致命的な『合理的』
一瞬、時が静止したように。
次の瞬間、バタバタと地面に墜落していく幻影獣達。
なかには俺のすぐそばまできていた奴もいた。
……やばかった。
それは、ともかく。
「緋色先生……でスカ?」
エリカの声に、そちらに視線をやる。
そこには、右目の眼帯を外し、煌々と輝く深緑の右目で幻影獣達を睨みつける『アイズオブエメラルド』。
「本当は、こういう荒事好きじゃないんだけど。今日は特別ね」
と、黒い左目でウインクする、緋色先生。
どうも、アイズオブエメラルドの力で幻影獣達の動きを止めているらしい。感知するだけじゃなくて、あんなこともできるのか。
「凄いな……」
うっかりと……。
「……惚れてしまいそうだ」
「惚れてる場合ではないデス。悠斗さん、早く逃げまショウ」
「え? 俺、声、出してた?」
などと馬鹿なことを言いながらも、そそくさと地面に落ちた幻影獣の間をすり抜けて逃げてようとする俺とエリカ。
と。
「え、何、この気配!?」
突然、緋色先生が視線をそらせた。
建設中で放棄されたマンションの残骸へ。
……両目ごと。
「って、まずいだろ、それ!」
思わず叫ぶ俺。
何に気を取られたのが知らないが、アイズオブエメラルドで睨んでないと、幻影獣が動き出してしまう!
「悠斗さん、危ないデス!」
エリカの警告が飛ぶ。
だが、俺の身体能力では反応できない。
一番近くに転がっていて、突如息を吹き返した幻影獣の腕が俺の眼の前で振り上げられている。
太い腕だ。首相官邸で会ったハンマーウエポン並みに。
しかも、赤いし。ぬるぬるしてる。
あんな腕に殴られて死ぬの嫌だなあ。
などとあまりの恐怖に、面白いことを考えている俺の前で。
幻影獣の頭が、何かに撃ち抜かれた。
「こ、今度はなんですカ!」
次々に襲ってくる予想不可能な展開に沸騰気味の俺の頭を代弁するエリカ。
撃ち抜かれた幻影獣は、声も出さずに、その場に崩れ落ちる。
その後も次々に狙撃される幻影獣達。
いや、狙撃と言うにはあまりに弾の数が多い(それでも、俺とエリカには当たらないが)。
「な、なんなんでしょうカ?」
「援軍?」
エリカの疑問に疑問文で返す俺。
弾は拳大。無色に近いが、エリカの豪華絢爛と違い、はっきりと認識できる。
おそらくだが、空気を圧縮させて撃ち出しているような印象だ。
「……にしても」
激しい。
発射点と見られる、マンションの骨組みの一角、三階部分あたりから、機関銃のように撃ち出してくる。
「凄いな」
俺は、さきほどまで死にかけていたことも忘れ、激しい弾幕ではっきりと見えない狙撃手の姿をぼんやりと眺めていた。
◇◆
「砲撃城砦だ」
11匹(※ちゃんと数えてもそうだった、俺もなかなかやるな)の幻影獣が、謎の狙撃で動かなくなった後。
俺たちを助けてくれた狙撃手が、下に降りてくるため一旦姿を消したところで、三村がそう話しかけてきた。
「砲撃城砦?」
オウム返しに問い直す俺。
というか、最初に決めた猪突猛進以外は、まったくもって戦闘中、空気になってたのはいかなる理由だ。
「圧縮した空気を打ち出すBMP能力だ。ちなみに空気になってたのは、猪突猛進を決めた際に鉄柱に頭をぶつけて、お花畑が見えてたからだ。いや、まいった」
二つの質問に同時に、しかも正直に答える三村。
しかし、やることなすこと、きっちり三枚目だな。せっかくの弱ナンパ風味イケメンが台無しというか、むしろ一周回ってそのうち魅力になるかもしれん。
「どんなやつなんだ?」
「おまえも想像はついてんだろ?」
「? いや、まったく」
と俺が応えると、三村は『この天然が』という顔をした。
緋色先生も『天然ねぇ』という顔をした。
「天然さんデスネ」
エリカは声に出して言った。
「悠斗君を責めてはいけない。きっと慣れない戦闘で、まだとまどってる」
麗華さんはフォローしてくれた。
「って、みんな知ってるやつなの!?」
「本人に、聞いてみたら、どうだ」
「へ?」
三村に言われて振り返る。
そこには。
「無事か。みんな」
数日前にできた俺のクラスメート、峰達哉がいた。
「最後まで、判断に迷ったぞ」
「? 何を?」
ありがとう、と言おうとしたところに予想外のセリフを浴びせられて、俺は間抜けな声を出した。
「特訓中も戦闘中もずっと見ていたが、どう見ても素人の動きだった。……いや、三か月前に能力覚醒したばかりだと考えれば、あれだけ使えること自体が驚異的なんだが……」
「なんだが?」
「あれが、君の実力とはどうしても思えなかった」
「あのな……」
まだそんなことを言っているのか、こいつは?
