幻影戦闘『次元獣ティアマット』
二回・三回と刃を交わし、距離を取る。
天竜院遥の持つ刀は、透子の護刀・正宗ほどの特別なアイテムではないが、剣技の力量は、遥の方が明らかに上だった。
「やはり、姉上の方が上か……」
「年の差があるからね。そう簡単には縮まらないわよ」
もともと100年に一人の天才と言われていた姉だ。
死に物狂いで修業したところで、そう簡単に追いつけるようなものでもない。
それよりも問題なのは……。
「どうして姉上が九尾を使える……!?」
「……六本しか出てないけど?」
「そういう問題ではないでしょう……!!」
確かに遥の腰からは六本しか出ていないが、もちろんそういう問題ではない。
たとえ1本でも使えたなら、天竜院の後継者は、姉に決まっていたはずなのだ。
「【恩寵スキル】って知ってる?」
「? ……確か、天竜を極めた者が発現する特殊スキルで、主の特性を一つ真似ることができるとか聞いたことはありますが……」
「極めたなんて口が裂けても言えないけどね……。どうもそれが発現したらしいのよ。東の青龍の【進化】の特性がね」
言いながら飛んでくる66式:神薙を透子の九尾が受け止める。
1本を2本がかりで受け止めたにも係わらず、露骨に押されていた。
「BMP能力値だけは私の方が上だからね。出力はこっちの勝ちかな? それでも、六本を操るのが限度だけど」
「…………」
痛いところを突かれた透子が考え込む。
九尾は操るのが難しい。
遥のBMP値ですら六本が限度ということは、160程度のBMP能力値で九本を扱うこと自体、本当は無理があるのだ。
だからといって、三本封印して六本で闘えば互角になるかというと、もちろんそんなことはない。
剣も上、九尾も上。
しかし……。
「我が主の名誉のため……、負けるわけにはいかない!」
「…………バカ妹」
☆☆☆☆☆☆☆
「劣化複写・幻想剣・炎剣レーヴァテイン!」
の直斬り。
本来遠距離攻撃のはずのレーヴァテインで、直接ティアマットの千色装甲に斬りかかった。
「む、無茶苦茶しますわね……。けれど、こんな分かりやすい属性攻撃、どれだけ威力があっても、私には通用しませんわよ!」
「…………」
いや、まあまあ効果が出ている。
あの人……まぁ、春香さんなのだが……、あの人であれば、どれだけ威力があっても下手をすれば【吸収】されかねない。
だが、この幻影獣の属性防御は甘い。
完全に防がれてはいるが、硬直も発生している。
幻想剣を消しながら、タタンと短くステップ。
「劣化複写・疾風連弾!」
「!!!!」
属性の切り替えが間に合わず、ほぼ全弾、ティアマットにヒットする。
人間なら猟奇殺人並みの死体ができあがるような攻撃力だが、JCアイドルに見えても幻影獣の彼女には、大きなダメージは期待できない。
「さ……千色……!」
「干渉剣フラガラック」
精神を攻撃するフラガラックをノドの下あたりに突き刺して、障壁の展開を妨害する。
はっきり言って遅い。
ミーシャは戦闘に向いていない感じだったが、こいつはそもそもBMP能力自体が不慣れに見える。
「か……あ……」
「劣化複写・砲撃城砦!」
フラガラックを消してからの砲撃城砦になるので、ティアマットの障壁が間に合ってしまった。
そこまで甘くないか。
「劣化複写・右手から超爆裂!」
「っ……」
ティアマットが崩れ落ちる。
集積筋力で顔を蹴り上げる。
ダメージは期待していない。攻撃しやすいように体勢を整えただけだ。
「劣化複写・超加速・猪突猛進!」
青い光をまとった拳で、ティアマットを【修練場】の客席に叩きつける。
ティアマットの身体が、半分埋まる。
「劣化複写・砲撃城砦!」
「う……うー!」
身動きできなくなったティアマットが防御に集中する。
ダメージはあまり通っていないが、構わない。
引斥自在、左手から大冷気、疾風連弾と属性をばらけさせながら、続けざまに叩き込む。
「も……もう……」
「劣化複写・壊滅爆弾!」
極大光弾により、ようやく幻影獣は千色装甲を維持できなくなる。
勝った。
「劣化複写・幻想剣・断層剣……」
「お待ちください」
え?
戦闘中とは思えないくらい冷えた声に、止めを刺そうとした俺は動きを止めた。
振り返った先では、天竜院遥氏が、自分の妹を九尾で掲げるように拘束していた。
「も、申し訳ありません……。我が主……」
息も絶え絶えに天竜院先輩は言った。
「その次元獣はまだ使いますので……。屠るのは待っていただきたいと思います」
刀を天竜院先輩の喉元に当てて、もう一人の天竜が言う。
ハッタリの可能性はある。
が、こんなところで天竜院先輩の命を天秤にかける気は、毛頭なかった。
「判断に微塵の迷いもないとは……。いくら境界の勇者とはいえ、我が主より年下にはとても見えませんね……」
俺の意図が伝わったのか、天竜院先輩はあっさり返してくれた。
そういえば、賢崎さんは……!
「まぁ、そうか……」
慌てて視線を向けた【修練場】の闘技場部分で、賢崎さんは元気に手を振っていた。
遥氏の主は、うつ伏せで倒れていた。
遠目にも賢崎さんの拳に血が付いているように見えるので、あまり軽傷ではないかもしれない。
「あっちはいいんですか?」
「一応、四方神の当主ですから、賢崎のお嬢様も殺害まではしないと思います。死んでなければ問題ありません」
怖いよこの人。
天竜院先輩を一蹴する実力とあわせて、すさまじく厄介な相手だが。
「こ、怖かったですわー」
客席にめり込んでいた身体を抜いて、ティアマットが遥氏にすがりついて泣き出してしまった。
もう一人の天竜は頭を抱えている。
闘技場の中では、賢崎さんが一向に目を覚ます様子のない青龍の主の頭をつんつんしながら、『安心してください、生きてます』とジャスチャーを送ってくる。
大丈夫か、青龍?
これ、戦力になりそうなのは、遥氏だけでは……?