特訓をしよう
「どうして、峰とのストリートバトルを受けなかったの?」
授業が終わった後、
「下校する前に、何か面白い話をしたい」
という麗華さんのリクエストに応えて面白い話(峰との話)をすると、とんでもないことを言われた。
「いや、あいつ見るからに強そうだし。下手すりゃ怪我じゃ済まないぞ。だいたい、わざわざそんな危険なことする意味がないだろ?」
「そんなことはない。BMP能力者同士のストリートバトルは、実践訓練としてはとても優れている。もし心配なら、私が立ち会えば危険も少ない」
ヤバイ。この展開は、なんだかとってもヤバイ。
「だったら、もっと弱いやつでいいだろ? 俺なんか、三村にだって負けるぞ」
「それは謙遜しすぎ。さすがに三村に負けることはない」
「何いってるんだ。三村はデフォルトは弱ナンパ風味だが、いざという時は兄貴属性持ちの、なかなか頼れる男だぞ!」
「曲がれない超加速も、加速しないと使えない猪突猛進も、BMP能力として凄く不完全。横にかわして刺せば、終わる」
「……怖いよ。麗華さん」
と、俺たちがだんだん脱線し始めていると。
「お前ら、峰とのストリートバトルをしたいのか、ラブコメをしたいのか、俺を馬鹿にしたいのか、どれだ?」
三村が怒り出した。
「もちろんストリートバトルの話。三村の話は事実だし。悠斗君と私はラブコメディなんかしていない」
言い切る麗華さん。
「ならいいけどよ……」
そして、はっきり言われて落ち込む三村。
「悠斗さんと峰さんのストリートバトルですカ。それは楽しそうですネ」
しかも、いきなり、金髪が割り込んできた。
「え、エリカ? なんで、うちの教室に」
エリカは、俺とクラスが違う。
学力に応じたクラス分けがなされるこの学校で、うちのクラスはナンバー1なのだ。
そして、エリカのクラスはナンバー2。
でも、俺よりエリカの方が遥かに頭がいい。
三段論法が成立しない理由は、俺が危険人物だからだそうだ。
「最近、三村さんと一緒に帰って自主訓練しているんデス」
な、なに?
「三村、おまえ……」
「か、勘違いするなよ。ただの訓練だ」
「弱ナンパ風味が言うと、世界一説得力無いな、そのセリフ。人にあれだけ言っといて、自分はそれか?」
「ち、違う。本当にそんなんじゃないんだ。ちょうど同じくらいの実力のBMPハンターが他に居なかっただけで……」
「じゃあ、もし居たら、それがひげもじゃのおっさんで、筋骨隆々のマッチョで、でも腹はボテボテにたるんでいて、しかも男色家で、おまけに結婚詐欺師でも構わないというんだな!」
「なんで、いきなりそんな極端なとこ行くんだよ! しかも今の人物像、あちこちで矛盾があるぞ!」
「……話、そらさないで欲しいデス」
エリカの不満げな一言で、俺たちのバトルは遮られた。
「なんで、悠斗さん、そんなにストリートバトルが嫌なんですか?」
「だから、実力差がありすぎるからだって。意味がない」
「じゃ、私とシます?」
…………。
「ちょ、ちょっと待て! 早まるなエリカ! こいつ、今は剣の幻想剣を使えるんだぞ! なのに制御はめちゃくちゃだし。危ないってマジで」
「そう言えばそうデスね。逆に峰さんの方がキケン。ということもありえマスね」
なんだか、納得する金髪少女。
「確かに。怪我をしたんじゃ本末転倒」
おお。麗華さんも納得してくれた。
「じゃあ、澄空君も自主訓練をすればいいんじゃない?」
しかし、また、別の声が割り込んでくる!
