潜入捜査
人生初ライブの熱気に面喰らいながら、そして、ノリの良い音楽と演出に自分でも思った以上に楽しみながら。
俺の眼はステージ上の少女にくぎ付けになっていた。
公式設定は【女子中学生】だったか、確かにそのくらいの年齢にも見える。
人間離れした美貌と歌唱力、そして運動能力。
三村の事前情報に嘘はないのだが……。
「…………」
冷静に観察したところ、人間離れしたというより、人間には見えない。
人間が出せる音域を少し外れている。人間の関節の可動域を少し超えている。
……人間が出すはずのない気配を出している。
「どうですか、澄空さん? 私が見た限りでは怪しいところはないのですが……」
VIP席らしきものもあるのだとは思うが、あえて一般客に混じることを選択したっぽい賢崎さんが聞いてくる。
「…………えーと」
どう答えたものか……。
グレーというより黒なのである。
確かに、どんな手品を使ったのかは分からないが、幻影獣特有の、世界に存在してはいけないような違和感はない。
ただ……。
「……ひょっとして、幻影獣なんですか?」
「まず、間違いなく……」
「ど、どうしてわかるんです? 緋色先生のアイズオブエメラルドでも見てもらったんですよ……?」
本家が見抜けなかったのなら、劣化複写版で見抜けるわけがない。
それはその通りなのだが、そもそも俺はアイズオブエメラルドなど使ってはいなかった。
違和感ではなく。
むしろ、同族を感じるような……。
「……ひょっとして、はじまりの幻影獣をとりこんだ影響ですか……?」
「お、おそらく」
答えた瞬間、また少しだけ恐怖を感じた。
いくらBMP能力者の守護者たる賢崎さんとはいえ、生きるために幻影獣と融合するような人間は……。
「や、やっぱり、若干、気持ち悪いか……な!?」
言い切る前に、キラッキラした目の賢崎さんに詰め寄られて、語尾が跳ね上がってしまった。
「幻影獣の方が人間より上だなんて、私は死んでも認めませんが……」
わずかに潤んだ熱っぽい目で見つめてくる。
「人間の方が幻影獣を超えたというのなら……」
「え、えと……?」
「上位存在……。ああ、なんという甘美な響きなんでしょう……」
そ、そうでしょうか?
むしろ、若干、悪役っぽい響きに聞こえるのですが……。
「人類とBMP能力者の守護者たる賢崎一族の長として。前、百年。後、百年。貴方以上の適格者はいないと断言できます」
「え、えと……!」
も、もう少し!
もう少しだけ探してみましょう!
きっといるから!
俺なんか、お腹の中に幻影獣の腕がある以外は、極めて普通のBMP能力者ですよ!?
「重婚くらいいいのではないでしょうか? 剣財閥のお婿さんと賢崎一族の長を同時にやるくらい、いいと思います」
「ちょ……」
俺をこの国の支配者にする気ですか!?
「そ、それより、あのティアマットをどうにかしないと……」
「えー……。いいんじゃないですか? 賢獣ティアマット、というか、神一族なら別に人類の敵という訳でもありませんし。後日、正式に話し合いの場を設ければ……」
マジですか!?
いやまぁ、緊急性がないならないで、それに越したことはないんですが……。
「いえ、実際のところ、それほど時間はないんです」
「え?」
と思った。
声は、右斜め前から聞こえてきたのだ。
声を発するまでは、その他の客とまったく見分けがつかなかったその人物は、振り返った途端、俺にも分かるくらいの重要人物になった。
「あ、姉上……?」
天竜院先輩の声が震える。
ポニーテールにした髪を軽く揺らして。
凛とした表情は武士を想像させるが。
艶やかな黒髪と整った顔は美人としか言いようがなく。
俺より高い長身と腰に下げた刀からは紛れもない強者の匂いがするが。
豊かな二つの胸は、やはり色っぽいとしか言いようがない。
歴史上の大物武将が、現代の美女に転生し、もう少しだけ成長したら、こんな感じだろうか。
「天竜院遥と申します。貴方の天竜の姉になります」
その人物が、手を振り上げると同時に。
いきなり、ライブ会場が、ぐにゃりと歪むように姿を変える。
その後に現れたのは、コロッセオを彷彿とさせる空間だった。
「……まさか、盟約領域……?」
「東の青龍の盟約領域【修練場】になります」
賢崎さんの疑問に、天竜院先輩の姉を名乗る……遥さんが答える。
薙理事長が盟約領域を展開した時と同じように、ライブに来た観客は盛り上がった姿勢のまま、残らず固まっていた。
その向こう、おそらく、ステージがあったであろう場所に、少女の姿をした幻影獣と、いつのまにか現れていた男の姿がある。
「我が主がお待ちです。どうぞこちらへ」
言うが早いか、遥さんは、天竜院先輩と同じく、腰から伸びる光の帯をステージまで伸ばし、その力で飛んで行ってしまった。
「我が主……? それに、姉上が九尾だと……? 一体どうなっている!?」
混乱する天竜院先輩。
姉がいるというのは聞いていた気がするが、ひょっとして、しばらく会ってなかったのか?
なにはともあれ、九尾を使う天竜院先輩につかまって、俺と賢崎さんもステージに飛んで向かう。
「やぁやぁ初めまして、境界の勇者殿! 俺は四方神の一角。東の青龍。青神幸也! 以後、よろしく!」
斜に構えた物言いで待ち構えていた男は、俺よりも少し年上だろうか。
「俺としても、ぜひとも君に盟約領域を譲渡して、世界を救ってもらいたいよ。しかし、鑑定をして認められなければ渡せない仕組みなんだ……。そこは分かって欲しいぜ」
どうやって鑑定する?
などと聞くだけ無粋なんだろう。
「劣化複写……」
「貴方の相手は私ですわ」
先手必勝するつもりが、突然JCアイドルに横からタックルされて、ステージから押し出される。
え? どゆこと?
あいつが俺を鑑定するんじゃないの?
それはともかく、空を飛ぶように、ものすごい勢いで押されている。
風属性のBMP能力だろうか。
このまま壁に叩きつけられると、たぶん普通に死ぬ。
「劣化複写・右足から暴風」
「んきゃっ」
暴風をまとった右足で蹴り飛ばす。
そのまま風をクッションにして、闘技場の客席に着地する。
「まさかいきなり蹴ってくるとは思いませんでしたわ……」
「劣化複写・砲撃城砦」
「ひ、ちょっと……!」
不意をついてかなりの数の空圧弾がクリーンヒットするが。
「ちょっと待ってください! 貴方、テンポというか、作法というか……、何かおかしくないですか!?」
効いてない?
幻影獣相手に作法もくそもないが、不自然なほどにダメージを与えられていない。
そして、ティアマットの前には、虹色の薄い壁が見える。
「防御系のBMP能力か?」
「え、あ、そうですわ! 千色装甲。千の属性を操る、この賢獣ティアマットの防御は何者にも貫けませんのですわよ」
「…………」
千?
いいんだろうか。俺の(あまり近寄りたくない分類の)知り合いに、全属性を操るやばい人がいるんだが……。
ひょっとして、上位存在なのは、俺じゃなくて、あの人なんじゃ……?
「なにをボーとしているのですか!? 今度は、こちらから攻撃しますわよ!」
そういうJCアイドルもどきの両手は、色鮮やかな炎に包まれていた。
「劣化複写・汎用装甲」
打ち出された火球を、虹色の盾であっさり受け止める。
汎用装甲は、確かに強力な防御手段だが……。
「………」
おそらく、攻撃はおまけなんだろう。
千色装甲はあくまで防御系のBMP能力のようだ。