捧げたい誓いがあるという契約で
五竜を伴い体育館に飛び込んだ時、多くの生徒が集まってきていた。
走ってくるときに放送で知ったのだが、どうもここで、終了式があるらしい。
中央付近には、麗華さんと天竜院先輩がいる。
二人にどういうやり取りがあったかは分からないが、少しは話ができたのか、お互いが避け合うような距離感ではなくなっており、ひとまず俺は安心した。
「ああ、良かった。澄空君」
安心したのだが……。
「君に介錯を頼めればと思っていたんだ」
その距離感を台無しにする天竜院先輩の言葉に、麗華さんが凍り付いた。
「あ、あの、とーこ姉? 何言っているの? カイシャクって、悠斗君が何かのお世話をするの?」
「? 同じ相手に……澄空君に二度目の敗北をしたからな。文字通り切腹の介錯だ。学校でやるのは刺激が強いかもしれないが、天竜院の自害は法律で許可されているしな。先延ばしにしていいようなものでもあるまい」
いや、むしろ永久に先延ばしていいようなものだと思います!
「ゆ、悠斗君、二度目の敗北ってどういうこと? 前にとーこ姉と闘ったことがあるの?」
「え、えーと……」
や、やばい……。
「校門のところで一度な。貴方に言ってしまうと、止められると思ったんだろう」
「そんなの止めるよ!」
「私の心意気に答えようとしてくれたのだろうな。こんな面倒くさい相手にも付き合ってくれるのだから、懐の深いことだ」
天竜院先輩の中で俺の人物像が大きく歪んでいくのを感じる……。
「ゆ、悠斗君? 違うよね? とーこ姉が死んじゃうかもしれないのに、勝負を優先したりしないよね……?」
「え、えーと……」
もちろんそんなことはないのだが、それを認めてしまうと、天竜院先輩を説得する材料が一つ減ってしまうような気が、直感的に、している。
……とはいえ、このままだと、麗華さんの好感度を絶望的に損なう可能性がある……。
「透子様、どうか、お考え直しください!」
後ろから五竜の皆さんが声を張り上げる。
ただならぬ様子に、集まってきていた生徒達もざわめき始める。
先生方もいるようだし、最悪、強硬手段は取れそうだが……。
「……私より先に五竜の方が軍門に下ったか。さすがは境界の勇者といったところか」
感心したように言う天竜院先輩。
どう見ても今から切腹しようとする女子高生の態度ではない。
おそらく、ずっと前からいつかこんな日が来ることを覚悟できていたんだろう。
……本当にこんな人を説得できるのか?
「駄目かな、悠斗君? できれば私も介錯なしの切腹は避けたいんだが……」
あかん。この人、説得なんか聞く気が全くない。
どうすれば……。
「ん……」
その時、(なぜか)生徒達の中にいる三村と眼が合った。
身振りと口パクで何かを伝えようとしているのが、(なぜか)分かってしまう。
『いいか澄空。お前はとてもいい男だが、この状況を覆すには愛とゲーム脳が足りない』
その二つは、似て非なるようなものの気がしますが。
『ここは、俺に負けた以上お前の命は俺のものだ勝手に死ぬことは許さねぇ、系統の説得方法が正解だ』
賭けてもいいが、恋愛シミュレーションゲームか何かの話だと思われる。
というか、99%役に立たないと分かっているのに、なぜ俺は困った時に三村の意見に耳を傾けてしまうのだろうか?
「澄空君?」
「はっ……!」
いかん!
思考停止している場合ではない。
「と、とりあえず、分かりました……」
「分かっちゃったの!?」
麗華さんが悲鳴を上げる。
「そ、その、とりあえず、時間と場所は俺に選ばせてもらえませんか? そ、その、勝者の権利的なやつで……」
あかん。
三村の案とそんなに変わらない。
「悪いが、そんな時間はないと思う。こんな私のために、法律違反になることを厭わない人が一定数いるようなのでな」
周囲の生徒達にまぎれた先生方の緊張の高まりを感じているのだろう。
剣首相によると、天竜院家の自害を止めると法律違反に問われるらしいが、ここの先生方なら確かにそんなことは気にしないかもしれない。
近くには麗華さんもいる。
天竜院先輩は知らないが、剣首相の実力行使部隊も向かって来ている。
力づくで止めることはできるかもしれない。
けど。
『10年、いや、20年も閉じ込めておけば、あの娘も気が変わるかもしれん』
そんなに待つつもりはない。
「分かりました」
「ゆ、悠斗君……」
麗華さんの声に心を抉られながら、断層剣カラドボルグを召喚する。
「この剣なら、痛みすら感じずに首が落ちます」
なるべくゆっくりと近づきながら、語り掛ける。
「しかし、斬首後もしばらく意識が残るという説もありますから、あまりお勧めしません」
カラドボルグを消し、【左手から大冷気】を手に纏う。
「これなら凍死する感じで、意外と苦痛は少ないかもしれません。死体もきれいだと思ますし」
冷気を消し、瞳を緑に変える。
