心が通じて
結論から言うと。
勝利したのは、剣麗華だった。
「…………」
諦めないとは言ったものの、最後、一瞬遅かったのは明らかで。
彼女は少し当惑していた。
「とーこ姉……。手を抜いた……?」
そんなことは絶対にないと思いつつ、聞かずにはいられなかった。
「まさか……」
仰向けに寝ていた天竜院透子は、フラガラックで一刀両断された腹部をさすりながら、ゆっくりと上半身を起こす。
その視線がわずかに震える左脚の太ももに止まる。
「……とーこ姉……。まさか、脚……」
「最後まで持つと思ったんだがな……」
悔しそうに太ももをさすりながら言う。
折れてはいないようだが、痙攣して力が入らないらしい。
「ひょっとして、悠斗君に?」
「強いなぁ、あの人は……」
遠い目で肯定する。
「うん……」
麗華も喜ぶ気にはなれない。
この怪我がなければ、負けていた。
いや、そもそも、この怪我で互角以上に闘っていたのだ。
「悠斗君もとーこ姉も……。本当に強いよ……」
「貴方もな」
「え?」
驚いて見返す麗華に、透子は微笑んでいた。
「澄空君だって完璧じゃないさ。もちろん貴方も。けど、二人なら誰にも負けることはないと……そう思えるよ」
「とーこ姉……」
「良かった……。私の負けだ」
☆☆☆☆☆☆☆
《じょうきょうしゅうりょうをかくにんしました。ぎゃんぶるれーとかいじょします。おうさま、おつかれさまでした》
「ぶはっ……」
明日香に似た謎の声を聞きながら、超威力のレーヴァテインを解除する。
や、やばかった……。
気力・体力の消耗もさることながら、何か世界の根幹に関わりかねない、賢崎さんにめっちゃ怒られそうな重大な規約違反を犯した気がする。
「ん…………?」
パリンと音がした気がした。
ガラスが割れたような。
窓ガラスとかじゃなく……、なんというか。
「負け……ね」
へたりこんだ五竜を代表して、リーダーの火野先輩が声を絞り出す。
5人とも傍目にも分かるくらいガス欠である。禁術の名は伊達じゃないということか。
どのみち、薔薇デバイスが燃えた以上、余力があっても関係ないが。
「…………」
ローズブレイカーだったか?
賢崎さんが言っていた特別ボーナスを達成できてしまったらしい。
「本当に……。本当に強いね、君は」
全てを出し尽くして、むしろ晴れやかにすら聞こえる火野先輩の声に。
……なぜか違和感を覚えた。
「死力を尽くして敗れたんだ。これ以上はもう何もできないな……」
「さすがにちょっち、疲れたよー……」
天を仰ぎながらもイケメンな金森先輩とへとへとになりながらもおどける風間先輩。
不自然さはない。
お互い死力を尽くして闘った結果だ。満足してもおかしくはない。
「主人公……。最上級の敬意と畏れをもって……、そうとしか表現できないですね」
からっぽには違いないだろうが、一番平静を保っている土御門先輩。
どのみち、薔薇デバイスが燃えた以上、もう勝負は終わりである。
……だが。
「欠点があるとすれば……」
「……女の子に甘いところくらいかな」
土御門先輩と俺の影が繋がっている。
影の中を移動できる水鏡先輩の姿が見えない。
二人のセリフを聞きながら、その二つに同時に気が付いた。
「……っ」
山奥の湧水を背中から被ったような感覚だった。
ひんやりした身体で背中から抱き着いてきた水鏡先輩が、全身を使って俺の身体を後方に引っ張った。
「……かふっ」
「だ……大丈夫ですか?」
水鏡先輩を下にして倒れ込んだ俺は、水鏡先輩の胸を思いっきりクッションにしてしまったことに焦る。
「馬鹿なのかな、君? この状況で女の子を気遣ってどうするの?」
気まぐれな風が致命的な突風に変わったように。
風間先輩が俺の右腕を何らかの関節技でロックする。
「監視カメラが割られたことも気が付いていたんだろう?」
金森先輩が左腕をロックする。
監視カメラ……?
まさかさっきのガラスが割れた音は。
「ただの投石なんですが。地味に私の得意技です」
淡々と土御門先輩が、プロレス技のようなもので両足を極めてくる。
掛けた本人と技の形態のギャップがすさまじいが、まるで岩で固められたかのようにびくともしない。
女性相手とはいえ、4人がかりで固められると、俺の力ではどうにもならない。
ただ、彼女たちと違って、俺はBMP能力にまだまだ余裕がある。
能力を使い切った五竜が相手ならば、集積筋力で十分に引きはがせる。
「っ……」
馬乗りになってきた火野先輩が、俺の耳の穴に人差し指を侵入させてくる。
「実は、あとほんのわずかだけど、炎が出せるの」
ぞっとするような凄みをもって火野先輩が告げる。
ダメージ無効化結界があっても、さすがにこれはやばい。
「る……ルール違反じゃないでしょうか……?」
・監視カメラ破壊。
・薔薇デバイス破壊後の戦闘継続。
・明確な加害意図をもった危険な攻撃
あえて問いかけること自体、間が抜けている状況であるが、それでも一応、俺は聞いてみた。
「5人の女子高生とくんずほぐれつ。何が不満なの?」
真顔で聞いてくる火野先輩。怖い。
《JKリフレというやつか……》
《おうさまにえっちなことをおしえてはいけません》
今わりと大変な状況なので、君たちは黙っていてください。
「下手をすれば、停学……どころか退学だってありえますよ……?」
新月学園の特別イベントは、ただのお祭りではない。
これだけ明らかな故意のルール違反は、ただではすまない。
「退学というか……」
「むしろ、殺して欲しいと思っているくらいなのだがな……」
右腕と左腕を押さえている二人から、回答がある。
「殺してって……。なんで、そんな大げさな……いたたた……!」
土御門先輩が足に力を込めて、火野先輩が耳に力を込める。
いくら健全な男子高校生とはいえ、こんなくんずほぐれつはまったく嬉しくない。痛い。
「透子様が死ぬかもしれないのに、何が大げさなんですか!?」
「な、なんで、天竜院先輩が死ぬんですか!?」
土御門先輩の意味が分からない。
「君が殺そうとしたからでしょう!」
「何を言ってるんですか!?」
火野先輩も意味が分からない。
「とぼけるつもり? それは男らしくないなぁ……」
「そ、そんなことを言われても……」
初めて見る表情をしている風間先輩にも、どう答えていいものか。
「どうも、噛み合わないな。まさか、【同じ相手に二度敗北した場合には死を選ぶ】という天竜院家の掟を知らない訳でもあるまいに」
「………………へ?」
左腕をロックしているイケメンな人。今、何て言いました?
