当事者のお仕事
五人の女子高生が、俺の前で土下座をしている。
生まれて初めて見る光景である。
「あ、あの……。もういいですから」
本当にもういいので、誰かに見られる前にやめて欲しい。お願い。
「そうは言っても……」
「これほどの失態、もう、どうすればいいのか……」
「とりあえず死ぬほど謝っておかないと、万が一助かった透子様に殺されます……」
金森先輩・風間先輩・水鏡先輩が、顔を地面にこすりつけたまま震える声を絞り出す。
「いや、ちょっとした誤解だし、天竜院先輩もそんなに怒らないのでは……」
「誤解とはいえ、澄空君の深謀遠慮に気づくこともなく脇固めをしかけてしまった罪が消えることはないよ……」
金森先輩の関節技は脇固めというらしい。
あんまり痛くはされなかったので、本当に気にする必要はないんだが……。
「わ、私もチキンウィングアームロックをしたなんて、どう報告すればいいのか……」
風間先輩の技も全然痛くはされておらず、正直おっぱいの感触の方が印象に残っているくらいなので、そこまで凹まれると、むしろ俺の方に罪悪感があるです。
「……、わ、私も影移動から後ろにひきずり倒しちゃいました……」
か細い声で言う水鏡先輩は、むしろ俺に押しつぶされた被害者のような気がするが……。
「わ、私には、是非、四の字固めを掛け返してください!」
すみません。その技、やり方が良く分からないんです、土御門先輩。
「待って、みんな。いきなり色々言っても澄空君にも迷惑よ。とりあえず私が代表して、耳に指を突っ込んでもらうわ」
「それはまた今度の機会に」
火野先輩の気持ちだけ受け取っておこう。
「それで。棄権ってどうやればいいんですか?」
「薔薇デバイスを取り外してもらえれば」
「ああ」
そうだった。
胸の薔薇デバイスに手をかけ。
『紅組・天竜院透子選手が敗北しました! 白組の残存選手は剣麗華選手と澄空悠斗選手。
赤0対白2で白組の勝利です』
唐突に校内に鳴り響くアナウンスに、一瞬、思考が停止した。
「…………」
麗華さんが天竜院先輩に勝った?
麗華さんが負けるところは想像できないが、正直、天竜院先輩に勝てるとも想像しておらず、素直に驚いた。
そして、ただ単に決着が付いただけでなく、二人のわだかまりが多少なりとも消えているといいなと思う。
それはともかく。
「あ、あの……。この場合は……」
「透子様の負けになります……」
やっぱり!
「例え能力値で上回っているとしても、透子様に勝つとは……。麗華様は、本当にお強くなられました……」
遠い目をして言う土御門先輩。
この空気を読まない強者っぷりは、麗華さんらしいと言えばらしいけど!
「い、いやでも! 俺に直接負けたわけじゃないし! 同じ相手に二度敗北したら駄目なんですね!」
「それが……。この闘いはチームとして勝敗を決めると透子様がおっしゃっていたのです……」
「だからせめて、透子様が一対一で闘えるように時間稼ぎをするつもりでした……」
金森先輩と風間先輩が目を伏せる。
「と、とりあえず、止めに行かないと!」
俺に土下座などしている場合ではない。
五竜の先輩がたに何とか天竜院先輩を説得してもらわないと。
「む、無理ですぅ……」
消え入るような声で、水鏡先輩が泣いてしまった。
「む、無理って……」
「私達ごときが説得できるようなら、最初から、こんな恥ずかしい真似してません……」
「そ、そうは言っても……」
とりあえずこの期に及んでは、もう説得するしか……!
「澄空様」
火野先輩の様付けに、とてつもなく嫌な予感がした。
「お願いがあります」
「…………」
聞きたくないです。という言葉をなんとか呑み込んだ。でも、聞きたくない。
「透子様を説得してはもらえないでしょうか……?」
「無理です!」
「そ、そこを何とか……。正直、私達が知る限り、あの人を説得できそうな人類は、この国に存在しないのです!」
「じゃあ、俺にも無理ですよ!」
俺もがっつりこの国の人間です!
「この通りです!」
土御門先輩も美しい土下座で、再度額を地面にこすりつける。
「私達にできることなら何でもしますから!」
と風間先輩は言うが、だったら、俺の代わりにあの人を説得して欲しい。
「澄空様ぁ……」
水鏡先輩はガチ泣きしており、俺の心は痛むどころの話ではなかった。
もちろん何とかしたいとは思う。失敗した時に非難されるのが怖いとかそういうつもりもない。
ただ、やはり、天竜院先輩に会って1年も経っていない俺の出る幕ではないような気がするのだ。
「…………ん」
携帯電話が鳴った。
とても電話を取るような状況ではなかったが、着信画面に剣首相の名前が表示されているのに気が付き、秒で出た。
「つ、剣首相……!」
「君に首相呼ばわりされるいわれはないが……」
いや、あなた、この国に生きとし生けるものすべてにとって首相ですから!
「連絡が遅れてすまなかった。国会のせいで、部下が変に気をまわしてな」
「いえ、全然いいです!」
まったく良くはないが、でもギリギリ間に合って本当に良かった。
この人なら、さすがに天竜院先輩も聞いてくれるのではないかと思う。
「そ、それで、どのくらいでこちらに来られるのでしょうか!?」
「? 何を言っている? わしが行っても、意味がないだろう?」
「?」
はえ?
「二度目の敗北をしてしまったのだろう? その状況であの娘を説得できるような人間など、今この世界にいない」
「…………」
火野先輩の認識より、検索範囲が広がっとるがな。
「わしにできるのは実力行使用の戦闘員の派遣と拘束用の牢獄の用意くらいだ。天竜院家の自害の妨害は法律で罰則があるからな。わしが手を汚すしかあるまい」
「え……」
自害の妨害に罰則?
え、じゃあ、新月学園の先生方にも止められない?
「10年、いや、20年も閉じ込めておけば、あの娘も気が変わるかもしれん」
「アラフォーになっちゃいますよ!?」
桁……というか、単位がおかしい。
「心配はいらんだろう? 境界の勇者がいるのだから」
「え?」
「いくら天竜の娘とはいえ、高校生の小娘ごとき、君に説得できない訳もあるまい?」
「い、いえいえいえいえ!」
貴方さっき、そんな人間はこの世界に存在しないとか言ってませんでした!?
「【今】この世界にいないだけだ。わしの孫娘が選んだ男が、その程度のはずがあるまい」
「い、いやしかし……」
さすがにそれはちょっと愛が重すぎるというか……。
「あの娘は麗華にとっても大事な人間だ」
「そ、それは分かってますが……」
「それとも、君の麗華への想いはその程度か?」
「そ……」
そんなことは。
「そんなことはないですよ!」
「うむ。その程度ができない男に、わしは孫娘をやるつもりはないからな」
「そ、そうでしょうとも!」
ハードル高い……。
「頼んだぞ……。君ができなければ、おそらくもう、他の誰にもできん」
「は、はい」
不吉な言葉を残し、電話は切れた。
「…………」
「「…………」」
やばい。
メチャクチャすがるような五対の眼からの逃げ場がない。
「あ、あの……」
「「は、はい! 澄空様!」」
(※俺の心境そっちのけで)希望に満ち溢れた五竜の声。
「せ、説得に行きますか……?」
「「はい! どこまでもお供します!」」
責任が取れるとかどうとかいう次元ではない。
もはや完全に俺のタスクだった。