「アイズオブエメラルドを深く打ち込めば、半永久的に意識を飛ばせるかもしれません。死んだことにはならないかもしれませんが、何十年後かに気が変わったらやりなおせるかも」
瞳の色を戻し、手に【引斥自在】の重力場を生む。
「逆にむごたらしい姿をさらしたいなら、こちらもありです。ぐちゃっと潰れます」
言いながら、少しずつ天竜院先輩に近づく。
生徒達は俺の気迫にドン引きだが、肝心の天竜院先輩は眉一つ動かさない。
「任せるよ。死に方にこだわりはない」
「なら、場所と時間も俺に選ばせてください」
「言っただろう? 有難いことではあるが、邪魔をしようとする人たちが……」
「その時が来れば、責任を持って俺が殺しますから」
「……っ」
今度は、天竜院先輩を驚かせることに成功したようだ。
「……いつまで待てというんだ?」
「俺の目標が達成されるときまで?」
ちょっと疑問文になってみる。
「君の目標だと? 世界を救うとかじゃないだろうな……」
「……」
鋭い。
それとあんまり変わらない。
「後輩が世界を救おうとしているのなら、少しくらい手伝ってくれても良くないですか?」
「……境界の勇者と一緒にするな」
「天竜じゃないですか」
天竜院先輩の目の前で止まる。
すぐ脇から麗華さんの視線も感じる。
「あれだけ頼りになる仲間たちと、君のことを誰よりも大切に思っているパートナーがいるのに、まだ足りないのか?」
「……」
足りない。
超凡人の俺が目標を達成するには、まだまだ猫の手でも借りたい。
竜の手ならなおさら。
「手伝ってください」
「……こんなポンコツになにを期待している……」
「格好良くて、美人で、強くて、優しくて……。面倒見がよくて。俺と麗華さんの足りないところを埋めてくれる、そんな女性に助けて欲しいと思います」
明日香が、そうしてくれようとしていたように。
「わ、私は、君や君の妹が思うような人間じゃない……。何度言わせるんだ……」
「俺にはとてもそうは思えませんが……」
万一そうじゃないなら、そうなってくれればいい。
叶えたい願いがあるのは、奇跡のような出来事なのだから。
天竜院先輩の両肩に手を置く。
先輩の方が背が高いので、若干見上げるような形にはなるが。
「俺の命を守って欲しいんです」
「っ……」
「死ぬのは普通に超怖いんですが。今はそれ以上に、投げ出すわけにいかない……投げたくない案件の最中でして」
「…………」
「守ってください。このポンコツがうっかり死んでしまわないように」
「ま、また肝心な時に逃げるかもしれないぞ……。麗華様にそうしたように……」
「とーこ姉! そんなことはないって言ってる!」
麗華さんの言葉を俺も信じる。
が。
「逃げてもいいですよ」
「……な!」
「俺も一緒に逃がしてくれるなら」
後退するのは問題じゃない。
何度でも挑めばいいだけだから。
「今度は麗華さんも一緒に」
「わ……」
天竜院先輩が声を絞り出す。
「私のメリットはどこにある……?」
「え?」
「世界を救うような君に、君たちに付き合うようなメリットが、私のどこにあるというんだ……」
「お給金に関しては、可能な限り要望を聞くつもりです」
「金の問題じゃないだろう!」
それはそうなんだが、今かなりの高給取りであり、麗華さんという財閥令嬢のバックアップもあるが、それほど人間的な魅力があるわけでもない俺に約束できる確実なことは、やはり給料の話かと思うのだが。
「……これだけ強引にきておいて、俺が見る景色を一緒に見せてやる、くらい言えんのか……」
「え?」
バシッと天竜院先輩の肩に置いていた手を払われる。
「もういい! 境界の勇者ともあろうものが、小娘一人のためにぐだぐだぐだぐだと……」
「……て……」
「本当に……腹の立つ男だ」
「と……! ……おこ姉?」
抗議しようとした麗華さんが、天竜院先輩の表情を見て、止まる。
その表情は何というか……。
「ようやく分かった」
麗華さんの方に向き。
「貴方はあの時、『悠斗君くんに、笑われるといけないから』と言ったのか」
「え?」
「君のような男が、そう何人も……いや、二人といるはずはないからな」
……何の話だ?
「君に負けるのは実は三度目だったという話だ」
俺に向き直り言う天竜院先輩。
三度目? なんで?
「天竜院先輩?」
俺の呼びかけに首を振る先輩。
「同じ相手に三度の敗北。もはや死をもってしてもそそげない。私はもう天竜院の者として死ぬことはできないだろうな……」
セリフとは裏腹に、天竜院先輩の顔はどこか晴れやかで……。
「なので」
と、なぜか俺の前で唐突にひざまずき。
「これからは、ただの透子と」
「へ?」
なんですと?
「天竜院家の者でなくなったとしても、天竜の理は我が身の内に。望みの場所にたどり着くその日まで、この力、存分にお役立てください。……我が主」