って、この声は。
「こど……緋色先生?」
「こども先生、言わない」
叩かれた。
今のは言ってないと思うんだけど。判定が厳しい。
「でも、緋色先生。悠斗君も、BMP課程で訓練はしている」
麗華さんが言う。
ところで、ここで少し新月学園の授業課程の説明をしておこう。
1:まず、学力順にクラスを分ける。
2:普段は普通に授業を受ける。
3:1日か2日に一回、BMP能力発動可能(BMP110以上)の者が集まって、BMP課程を受ける。
こんな感じだ。
「一年のこの時期じゃ、ほんとに基礎しかやらないでしょ。実際麗華さんだって、澄空君が来るまで授業出てなかったじゃない」
「確かに」
あっさり認める麗華さん。
そういや、麗華さんが授業を受けるようになったのは、俺が登校中に覚醒時衝動を起こした時に対応するためだったよな。
でも、今でも普通に受けてるよな。なんでだ?
という俺の悩みを無視して、緋色先生は、告げた。
「だから、麗華さんが教えてあげればいいのよ」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「麗華さんが悠斗さんに闘い方を教えるということですカ?」
だから、エリカが通訳してくれた。
って、ちょっと待て。
「それこそ、無理ですよ。名人がサルに将棋を教えるようなものです」
思わず言う。
「名人には無理でも、麗華さんになら教えられると思わない?」
あっさりと言う緋色先生。
どうだろう? 仮にも先生なら『サル』のほうを否定するべきだと思うのだが。
「私は、人に何かを教えたことはない」
はっきりと言う麗華さん。
「だから、いい機会なんじゃない。三村君ならともかく、澄空君に教えるのなら退屈しないでしょ」
「先生。そこで、俺を引き合いに出す理由が分かりません」
三村がツッコミを入れる。
俺にも分からないが、あえて言うなら、緋色先生がSだからだ。
「人に教えるというのは、麗華さんにとってもいい経験になると思いマス」
エリカが自信満々に言う。
「そうなの?」
「そうよ。重要」
それを受けて、緋色先生。
「『全力を出さなくてもいい』と『全力を出しちゃいけない』の違いを学ぶことはね」
◇◆◇◆◇◆◇
そして、週末。
30分ずらし目覚まし掛け(6時、6時30分、7時、7時30分と複数回目覚ましをセットしておくことだ。でも、たいてい最初の1回で眼がさめて、止めるのが面倒くさい)で完璧に起きた俺は、心身ともに今日の特訓の準備をしていた。
麗華さんのことは信頼しているが、なんせ実力が竜とミジンコほどに違う。気合い入れていかないと、大怪我して麗華さんを悲しませることにもなりかねない。
「よし、大丈夫」
どこも調子悪いところはない。
BMP能力に関しては、調子の良し悪しを判断できるところまで扱いきれていないが、まあ大丈夫だろう。空気的に。
という訳で、麗華さんの待っているダイニングに向かった。
「おはよう! 麗華さん」
と言った所で、俺は自分の目を疑った。
「おはよう、悠斗君。ちょうど起きる頃だと思ってトーストを焼いておいた。1分前に焼けたからいいタイミングだと思う」
俺の起床時間予想が進化している(二分前→一分前)。
いや、そんなことより!
「麗華さん。その格好は?」
聞く。
なぜなら、なぜか麗華さんはワンピースを着ていた。
清楚さを前面に押し出した、白いワンピースだ。
完璧美少女が着ると、完璧に令嬢に見える。
「? 変かな? 可愛くない?」
「いや可愛い」
もちろん可愛い。凄く可愛い。間違いなく可愛い。
「でも、変だ!」
特訓するんだよな、今日!
「でも、緋色先生が『麗華さんは美人過ぎて隙がないから、ワンピースとかの可愛い系を着た方が悠斗君もリラックスできるんじゃないかしら』と言っていた」
それ、たぶん今日着ろという意味で言ったんではないと思います。
「でも、他の服は洗ってしまっているし……」
困ったような麗華さん。
そうだ。
この人は、完璧美少女のくせに、服をあまり持っていないんだった。
「今日のところは、この服で手を打ってもらうと助かる」
と、真剣な表情の麗華さん。
「ま、まぁ、俺もどうしてもだめという訳じゃないけど……」
どもる。
まあ、実際、竜とミトコンドリアくらい実力差があるし、大丈夫か?
「うん。次は気をつける」
と、やっぱり真剣な表情の麗華さん。
それは、ともかく。
特訓やめて、デートに切り替えたら、駄目かな?