千度放つ青槍
「右手から超爆裂」
マスクドエレメントの右手から強烈な炎が立ち上る。
もちろん、俺達を取り囲む巨大な炎の柱はそのままである。
……いったい、どんな出力量だ?
「風間先輩、俺の後ろに。汎用装甲なら大丈夫です」
「は、はい!」
「わ、私達もよろしいですかしら!?」
よろしいわけがあるかい。
「……そこまで広範囲には展開できない」
「見殺しにするというのですの!?」
そもそもなぜ俺が幻影獣を助けないといけないのかという話ですの。
「幸也が死ぬと、鑑定ができずに盟約領域をゲットできませんわよ! 盟約領域をコンプリートしないと約束の幻影獣と闘うことはできませんのよ!」
「…………」
面倒くさい設定である。
どうにかならないのだろうか。
「我が主の主」
くいくいと風間先輩が後ろから俺の袖を引く。
「残念ですがどうにもなりません。こんなポンコツな私が守る主が、こんなポンコツな一族から盟約領域をゲットしないと人類は滅ぶんです」
「…………」
むしろ、人類、良く今まで無事だったと褒めてあげたいくらいである。
「青神!」
「は、はい!」
「盟約領域を張れ! 下手すると死人がでるぞ!」
「りょ……了解です!」
えらく素直な青神により、盟約領域:修練場が展開される。
炎の壁で良く見えないが……コロッセオを彷彿とさせる空間が現れている……はず。
「ちなみに、この空間、どんな効果なんだ?」
「内部での戦闘による経験値取得率が1.5倍になります」
「…………」
微妙である。
いや、強力な効果だとは思うのだが、今まさに人生を終わらされかねない化け物と対峙している時に、経験値取得率の向上が慰めになるだろうか。
俺の盟約領域:大聖堂の方が良かったか……?
「いや……」
俺はあの能力の経験が浅い。不測の事態になるのは怖い。
外部の死傷者が出るのが避けられるだけで良しとしよう。
「澄空さん、大丈夫なんでしょうか?」
「どうでもいいけど、なんでそんなに敬語なんだ? キレキャラはどうした?」
「あれは遥さんプロデュースで……。我々はあの人除いてあまりにも最弱なので、少しでも他方神に対してハッタリを利かせようと思いまして……」
「…………」
くだらな過ぎる。
秘密主義なところも、幻影獣をアゴで使っているところも、鑑定とか言って上から目線なところも、どうにも気に入らない。
「……お、お気持ちは分かるんです。けど、僕ら……少なくとも僕は悪気があってやっている訳じゃなくて……。鑑定がうまくいかないと世界がやばいのも、経営がうまく行かな過ぎて何とか融資してもらわないと従業員が路頭に迷いそうなのも全部本当でして……」
「…………」
従業員が路頭に迷いそうな話は今聞いたんだが……。
「澄空様。私も、この人、ポンコツなだけでたぶん悪い人じゃないと思います。ポンコツ同士のシンパシーと言いますか」
風間先輩が俺を宥めてくる。
そう言われてしまうと、俺一人イライラしているのが恥ずかしくなってくる。
「……アレが、俺の考えるあの人か、あの人に類する何かだとするなら、正直、ちょっと打つ手が思いつかない」
「……アレ、そんなにヤバいんですか?」
マスクドエレメントを見ながら、青神が顔をしかめる。
「麗華さん以外に確実に勝てそうな人間は思いつかないな……」
下手すると、賢崎さんでもヤバいかもしれない。
「……じゃあ、協力しませんか?」
「手があるのか?」
「青龍のBMP能力であれば、【2発】撃てれば、確実に倒せます」
「……2発?」
「その間、隙を作ってくれれば」
「…………」
直感では大丈夫そうな気はしている。
しかし、風間先輩がいる以上、うかつにコイツを信じるわけには……。
「御心配なくですわ。幸也の防御は私がしますですわ」
あんたらの心配はしとらへん。
ん……。
風間先輩が、トントンと背中を叩いてくる。
「背中を押すのが風の役目です。慎重なのもいいですが、今は思い切ってやる時かと」
「……了解です」
普段の軽い雰囲気が消えて、鋭いまなざしが俺を見つめる。
いざという時にこんな顔をするあたり、やっぱり三村と似ている。
「劣化複写・超加速」
「風神飛翔!」
俺と風間先輩が同時に飛び出す。
マスクドエレメントの操る炎が俺に向かってくる。
かわす。
俺と風間先輩がマスクドエレメントに攻撃をするふりをして陽動する。
マスクドエレメントの操る炎が俺に向かってくる。
かわす。
俺と風間先輩がマスクドエレメントから距離を取って引き付ける。
マスクドエレメントの操る炎が俺に向かってくる。
かわす。
……なんで、俺ばかり狙われる。
「千度放つ青槍!」
そうこうしているうちに、青神から放たれた光がマスクドエレメントに当たる。
が、炎に阻まれて全く効いていない。
「…………」
一応、【2発】とは言っていたが……。
本当に大丈夫……。
「っ!」
しまった!
よそ見をしていたせいで、地面に足を取られて転倒してしまった。
四方から炎が迫る。
攻撃範囲が広すぎて、汎用装甲では、防ぎきれない。
いちかばちか……。
「劣化複写・幻想剣・炎剣レーヴァ……!」
「はいはい、失礼しますよ。主の主」
横合いから力強く抱かれて炎を逃れる。
のみならず、お姫様抱っこをされてしまう。
「か……風間先輩?」
「一応お断りしておきますが、澄空様を軽々と抱っこしているのは力場をコントロールしているだけで、私がパワーキャラとかそういうわけではないので誤解なきよう」
別にそんな誤解はする余裕もないですが。
さきほどと比べて数倍の炎が俺達を追いかけまわしている。
「いったい、どこで何をすれば、あんな地雷女にあそこまで好かれるんですか……?」
「記憶にないです、すみません」
「まあいいです。他の女に触られてめちゃくちゃ怒っているみたいなので、このまま挑発しましょう」
「危険じゃないですか?」
「最悪、澄空様だけは逃がすので、私の骨は拾ってください」
まだまだ骨になられても困るのだが。
しかし、風間先輩、アレが春香さんである可能性に気が付いていない?
「千度放つ青槍!」
もう一度、青神から放たれた光がマスクドエレメントに迫る。
さきほどと同じように炎の壁が光を遮り。
……あっさりと貫通された。
「な……」
光がマスクドエレメントの脇腹を抉る。
「春香さん!?」
思わず叫んで駆け寄ろうとする俺の前で、炎の壁が視界を遮るように展開される。
炎の壁が消えた後には、マスクドエレメントも姿を消していた。
身体にサッカーボール大くらいの穴が開いていた。
人間であれば完全に致命傷である。
「やっぱり、春香さんじゃないのか……?」
風間先輩にお姫様抱っこから下ろしてもらいながら呟く。
「我が主の主……」
「ん?」
「私……役に立ちましたよ……?」
貴方が驚いてどうする。まぁ、お疲れ様でした。
そして、千度放つ青槍を見られたのは収穫だった。
対策を練らないとな。