伝えたいこと
何度目かの鍔迫り合いの後。
距離を取った麗華の左手首に九尾が巻き付いていた。
「っ……! これは……」
九尾は伸縮自在・変形自在なだけではなく、技に応じてその性質を変える。
今、麗華の手首に巻き付いている九尾からは、全く攻撃力を感じなかった。
この状況で想定される技は一つ。
「終式・極天光……」
思わず呟く麗華に、天竜院透子が頷く。
「いくら貴方でも、この技だけはかわせない」
「…………」
極天光は、九尾でロックオンした相手の傍に瞬間移動するだけなく、瞬間移動の終了と斬撃が【同時】であることに秘訣がある。
防御はともかく、基本的に回避や迎撃はできない。
それが分かっていたから、九尾のロックオンには気を配っていたのだが……。
「まさか、接近戦の最中にやられるなんて……」
天竜院透子にとって、剣術と九尾を両方同時に操るのは難しいのは知っている。
激しく剣を交えながらも、本当に本当に注意深く麗華の隙を伺っていたのだろう。
「やっぱり強い……よね」
たとえ本人が認めたところで、どうしても弱いなどと思えない。
ただ、もちろん、このまま負けるわけにもいかない。
(……悠斗君だったら、【時空系のBMP能力で瞬間移動中に干渉する】くらいやりそうだけど……)
麗華は知る由もないが、実はやっていたりする。
「…………」
息を鎮め。
どことなく透子に似た、居合のような構えを取る。
「迎撃する気なのか……?」
「…………」
まだ澄空悠斗にも見せていないが、ダインスレイブにはカウンターモードを設定できる。
瞬間移動の終端でもある左手首の九尾から、技の発動を感知し、瞬間移動の終了と同時に行われる斬撃のカウンターを取る。
澄空悠斗にすらできないだろうが、麗華には可能だと思えた。
「そうだな……。おそらくできるんだろう」
強者ならではの感覚で、透子も納得する。
剣麗華は常人を遥かに超えた感覚と反射神経を持つ超人である。
おそらく極天光のカウンターすら取れる。
誰よりも【強力な存在】。
だからこそ。
「良かった……。どうやら、ようやく私も貴方の役に立てそうだ」
万感の思いを込めたような独白の後。
麗華の左手首に巻き付いた九尾の反応を感じる。
瞬間移動すら超える速度で麗華の身体は感応し。
超高速の斬撃が。
空を斬った。
「え…………」
あまりの事態に麗華は唖然とする。
透子は一歩も動いていない。
斜め下から斬り上げたダインスレイブが完全に空振りをしていた。
(確かに、九尾に反応があったのに……!?)
事態を呑み込めない麗華の左手首が九尾に強く引っ張られる。
「え?」
抵抗できないまま透子に引き寄せられながら、ようやく麗華は悟る。
「84式:巻姫」
「まさか……極天光じゃない? とーこ姉がフェイント!?」
完全に予想外だった麗華だが、なんとか踏ん張る。
「フェイントくらい使うさ……」
天竜院透子は剣を構える。
「駆け引きもする。ブラフだって言う。裏だってかく……」
「う……」
「情に訴えたって構わない。命乞いだってしてもいい」
「あっ……」
あっさりと麗華の足が滑る。
激しい勢いで、天竜院透子の間合いに吸い寄せられていく。
「それが闘うということだ! それでも負けないのが強さだ! そうでないから私は弱いんだ! 貴方も……まだまだ強くないんだ!」
それだけはどうしても伝えたかったと。
麗華にも分かった。
(分かったよ、とーこ姉……)
為すすべなく引っ張られながらダインスレイブを消す。
(でも、強くないことと強くなろうとすることは両立するって……)
引っ張られながらフラガラックを召喚する。
そうすることで、完全に失敗したカウンターモードの術後硬直を無理やりに解除する。
(悠斗君なら言うと思う!)
