天竜無双 ~女神の剣~
「あの、それ、ぶどうジュースよね……?」
「? 未成年ですから」
「うん、ごめんなさい。すごく様になってたから」
『裏新月祭観戦用VIPルーム』の一角で、賢崎財閥次期当主(※でも女子高生)と魔弾の後継(※でも女子高生)が、ワイングラス片手に軽食をつまんでいた。
賢崎藍華が一人での観戦に飽きた……かどうかは不明だが、賢崎一族実力行使部隊の副リーダーに真行寺真理を連れて来させたのである。
「えーと……、お礼を言わなくちゃと思ってて」
「え?」
「あんなことをしでかした私なのに、賢崎の会社が専属契約をしてくれて……」
「賢崎の一族は優れたBMP能力者のバックアップが使命ですから。実は貴方とお近づきになる機会をずっと狙ってました」
ワイングラス片手に柔らかに微笑む藍華。
「おまけに実家まで買い取ってくれて無償で貸してくれて……」
「たくさん稼いで買い戻してくださいね。でも、無理はさせませんので」
「う……うん」
賢崎の後継者なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、どう見ても同い年には見えない。
剣麗華とはまた違った意味で現実離れした女子高生である。
(おまけに超美人……)
おもわずため息をつく真理。
「今日は、やっぱり、専属契約の挨拶で呼んでくれたの?」
「それもあるんですけど、一度、澄空さんの幼馴染と会っておきたくて」
「ほえ?」
予想外のセリフに予想外の声が出た。
「まともな女性にも思いを寄せられることがあるんだと知り、若干、勝機が出てきた気がしました」
「まじですか……?」
なんとなくそんな気がしていたが、あろうことか、この女性まで澄空悠斗に思いを寄せているらしい。
(剣さんだけでもたいがいだと思ったけど……)
澄空悠斗は昔から明らかに普通の人とは違う人生を歩きそうな雰囲気が満点だったが、今現在、もう良く分からないところにまで来ている感じだった。
らしいと言えばらしいけど。
その時、状況に動きがあったらしく、室内にざわめきが走った。
「……本命ライバルの出番みたいですね」
◇◆
裏新月祭において体育館は特別な空間である。
なにせ遮蔽物がないので、闘いやすい。
おまけにどういうわけか、ここだけはモニター越しではなく、一般観戦可だった。
そういう訳で、決戦の舞台として機能する空間なのである。
「とーこ姉……」
表の方の新月祭で自身がヒロインを演じたステージの前で、今度はボスキャラよろしく来訪者を待ち受ける剣麗華。
実は、ある程度敵を減らした後は、ずっとここで待っていた。
「麗華様……」
こうして言葉をかわすのは何年ぶりになるのだろうか。
剣麗華のために痛めた右眼と心がうずく。
昔一緒にいたころは、剣麗華はBMP能力を発現していなかった。
しかし、心があった。
自分が守り切れず、覚醒時衝動を失敗した後の彼女の姿は今でも悪夢に見る。
まさに女神のような存在感を纏って立つ今の彼女は、あの時の姿からは想像もできない。
だが、昔自分が一緒に遊んでいた頃の姿ともまた違う。
一度すべてを失い、彼と、澄空悠斗と歩んできた結果の姿なのだろう。
(いまさら何を試すというのか……)
虚無感を覚えながらも、護刀・正宗を構える透子。
たとえ無意味だとしても。
「もう、このくらいしか、貴方にしてあげられることがないか……」
☆☆☆☆☆☆☆
「……あの、降参してほしいんですけど……?」
ちょっと下手に出てみる。
五竜のBMP能力はいまいち不明だが、BMP能力値は何となく分かっている。
この距離と位置関係でレーヴァテインをどうにかできるとは思えないんだが……。
降参してくれそうな気配がない……?
「澄空悠斗ともあろうものが、ずいぶんと間の抜けたセリフを……」
「今の状況で降参などできるはずもありません」
金森先輩と土御門先輩が言う。
気持ちは分からなくもないけど、実際、何も手の打ちようがないと……。
「リーダー……」
「ええ、やるわよ」
あるのか!?
風間先輩の提案に応えるようにリーダーの火野先輩が指示を出す。
指示で動く5人の位置に何となく既視感を覚える。
「…………」
小さいころ見た戦隊ヒーローのなんたらキャノンに似てる。
「…………」
しかも、5人の身体からうっすらと5色の闘気が立ち上っているのが見えて、俺は猛烈に嫌な予感がする。
「この展開はある意味願ったりかなったりなんだよ、澄空君」
「ねじ伏せて見せてください。できるものなら」
挑発的な金森先輩と土御門先輩。
……まさかの全開での撃ち合い……。
やっぱり複写元のアイズオブフォアサイトが優秀でも、劣化複写すると、いまいち頼りにならない。
着実に出力を上げてくる五竜を見ながら思う。
「一番いやな展開じゃないか……」
☆☆☆☆☆☆☆
「13式:激戦衝!」
天竜院透子の背中から伸びる光の尾のうち、数本が力任せに叩きつけられる。
「……」
それを、召喚した断層剣・カラドボルグの斬撃で、剣麗華が受け止める。
BMP能力には適正距離というものがある。
カラドボルグやレーヴァテインなどの大出力系のBMP能力は、本来、距離をとって使うものなのだ。
家の中で対戦車ミサイルを使ってゴキブリ退治をしているというか。
天才という言葉で片付けるには、あまりにも異次元の才能だった。
「くっ……」
「……」
次は、護刀・正宗とダインスレイブが打ち合わされる。
一撃・二撃、そして三撃。
技量に大きな差がない。
人生のほぼ大半を鍛錬に費やした己と、人生の半分を能動的に生きることができなかった少女の技量が同じであるというのはそれ自体が異常ではあるが。
「63式:烈空波」
光の尾のうち一本が、鞭のようにしなり麗華を襲う。
66式:神薙の対空verのような技なのだが、麗華の前髪を掠めただけだった。
「67式:足払い」
死角から麗華の足首を払おうとした光の尾が、麗華の足の裏で踏みつけられる。
「69式……」
数本の光の尾が透子の右手に巻き付く。
「竜咆哮!」
「っ……。レーヴァテイン!」
クロスボウの矢のような勢いで放たれた数本の光の尾が、高速局所起動したレーヴァテインの炎で撃墜される。
爆破解体用のダイナマイトで蚊を落とすかのような神業だった。
……というより。
(……中間距離で闘っている……)
天竜院家の九尾は、中間距離ではほぼ無敵である。
ゆえに、長距離戦ができない状態では、澄空悠斗は徹底して近距離戦で闘おうとしていたのだが。
「…………」
それに気づかないほど愚鈍なわけがない。
あえて敵の土俵で闘い完璧に勝つ、と誇り高くあろうとしている訳ではない。
おそらく。
どの距離で闘おうとも、【どうでもいい】のだろう。
(……本当に、こんな娘を澄空君に押し付けてもいいのだろうか……?)