盟約領域チュートリアル2
薙理事長に連れて来られたのは、今は使っていない空き教室だった。
だが、なぜか空き教室の座席いっぱいに新月学園生が座っている。
「みなさんにはアルバイトで集まってもらったわ」
「アルバイトですか?」
「ええ。単位が足りない子……は、うちの生徒ではあんまりいないから、学食のチケットや施設の優先使用権、あと普通にお金も」
いや、なぜアルバイトが必要なのかを聞いたのであって、何でアルバイトを雇ったかを聞いたわけじゃない。でも、学食のチケットなら、俺も欲しい。
「では、始めるわね」
準備も何もする暇なく、理事長はソレをした。
いきなり、見慣れた新月学園校舎が、ぐにゃりと歪むように姿を変える。
「…………」
気づけば、そこは、教会のようだった。
副首都区で闘った四聖獣ミーシャ・ラインアウトの迷宮を、ちょっとだけ思い出す。
「こ、これは……」
「これが盟約領域の一つ【大聖堂】よ」
「大聖堂……」
確かにそんな雰囲気だが。
というか、ひょっとして……。
「盟約領域は、それぞれ異なる性質がある……とか」
「その通り。といっても、他の盟約領域の性質は詳しくは知らないけどね。【大聖堂】は、影響下にある全存在を癒すわ」
「全存在って、その言い方だと敵も入らないですか?」
「さすがね。その通りよ」
なんの意味が……といっても仕方がない。そういうBMP能力なんだろう。
それよりも、半分直感だが、理事長がこの空間のコストを負担していないような気がする。
「ひょっとして、盟約領域というのは、厳密には【使用者のBMP能力】ではない?」
「……ちょっと貴方、優秀過ぎないかしら? アイズオブエメラルドがパッシブ起動している可能性は聞いていたけど……」
車椅子の理事長が、俺の顔を見上げてくる。
「まぁ、その通りよ。私のBMP能力は他にあるわ。盟約領域は……なんというか、使用権を所持している状態なの。もちろん、使用権を行使すること自体にBMP能力の適性が必要と思われるんだけど」
「…………」
ノーコストでこの規模の空間を使えるのは確かに凄い。
他の盟約領域が術者に一方的に有利な仕様だったら、相当にやっかいだな。
……それはともかく。
「……皆さん、何をしてらっしゃるのでしょうか?」
俺と共に、この【大聖堂】に取り込まれた新月学園生(※のアルバイト)。
その皆さんが、なぜか、聖堂のどまんなかで空気椅子をしている。
「盟約領域は、現実世界に被せて使用するのよ」
「は、はぁ……」
「生物は上書きされない」
「…………ふ、ふむ」
「結果、ああやって、固まった状態になるわ」
「…………」
盟約領域、恐るべし。
「良ければ、エッチなことをしてもいいのよ」
なんでですか?
「犯罪にはならないから」
いやいやいや、たとえバレなくても、お天道様が見ている以上は、やはり犯罪と呼称すべきだと思いますよ。
「そういえば、なんで俺は動けるんですか?」
「アクティブにしたからね」
「……なるほど」
良く分からんが、そういう設定もできるということか。
しかし、本当にみんな少しも動かない。
盟約領域内は時間の流れが違うとでもいうんだろうか。
本当に時が止まったような……?
「……ひょっとして」
ふと気になって、近くの(※安全を見て)男子生徒の肩を叩く。
「…………」
硬い。
触れているような気はするが、まるで不可視の壁に阻まれたように、感触がない。
「だから、犯罪にはならないと言ったでしょ?」
「アクティブになっていない者には攻撃できないんですか?」
「そういうことよ」
ますますもって謎な結界だ。
「ま、あとは、自分で色々やって確かめてみなさいな」
「そうですね……」
BMP能力は、確かに自分で使ってみるのが一番早い。
?
「『自分で』?」
「ええ。もう盟約領域の譲渡は終わったから」
「…………」
なんですと。
……いやでも確かに、使用権が移されたような感覚がある。
いったいこれは……?
「盟約領域の譲渡方法は、【盟約領域内で使用権を持つものが敗北を認めること】」
「へ?」
「間違いではなかったみたいね」
「…………」
◇◆◇◆◇◆◇
「さすがです、我が主。もう、一つ目の盟約領域を獲得したとは」
「ど、どうもです……」
天竜院先輩の心からの賛辞に照れる。
謙遜でもなんでもなく、譲渡されるにあたり、本当に俺は何もしていない。
「話を聞く限り、盟約領域を奪うためには領域内での戦闘を余儀なくされるとのこと。四方神と接触する前に、我が主が使用権者になれたことは、大きな意味があると考えます」
「そ、そうですね……」
それはまったくその通りなのですが。
「そして、その【大聖堂】。非常に強い治癒の結界だと考えます。我が主は、最強のBMP能力者であると同時に、最高の癒し手と呼ばれるかもしれません。私も天竜として大変誇らしいです」
「は、はい……」
アクティブにできる人間の数次第では、確かに、凄まじい癒しができそうな気がする。
するんだけど……。
「? 我が主。何か気になることがありましたら、なんなりとお申し付けください」
「いや、なんというか……。学園の先輩と一緒に裸でお風呂に入っていると、だいたいの男子高校生は色々なことが気になると思うんです……」
そう。
俺は今、天竜院先輩にお背中を流されている。
ラッキースケベとかでは断じてない。天竜院先輩に『お風呂が沸いております。我が主』って、言われたから入ってきたんだし!
「? しかし……。我が主とお風呂に入る時に、服を着ている訳にはまいりません」
「…………」
いや、『我が主とお風呂に入る』の方に問題があるのですが。
「自らの天竜とはいえ、せっかくの一人になれる時間を邪魔されたくないというお気持ちは良く分かります」
いやぁ、たぶん、分かってないんじゃないかなぁ……。
「しかし、これには我が主の身体を清潔に保つ以外の意味もあるのです」
「そうなんですか?」
俺の精神修養のためとかでもなく?
「22式:葵花。これで我が主の身体チェックをしています」
「さっきから俺に巻き付いている九尾にそんな意味が!?」
なんなのかなとは思っていたんだけど。
「もっと我が主の情報が集まれば、最初期のがん細胞ですら発見できるようになると思います」
「マジですか?」
「私が天竜である限り、戦場でもその他の場所でも、志半ばで我が主の命が果てるようなことはありません」
た、頼もしい。
でも、だからといって、やっぱりこれはまずい気はする。
お湯で背中を流される。
「では、次は前を失礼します」
「失礼しちゃだめです!」
アカンて!
「? しかし我が主。前側に幻影獣の呪象核が埋め込まれていないとも限りません」
何それ怖い。
「で、でも、もうこれ、麗華さんに何と言えば……」
もうすでに色々手遅れな気がしないではないけど……。
「? 麗華様には頑張るようにと言われておりますが……?」
「頑張れとな!」
なぜに!?
「『悠斗君はどうしても無理をしちゃう性格だから。しっかり診てあげて欲しい』とのことでした」
「…………」
違うんだ、麗華さん。
今の俺は、どう考えても、そんな自己犠牲的な雰囲気を漂わせていいキャラではない。
「もちろん、私も、天竜として、我が主のためにどんなことでもする所存です」
「…………」
気持ちは大変ありがたいのですが……。
「ただ、現時点では、性的な御奉仕は行えませんが」
「これ、性的な御奉仕じゃなかったんですか!?」
「? お背中を流して健康チェックをしているだけですから……?」
「…………」
だ、だめだ。
俺の中の倫理の壁が、すさまじい勢いで定位置を失っている……。