84式:巻姫の引っ張る力に逆らうことなく、回転することで攻撃のスピードに転嫁する。
「麗華様……!」
天竜院透子が踏み込む。
麗華の方が一歩遅いのは分かった。
しかし、諦める理由にはならない。
【とーこ姉】が伝えようとしてくれたことに、今こそ、かつて彼女が一度だけ見せてくれた技で応える。
「天竜院流・8式:旋竜!」
◇◆
「薔薇が……燃えた?」
『裏新月祭観戦用VIPルーム』の一角。
賢崎藍華と向かい合って軽食をつまんでいた真行寺真理が、裏新月祭の様子を写すモニターを見ながら呟いた。
五竜の渾身の一撃を跳ね返したレーヴァテインの炎は、対戦相手の身体を焼くことはなかった。
澄空悠斗が、直前で攻撃をそらしたのだ。
それ自体は、とても彼らしいと思うのだが。
「でも……。当たってないのに、薔薇が燃えたよね……?」
真理の質問に、同じく唖然としている藍華もすぐには答えられない。
答えがあったのは、VIPルームのサービスとして行われていたアナウンスからだった。
『ろ、ろ……ローズブレイカー発動ーー!!』
「ローズブレイカー……? 確か【高威力のBMP能力を至近距離で使って、直接攻撃せずに薔薇デバイスを燃やすこと】だったっけ……?」
呟いた真理も思い出す。
でも確か……。
『でんせつ……伝説できちゃいました! 新月学園に数あるミッションの中でも、最難関クエストの一つ! かつて、あの【暴帝】城守蓮のみが成し遂げたという超高難度タスクを、われらが【魔帝】澄空悠斗が成し遂げちゃいましたーー!』
「ミッションなのか、クエストなのか、タスクなのか、わかんないんだけど……」
いまいち難易度が良く分かっていない真理にとっては、むしろ(なんで、あの実況の人、あんなにテンション高いんだろう?)ということの方が気になる。あと、実況は、生徒会副会長にして、学内アルバイトに精を出している櫃元彩夏さんです。
「…………っ」
だが、賢崎藍華はかなり難しい顔で唸っていた。
「賢崎さん?」
気になって、真理は聞く。
『しかも、女性への攻撃をあえて外す気配り付き! 格好いいです! さすが、戦闘中は二乗イケメンとか言われるだけあります! あ、普段はいまいちとか言っているわけではないので誤解なきよう!』
そして、実況は確かにうるさい。
「ローズブレイカーは、基本的に達成不可なんです……」
「へ?」
突然の説明に、真理が変な声を出す。
「その年の在籍者のうち、最高のBMP能力値に+1した実効BMP値の攻撃でなければ達成できない……。そういう設定です」
「え……」
「設定だけして達成できないことに価値がある……。BMP能力の研鑽に終わりはないとか、そういう感じの教訓のための伝統です……」
「え、でも……」
「【裏新月祭の途中にBMP能力値が上がる】とか、そういうことが起きる可能性はゼロじゃないんです。ただ、今回それが起きていないことは私が保証します……」
藍華の悩みは深い。
「原因の一つは容易に察しが着きます。おそらく、年度当初から設定値の更新をしていないんです。よって、澄空さんが転校してくる前の最高値……ソードウエポンのBMP172+1が設定値のままになっている……」
「え……。それっていいの?」
「いいわけがありません。賢崎一族とはいえ新月学園には簡単に口出しできませんが、今回はさすがに抗議させていただきます」
「っ……」
どう見ても女子高生とは思えない迫力に、真理は言葉を詰まらせる。
いやしかし。
「で、でも……。たとえ設定値が173だとしても、BMP172を劣化複写したレーヴァテインで達成できるの……?」
「さすがに鋭いですね……。まさにそこが問題なんです……。【劣化複写】のはずが、完全複写どころか、オリジナルの威力を超えている……。異常事態です」
パワーアップ自体は喜ばしいことだが、ここまでいくとそうも言っていられないようだ。
「ひょっとして、ゆうとっち。またなんかやっちゃった……?」
「ほぼ間違いなく。それも、かなり、世界の根幹にかかわりかねないことを……」
スケールが大き過ぎる。
「ディスティニーのブレイカーも結構なんですが、幼馴染の権限で、少しは自重するように伝えてもらえませんか……?」
「いやぁ……。そういうのは、現パートナーとか今の恋人の役目じゃないかなぁ……」
とりあえず、真行寺真理は、理不尽な責任を回避することとした。