幻影戦闘『次元獣ティアマット(執行者)』2
「申し訳ありませんですわー!」
戦闘は主に遥に任せ、青神幸也を抱えて逃げ回っていたティアマットが、唐突に泣き出した。
「ど、どうしたの……?」
「あの色とりどりの分身たち、存在の出力が、私とほぼ同じなのですわー!」
幸也を抱えたまま、色とりどりの液状の触手から逃げ回りながら、ティアマットがガチ泣きしている。
「え……。えと……」
「四方神の次元獣なのに……。量産型でごめんなさいですわー!」
マスクドエレメントに、自身と同格の分身たちが瞬殺されたことで、心が折れてしまったらしい。
「い、いやほら、あんな原色の分身とティアじゃ、比べ物にならないよ。千の属性を操るのが賢獣の強さだろう?」
「あのマスク女に、遊ばれながらフルボッコにされたのですわ……」
「そ、そうだったのか……」
妙にダメージが少なかったので幸也には分からなかったが、どうやらマスクドエレメントと直接一戦交えてきたらしい。
……まぁ、どう見てもあれは相手が悪い。
「いや、ほら。ティアはアイドルとかできるし……」
「副業の方に価値を見出されてしまったですわ!」
「い、いや、あれも助かったってだけで……。遥さんは凄まじく優秀だけど、ティアがいてくれてほんとに助かってるよ。……うち、本当に人材がいないから……」
「最後、聞こえましたですわ……」
小さな体で豪快に幸也を抱えて逃げ惑うティアマットが、ジト目で睨む。
「あと……。現状、僕の命はティアだよりだから、元気出してくれないと(物理的に)僕が困る……」
執行者のヘイトを引き付けまくって闘っている遥にはほぼ余裕がないのである。
「千色装甲!」
緑の濁流を虹色の盾で受け止める。
が、別の角度から伸びてきた赤色の濁流に、ティアマットの頭が跳ね飛ばされた。
「ティア!」
「だ……大丈夫ですわ」
女子中学生に見えても幻影獣である。
一撃喰らったくらいでは、倒れない。
「けど……。そろそろ限界みたいですわ」
幸也を放り投げて、色とりどりの濁流に立ち向かう。
「御武運を……ですわ」
四方八方から迫りくる濁流をさばききれず、ティアマットは数本の触手に身体を刺し貫かれた。
「ティア!」
駆け寄ろうとする青神だが、千度放つ青槍の使用に伴う負荷は限界を超えており、その場で崩れ落ちてしまう。
「!?」
そこに、闇色の触手が迫ってくる。
☆☆☆☆☆☆☆
「……きついな」
執行者の攻撃がどんどん激しくなってくる。
青神の見立ての『千度放つ青槍10発』は過ぎたが、まだ倒しきれていない。
……なのに、肝心の本人はちょうど事前目標半分の5発を撃った段階でリタイアしてしまっていた。
「まぁ、ある程度ヘイトを集めてくれているのは助かるけど……」
ほぼ遥さんの力としても、である。
「春香さん……じゃなかった、マスクドエレメントは申し分ないし……」
ティアマットの単色分身をほぼ一手に引き受けながら、触手の処理までしてくれている。
明らかに手を抜いている感じだが、むしろ余力があるということなので、大変心強い。
そして……。
「天竜院流1式:斬岩剣(※少しだけ)!」
天竜院先輩が、薄く九尾を纏わせた剣で灰色の触手をはじき返す。
何があったか知らないが、BMP能力をほとんど使い果たしていた天竜院先輩は、俺の言いつけ通り、本当にBMP能力を節約しながら、執行者の攻撃をさばいてくれていた。
凄まじい集中力で、本当に助かっているが、さすがにそろそろ限界のようである。
「劣化複写・千度放つ青槍!」
青神の分と合わせて12発目の千度放つ青槍が、赤色に揺らめく壁に攻撃を防がれる。
驚くべきことにまだ俺には余力がある。
ただ、天竜院先輩のサポートなしでは、もう千度放つ青槍を撃つ余裕がない。
……そろそろ決めないと……。
「ん!?」
執行者の様子がおかしい……?
