直しましたですわ。【約束の者】に相応しいふるまいだったと思います」
ティアマットがそう言った瞬間、空間がぐにゃりと揺れ、盟約領域(修練場)が姿を消す。
「え?」
戻った。
青神はまだ気絶しているのに……。
いや! 何はともあれ!
「救急車を!」




