恩寵を求めて2
「女性の顔を蹴り上げるとか信じられませんですわ!」
青龍が所有するビルの一室で、ダメ次元獣こと賢獣ティアマットがぷりぷり怒っている。
「幻影獣なんだから、蹴られたくらいでどうにもならないでしょ?」
青龍陣営で唯一といってもいい戦力の、天竜院遥が言う。
実際は集積筋力で強化した蹴りだったが、それでも幻影獣にはほとんどダメージがない。
「ダメージがなければ、女性の顔を蹴ってもいいというものではありませんわ!」
それはそうである。
「でも、実際どうなってるんだろうね? 賢獣の権能をアイドルというロールで強化してるティアにあれだけ露骨な暴力を振るえるなんて。普通はそもそも、幻影獣と疑うこともできないし、幻影獣と分かったところで多少は攻撃しづらいはずなんだけど……」
鼻に大きな絆創膏を張った青龍が言う。
ちなみに折られてはいないらしい。賢崎藍華の【賢崎が守るべきBMP能力者】の範疇に、まだギリギリ入っているようだ。
「たぶん、はじまりの幻影獣と同化したからよ」
遥が言う。
「やっぱり、そうだよね……。神獣と同格の権能……あるいは権利を行使できる立場になってる」
「格下の幻影獣の権能は、基本全て通じないということですの?」
「他の三家も、今回のことでそう考えるんじゃないかな」
もちろん青龍幸也もそう考える。
厄介なのは間違いないが、約束の履行者たる彼の権能が強まるのは、四方神にとっても悪い話ではないのだ。
それに権能が通じなくても、BMP能力が効かない訳ではない。
「それで? 賢崎さんには、見せられたの?」
「どうにかね。というか、見せるまで待ってくれて、そのあと殴られた感じ……」
澄空悠斗と剣麗華は死ぬほど怖いが、賢崎藍華とも二度と対峙すまいと誓ったところであった。
「賢崎にはある程度の情報はあるでしょうし、とりあえず対策は取ってもらえるかな?」
「ねえ、でも、本当に大丈夫かな? 使い手が僕なだけで、千度放つ青槍は、大型相手以外の単体戦闘ではほぼ最強だよ?」
自分で無能と言う青龍だが、四方神のBMP能力はどれも別格である。
澄空悠斗とはいえ、簡単に対策ができるとは……。
「澄空悠斗は倒せない」
「え?」
突然の遥の発言に、幸也は驚いた。
「誰が言いだしたのかは知らないけど……。私もそう思うわ。あの人が負ける心配はしなくていいと思う」
「じゃあ…僕が死ぬ心配は?」
「それは普通にある」
青龍の天竜は正直だった。
「守ってくれないの?」
「それどころか、あの子が覚醒しそうなのよ……。恩寵スキルのヒントまで出しちゃったし……」
「うう……。私が戦力にならないせいで……申し訳ありませんですわ……」
付け加えると、青龍には、他に使えそうなBMP能力者はいない。
遥以外は、清々しいくらい、使い捨て先鋒向きの家なのである。
「ま、堕ちた天竜には、必ず守る、なんて言えないけど」
それでも、残り一掬いの誇りを込めて。
「せめて、一緒に死んであげるから」
◇◆◇◆◇◆◇
天竜院透子は、一人で歩いていた。
こんな時に主の傍を離れるのは非常に心配だが、今は何としてでも恩寵スキルのヒントを掴みたかった。
一応、代わりは置いてきたし、しばらくは大丈夫だろう。
「しかし、どうしたものか……」
『恩寵スキルは複写スキルかもしれない』ことが分かったところで、すぐにどうなるものでもない。
天竜院流の百式を修めるのにも苦労したが、あれは作法がしっかりと残っていた。
今度は教師も教科書もない作業である。
正直、何から手を付ければいいのかさっぱり分からない。
見ただけでBMP能力を複写し、挙句の果てには創造してしまう彼女の主は、はっきり言って次元が違いすぎるのだ。
「はぁ……」
似合わない溜息を吐く。
「外で会うのは珍しいな」
そんな彼女に語り掛けてくる声がある。
「飯田君か?」
透子も少し驚いて問い返す。
剣帝・天竜院透子と同じ五帝の一人、銃帝・飯田謙治であった。
◇◆
「なぜ、私がアイスクリームを奢られているのか……?」
1ヶ月間、毎日違ったフレーバーのアイスクリームをお客様に楽しんでいただきたいとの願いから名付けられた有名アイスクリームショップの2段重ねを手に、悩む天竜。
「少し季節外れだが、定期的に食べたくなるんだよな」
と、剣帝の疑問には全く答えない銃帝。
「飯田君……」
「何か悩みがあるんだろ?」
意外な一言が来た。
「な、なぜ、君が、私の、悩みを、聞く……?」
「そこまで狼狽えなくてもいいと思うんだが……」
若干、傷ついた様子の謙治。
「元ライバルで、元ライバルの従者だろう? 気にかけても不思議ではないと思うけどな」
「私はともかく、君が我が主のライバルというのは少し無理があると思うが……」
「いいんだよ、ライバルなんてものは、自分で思っていれば」
「……た、確かに……」
感銘を受ける素直な天竜。
「しかし……、……ジャモカコーヒー美味いな……、君に、私が抱えている問題を解決できるとは思えないが……?」
「悩み相談なんてものは、答えを求めるものじゃないんだよ。話すことによって問題点を整理して、心を少し軽くする作業だと思う」
「……どうしたんだ? 君はいつから、そんな包容力のある男性になった?」
混乱する透子だが、ただ単に二人がしっかり話す機会がなかっただけだったりもする。
「……確かに以前の私なら、悩みを漏らすことを恥だと考えていたところはある……」
今はそれよりも重視することがある。
敬愛する主のために。
天竜院透子は、飯田謙治に悩みを話すことにした。
「俺には、複写スキルのことは良く分からないが……」
簡単に話を聞いた謙治は、そう前置きし……。
「君の恩寵スキルと、澄空の劣化複写は、根本的に違う気がするな」
「当たり前だろう。我が主の超スキルと並び立つものなど存在するわけがない」
「いや、そういうことではなく……」
(こいつ、デレたらこんなにポンコツになるのか)という感想を押し殺して、謙治は話を続ける。
「劣化複写は、複写元のスキルがあれば、最適化して学習することができるみたいだが、恩寵スキルは、【元から自分の中にある能力】を発現することしかできない気がする」
「……なぜだ?」
「主からしか複写できないんだろう? 主を選ぶ段階で、【元から自分の中にある能力】のお手本になる能力を持った主を選んでいると考えるのが自然じゃないか?」
「し……自然なわけがない……、ラムレーズン美味いな……、自然な訳がないが、説得力はある……。どうしたんだ? 君はいつから、そんな高度な分析ができるようになった?」
「……俺のことはいいから」
(もともと俺は計略キャラだったんだよ)という返答を言わないことに決め、謙治は話を続ける。
「要するに、君と澄空の共通するスキル……ひょっとしたら、もっと抽象的な強さなのかもしれないが……。そういうものを探せばいいんじゃないか?」
「わ……私に、我が主と共通の強さなどあるわけがない……」
かつての剣帝ぶりが見る影もないほど落ち込む彼女を見て。
「言っただろう? 片想いでいいんだよ、ライバルは」
かつて見たことがないほどに、強さの萌芽を感じている。
どちらも自分が届かなかった高みに住まう強者どもであれば。
「君が澄空を選んだのなら、澄空も君を選んだんじゃないかな」