「だから、【同じ相手に二度敗北した場合には死を選ぶ】よ! 一度、校門のところで透子様が君に負けているから、この裏新月祭でもう一度負けると、透子様は自害しなくちゃならないの!」
「………………」
火野先輩が冗談を言っている顔でないのは分かったが、耳から入った内容が10秒くらい頭に入ってこなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ひょっとして、知らなかったの……?」
「……………………はい」
水鏡先輩の小さい声に、か細く答える。
「悠斗君、君は透子様との闘いについてどう思っているのか。との問いに。全力であたるしかないと思っています。と答えたではないか」
「そりゃ、全力であたるしかないと思うんですが……」
金森先輩に答える。
「透子様を大事にしてあげてください……。って、私は言ったよね……?」
「大事にしない、というのがどういうことなのか分からないことには……」
水鏡先輩に答える。
「澄空君。女の子が……それも透子様みたいな巨乳美人女子高生が失われることは人類にとって損失だと思うよね。でも闘いを辞めることはできないかな。譲歩することはできないかな。と聞いたら、もちろんです。俺のわがままで風紀委員の皆さんに迷惑をかけているかもしれないとは思ってます。存続さえ認めてもらえるなら場所とか多少のことは。と言ったよね」
「はい……。ゲーム研究会の存続さえ認めてもらえるのなら、今より不便な場所の部室でもいいと思いました……」
風間先輩に答える。
「天竜院の初代当主はとても強い人でしたが、その主はとても弱い人だったそうです。しかし、誰かに敗れるたびに強くなり、次に闘うときには打ち負かし、最終的には初代を上回るほどであったとか。初代はその生きざまに深く感動し、一族の模範とするように言い残したとか。長い歴史の中で、それは天竜院の一族を縛る悪しき慣習の一つとなってしまったかもしれませんが、それでも透子様は命を賭けて貴方に挑むつもりです。と申し上げた時に、全力には全力で答えると。言ったではないですか……!」
「ま、まさに全力で闘っている最中だと思うんですが……」
土御門先輩に答える。
「澄空悠斗。単刀直入に聞くわ。貴方は天竜院家の掟を知っているの。とはっきり聞いたら。人並には。と、自信をもって答えたじゃない!!」
「は、はい。【天竜院家が護衛を生業にしている】のは知ってます……」
「そんなん掟じゃない! 家業って言うの!」
「た、確かに……」
火野先輩に怒られる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……………………」
どうしよう、これ。
いや、どうしようとか言っている場合じゃない!
けど、どうしよう……。
「……も、もし!」
「! は、はい!」
火野先輩が、俺の耳に指を突っ込んだまま、ぐいっと顔を近づけてくる。痛い。
「と、透子様のために、今から棄権してって言ったら……。……してくれる?」
「は、はい」
秒速で棄権します。火野先輩。
「う、うそじゃなく……?」
「うそじゃないです」
誓いますよ。風間先輩。
「そ、その……、いまさら言うのは恥ずかしいのですが……。境界の勇者ともあろうものが、いくら天竜院家の跡取りとはいえ、一介の女子高生に、これだけ衆目の注目を集める場で公に敗北を認めるというのは……。いいのですか?」
外すことすら忘れているのか、両足を関節技でロックしたまま、伏し目がちに問いかけてくる土御門先輩先輩。
「は、はい。もちろんです」
「め……名誉が傷つくことを厭わないというのですか……?」
「…………」
名誉なんてものは、俺のような平凡メンタル男子高校生には、ささみチーズフライ程度の価値もないが……。
もし、もっと大人になって、そんなものが欲しくなったとしても……。
「あんなに一生懸命な誰かを傷つけて手に入るようなものは……。名誉と呼ばれたくありません」
それは侮辱であり、罵声だ。
BMP能力は誰かを守るために使うものであり、BMP能力者の誇りは誰かを守ることだから。
「棄権します。早く天竜院先輩を止めましょう」
「…………っ」
火野先輩の眼から涙が零れる。
ようやく、耳から火野先輩の指が抜ける。
「も……」
顔を真っ赤にして、瞳を潤ませたまま。
「申し訳ありませんでしたぁ……」
いたたまれないように、顔を手で覆った。