魔人の闘い ~幻術士3~
「…………」
背中に身長より少し短い槍をくくりつけた少年が、新月学園旧校舎の階段を上っていく。
式雪風である。
姉である式春香がやり過ぎで排除されてしまったので、自分の番が回ってきたのである。
賢崎本家がなぜ裏新月祭で澄空悠斗と闘うように指示してきたのかは分からないが、そのための補給をしてくれないのだけは分かっていた。
「…………」
残り少なくなった輸血パックを見つめる。
姉の血ではない。すでに慣れてしまい、式春香の血ではセカンドタンクの役目を果たさない。
金銭ならともかく、どれだけ身体を張って媚びを売っても、BMP能力者の血液など、そうは手に入らない。
幻影獣との戦闘なればともかく、同じ人間同士の模擬戦、それも学園行事ごときで使っていいようなものではない。
「…………」
が、それはこれからもBMPハンターを続けるとしたらの話である。
正直、もうこれ以上は無理だと感じていた。
百鬼夜行は非常に強力なBMP能力だが、あまりにも発動条件が厳しすぎる。
あまりにも危なっかしすぎる姉を放っておけない気持ちはあるが。
「……」
それも、もう大丈夫……とは言えないが、あの人に任せてもいいような気はしてきた。
「…………」
これが最後の幻影戦闘というのならば、あの人以上に嬉しい人はいない。
問題は、幻影耐性を持っていないあの人が、デメリットしかない自分とのまともな戦闘を望むかどうかということだが……。
「……」
階段を上りきる。
登った先の廊下の先。
そこには、あの人が……澄空悠斗が、こちらを見据えて待ち構えていた。
輸血パックを口にくわえる。
★☆★☆★☆★
百鬼夜行を発動する。
それが分からないあの人ではないだろうが。
「劣化複写・砲撃城砦」
雪風が生み出した自身の幻影に向かって空圧弾が飛んでくる。
全ての球が雪風の姿をした幻影をすり抜ける。
幻影耐性を持たないBMP能力者にとって、このBMP能力がどれほど厄介なものか分からない人では、断じてない。
しかし、焦りもせず、苛立ちもない。
タタタンタンタタン。
小気味良い音を立てながら優雅に舞い。
「包囲攻撃」
魔弾の力で、百鬼夜行を正面からねじ伏せに来る。
[なぜ、貴方はそんなに格好いいんですかっ……?]
声を失った身ではあるが、それでも叫びたくなる。
あの人はどこまでも完璧だった。
境界の勇者で、いずれ約束に至る可能性がある唯一の人間。
あの人の真価がそんなものではないことくらい、自分にだって分かる。
[僥倖です]
雪風を取り囲むように展開された魔弾が一斉に襲い掛かってくる。
が、それは幻影。雪風本体は数メートル先を走っており、魔弾は全て空を切る。
百鬼夜行は五感全てを支配する。
目で見ることはもちろん、足音を聞いたところで、匂いを嗅いだところで、気配を感じたところで、本体を見つけることは絶対にできない。
「…………」
それでも勝てない。
そんな確信だけがあった。
「劣化複写・捕食行動」
「…………っ!」
[これが切り札かっ!]
能力者本人とは独立して動く自動追尾系BMP能力の中には、それ自体に幻影耐性が付与されているものがある。
これがあるから、澄空悠斗は自分との闘いを受けた……。
[…………あれ?]
訳ではないようだった。
召喚された大きな口は、大喜びで雪風の幻影に突っ込み、その身体をかみ砕こうとしていた。
[まさか、勝った?]
半信半疑で澄空悠斗に接近し、槍で悠斗の胸の薔薇デバイスを貫き、剥ぎ取る。
まさか。
[本当に勝ってしまった……?]
★☆★☆★☆★
☆☆☆☆☆☆☆
「取りっ」
槍を突き出した姿勢で固まっている雪風君の胸から、薔薇デバイスをむしり取る。
同時に、『俺の』百鬼夜行が解除される。
ギリギリの効果時間だった。やっべぇ。
「…………(きょときょとと)[なんですなんです悠斗様! なんなんですこれ!]」
雪風君が凄まじく混乱しているのが、幻視幻聴に伝わってくる。
「劣化複写だよ。百鬼夜行を複写した」
「………!![!!!!]」
「使ったのは最後の一瞬だけどな」
正確には、捕食行動の後である。
自分の幻影を見せて、少しだけ本体も移動した。
複写していることを知らない雪風君にとっては奇襲には違いないが、これくらいなら正々堂々の範囲内だろう、たぶん。
「…………(ぷるぷると)[誰にも……]」
「へ?」
「……[誰にも複写できなかったのに……]」
「…………」
まぁ、超高難度のBMP能力だからなぁ。
それに。
「セカンドタンクアビリティは基本的に複写できないんだったよな」
と、賢崎さんが言ってた。
「……[できないはずです]」
STA能力は強力だが、その分、能力者本人の心の歪みが強く、それを理解できなければ複写にも至らない。
学習だって同じだろう。
「……[僕を……理解してくれるんですか……?]」
さすがにそれは無理だ。
無理なんだけど……。
「…………」
こういうセリフを俺が言っても重みがないというか、軽々しく言っていいものなのかも分からないけど。
「…………?」
「その……。色々と大変だったんだな、雪風君……」
ぽんと雪風君の頭に手を乗せる。
どうしたってうまくは言えない。
だが。
雪風君は、瞳に涙をためて。
「…………こくり」
頷いた。
☆☆☆☆☆☆☆
「…………」
ぱりんと音がして、賢崎藍華の手の中でワイングラスが砕け散る。
一応断っておくが、飲んでいたのはぶどうジュースである。アルコールなど入ってはいない。
「……あのクソジゴロ。とうとう男まで口説き始めましたよ……」
『裏新月祭観戦用VIPルーム』の一角に女子高生の身分ながら陣取り、学校の備品であるワイングラス(※そこそこ高い)を破壊して、ぶどうジュースでテーブルおよび床をびしょびしょにした賢崎藍華も相当なものだが、薄暗い室内もあってか、とりあえず誰も気が付いてはいないようだった。
「この録画、放送してやろうかしら……」
「さすがにそれはやり過ぎだと思います、お嬢様」
給仕の格好をした男が話しかけてくる。
澄空悠斗と式雪風の闘いを収めた監視カメラの画像を他の人間には視聴不可にし、賢崎藍華のタブレットにだけ格納した男である。
「冗談です」
そのタブレットをなでなでしながら、賢崎藍華が言う。
「しかし、さすが実力行使部隊の副リーダー。こんなことまでできるんですね」
「我々は基本的に工作部隊ですので。リーダーが異常なだけです」
「今は春香が抜けたので、貴方がリーダーになるのでしたか?」
「あの人はもともとあんな感じですから、完全に抜けたという訳でもありませんので」
てきぱきと藍華が汚したテーブルの後始末をしながら男が答える。
「でも……。これを放送すると澄空さんの評判は地に落ち、ソードウエポンとも気まずくなって、こう、色々あって結果的に私のものになる可能性もゼロではないですよね?」
「まぁ、ゼロではないでしょうが……」
「ソードウエポンに言われたくなかったらおとなしく私のものになりなさい、という手も……?」
「そこまでいくと完全に悪役です」
副リーダーの男はため息を吐いた。
「別に私は悪役でも全然問題ないのですが……」
タブレットをよしよしする。
「ものにできるのなら嫌われたって構わない……。でも、傷つけるのは嫌なんですよね。不合理です。……めんどくさいですね、恋は」