「言っただろ。俺は、完全無欠に素人だって。とてもじゃないけど、戦闘なんて」
「分かってないのは、君の方だ」
確信に満ちた峰の声。
「第五次首都防衛戦の時の映像を見せてもらったが、あの時の『カラドボルグ』は、早さ・威力共に完璧だった。そもそも、君は『みんなの力があってこそ』と言うが、実質あのBランク幻影獣を切り裂いたのは君の能力だ。世界の上位ランカーでも同じことができる者は何人もいない」
「そなの?」
「そうだ」
「ちょっと、待って」
ふいに、緋色先生が声を挟んだ。
「第五次首都防衛戦の映像? 峰君、あなた、そんなものどこで見たの?」
「う。そ、それは……」
いきなり口ごもる峰。
ついでに『さ、さすがはアイズオブエメラルド』とか言ってる。
なんかフラグっぽいな、覚えておこ。
「そ、そんなことはこの際、後回しにして……。とにかく、澄空! 君の実力が分からない。それとも、危機に陥らなければ本領が発揮されないのか?」
「物語の主人公じゃあるまいし……」
第五次首都防衛戦の時も、自分的にはそんな大した闘い方をした覚えはないんだがな。
例の第2人格(こちらはもっと自覚はないが)なら分からないが、あの時は、記憶も途切れてないしな。
◇◆
(とりあえずは、良かった)
峰を囲むように集まった一同。
その一角で、剣麗華は、ひとまず胸を撫で下ろしていた。
少々BMP能力を使ったところで急激に症状が悪化するとも思えないが、余計な危険は冒さないに越したことはない。
それに、あの峰達哉は、なかなかのBMP能力者のようだ。自分がBMP過敏症を患っている間だけでも、今日のように悠斗君を助けてくれれば、ありがたい。
「ん?」
今の思考、何か違和感があったような?
「気のせいかな」
と、剣麗華が言った瞬間。
本当の違和感が襲ってきた。
たぶん、その場の全員が感じたはずだ。
BMP能力の高低や感受性など関係ない。
空が光れば雷を思い浮かべるし、大地が震えれば、基本、地震しかない。
それくらい、誰にでも感じられる違和感だった。
それでも、反応は、剣麗華が一番早かった。
すぐにその場を飛び退く。
その動きは稲妻のように俊敏で、しかも一切の無駄がない。
BMP能力者にとって一番大切なのは、自身の安全。
ひとまず危険から遠ざかっておいてから、視線を澄空悠斗達に戻し、状況を確認する。
驚異の正体は『口』だった。
直径……といっていいかどうか分からないが、口の端から端まで5メートルはある。
人間の口をそのまま大きくしたような巨大な口。
唇は紫色。
歯はノコギリのようで。
そして、それ以外は何もない。
口腔にあたる部分には、赤黒い闇がわだかまっているだけだった。
幻影獣か、あるいはそのBMP能力か。
どちらにしろ、生半可な存在ではない。
剣麗華以外は、ようやく反応を見せ始めたところだ。
少し遅い。
アレの能力は分からないが、どちらにせよ、あのタイミングでは捌ききれまい。
(ん?)
状況把握はできた。
敵の初撃には間に合わない。
流れるような思考で、次の一手を。
考える?
(次?)
何を言っている?
初撃が終わるということは。
彼女の担任と。
クラスメイトと。
クラスは違うが同年代のBMPハンターの仲間と。
そして。
(悠斗君が死ぬということ……?)
何を言っているんだ!?
「幻想剣・断層剣カラドボルグ!」
一切の躊躇なく、壮麗な剣を実体化させる。
(何を……)
何が、状況把握だ?
(私は、何をやってる)
何が次の一手だ?
「標的との間に障害物はない」
最速で振りかぶる。
……でも、間に合わないかもしれない。
(私は……)
こんなに離れた場所で。
(いったい……)
自分から、みんなと離れた場所で一人。
「いったい、何をやっている!?」
わずかにだけど、絶対に間に合わない。
そんな嫌な確信があった。
絶対に認めるわけにはいかないその確信を、振り払うように剣を振り下ろす。