次から次へと湧き上がってきた色とりどりの障壁が、出て来なくなっている。
「打ち止めか……?」
アイズオブエメラルドで確認する。
……間違いない。あと一発で墜ちる。
「わ、我が主!」
別に気が緩んだわけではない。
ただ、単純に、執行者の攻撃がますます激しくなってきた。
「劣化複写・右手から超爆裂!」
3色の濁流を、炎で弾き飛ばす。
「劣化複写・引斥自在!」
2体のティアマットもどきを、(※マスクドエレメントの方に向かって)弾き飛ばす。すみません。うまく処理してください。
……だめだ、忙しすぎる。
「わ、我が主!?」
天竜院先輩の肩に手をまわし。
「劣化複写・超加速!」
二人で、執行者に向かって突進する!
「わがあるじーーー!?」
執行者の攻撃が集中してくる!
「天竜院先輩! これが最後です! 全力で!」
「わ……我が主のご命令ならば!!」
て、天竜院先輩の髪が虹色に!?
「天竜院流79式:纏紅蓮・絞」
し……絞める? なにそれ!?
俺と天竜院先輩に纏わりつくように燃え盛る形に姿を変えた九尾が、螺旋を描きながら、ティアマットコピーや色とりどりの触手をからめとり押し流して圧し潰していく。
天竜院先輩がここに来る前にBMP能力を使い尽くしていたのはこれのせいか!
何はともあれ、頼もしい。
あとは、千度放つ青槍最後の一撃を……。
《ごほうこくがあります》
っ! この声!
《へいこうせかいかんへいきんちをとるかぎりあといっぱつではむりです。にはついじょうのぐろーらんさーをおすすめします》
い、いやしかし!?
《悠斗! おまえのアイズオブエメラルドは劣化している! こいつの言うことを聞くのはしゃくだが、あの瞳での残HP情報は信用するな!》
まじか! けど……!
「我が主……。後はお任せします。どうぞ、勝利を」
天竜が、俺の指示を信じて、力を使い切ってしまったんだけど!
「っ!」
決めるしかない。
「劣化複写・千度放つ青槍・3点射撃!」
◇◆
「我が主」
天竜院先輩に呼びかけられて目を覚ます。
少し気絶していたらしい。
……というか、横たわる天竜院先輩の胸に顔を包み込まれている。
「て……てて……!」
「御心配なく、我が主。我が主の頭部は落下の衝撃から保護しました」
そ……そうか。
3点射撃のあと気絶して、超加速で地面に突っ込んだのか……。
そのままだと大惨事だったところを天竜院先輩が守ってくれたと。
しかも、起きると同時にこんな状態とは……。
天竜さん、ちょっとサービスが良過ぎ……。
「……うっ」
うげぇえええ!
と、俺は豪快に嘔吐してしまった。
「わ、我が主!」
純粋に俺の身を案じてくれる天竜院先輩は、逃げもせずに俺の吐しゃ物を胸で浴びる。
な、なんだこれなんだこれ!?
BMP能力の余力はまだある。
体力だって尽きてはいない。
もちろん暴飲暴食だってしていない。
けど、尽きることのない吐き気が、次から次へと押し寄せてくる。
《おうさまのからだはほんたいのいちぶとゆうごうしてしょうかされていますが、ないぞうきのうはにんげんのものをもしたじょうたいです。てきごうふりょうとおもわれます》
鏡明日香に似た声が頭の中に響く。
幻影獣が混じっていようと、胃の動きはそのままってことか?
いや、そんなことより。
「て……天竜院先輩……すみませ……うげ」
今まで吐いたことのない量の吐しゃ物が天竜院先輩を汚していく。
「我が主、お気になさらず。吐ききれば少しは楽になるかもしれません」
貴方はお母さんですか!?
「っ!」
天竜院先輩の底知れない慈愛に驚愕しているところに。
血を流して倒れている、天竜院遥さんの姿が目に入った。