魔人の闘い ~幻術士~
「悠斗さん……!」
と、天竜院先輩を退けた後の俺に近寄ってきたのは、エリカだった。
「エリカ?」
これだけ化け物が揃ったバトルロイヤルで、まだ残ってたのか……。
普通に凄いな。
「良かッタ。こノ競技の人達、凄イ人達バカりで……。悠斗さんト一緒ナラ少し安心デス」
この怪獣大戦争を競技と呼ぶのは俺の中の倫理観が否定しているが、エリカが頑張ったことは間違いない。
ただ、残念ながら、この競技のルール上、同じチームの人間は長い間一緒に居るとペナルティを受けるが。
「……? 悠斗さん、頬大丈夫デスか? 血ガ……」
「ん、ああ。俺の血じゃないから」
エリカに答えながら、天竜院先輩の血を拭う。
「っ……」
意外に血の量が多いことに驚く。拭った手のひらがべっとりと赤く染まってしまった。
「…………?」
「悠斗さん? どうかシマした?」
「……いや」
なんかいい匂いがする。
血の匂いというと、鉄の匂いのイメージなのだが。
「…………」
色も……まるでルビーを溶かしたかような高貴な紅だ。
思わず舐めてみたりなんかする。
「ユ……悠斗さん……?」
「……!!」
うまい!
極厚のステーキの肉汁を凝縮したかのような……。
しかし決してしつこくなく、後味を残さず胃の奥に消えていく。
麗華さんとはまた違った肉感的な香が、脳の髄を蕩かしていく……。
「…………」
おかしい。
人の血液がこんなに美味い訳がない。
天竜院の一族の血は特別……な訳はないな。
「BMP能力の一種か……」
「エ?」
俺の劣化複写は節操がない。
見るだけで複写できてしまうので、俺自身が認識できていないBMP能力もある。
ただ、見たことがあるのは間違いがないので、誰かが俺の目の前で人の血液を美味そうに舐めていたはずなのだが……。
「そんな知り合いが居てたまるか……!」
「あノ……本当にどうシタんデスか、悠斗さん……。なんダカ三村さんミタイですヨ……」
エリカに恐ろしい暴言を吐かれつつも、何とか記憶の糸を手繰り寄せる。
まぁ、実際、敵味方問わず、人の生き血くらい啜っていてもおかしくない知り合いはそこそこいるが、本当に吸っている人間となると……。
「……あ」
居た……かもしれない。
四聖獣レオと闘う前、賢崎さんの『弧月』を喰らって出血した俺の血を舐めていた人物。
式雪風君。
「…………」
あの時色々あり過ぎて、あまり関連付けて考えられなかったが、スカッド・アナザーを幻術にはめたのは、確か、あの後だった……。
「ひょっとして、これが雪風君の百鬼夜行のセカンド・タンクか……」
セカンド・タンク・アビリティ……STA。雪風君の場合は、血液を補充することによって、BMP能力を発動する……?
<理解してあげられますか? 式雪風を>
賢崎さんの言葉が蘇る。
全くもって無理だとは思うが、血液を美味しいと感じてしまったということは、セカンド・タンクが機能しているということ。
「やってみるか」
「エ?」
「劣化複写・百鬼夜行」
BMP能力を発動した瞬間、それまでの旧校舎の中庭が、色とりどりの花で埋め尽くされる。
校舎があった場所には小川が流れ、見たこともないような蝶が空を舞い、聞いたこともないような美しい旋律がどこかから漂ってくる。
さらにはこれまで嗅いだこともないような果物の香りが……。
「まママま、待ってクダさい! ナン、何ですカ、コレ? どうナッテるんデスか!?」
エリカが美しい金髪を振り乱しながら取り乱している。
思った以上に凄まじい幻術だった。説明もなしでやったのはまずかったかもしれん。
「落ち着いてくれ、エリカ。これは劣化複写した、雪風君の百鬼夜行だ」
「ふぁ……ファンタジアっテ……。あのコノ花トカ匂いモありマスし、触れルンですケド……」
「五感全てに干渉できるみたいだな。幻術というより、催眠に近いのか……?」
「元の地形トカ、全然分からナクなってマスし……。こんナ状態で攻撃サレたら……」
「そうだな……」
幻影耐性のあるウエポンクラスでなければ勝負にならないと言われるわけだ。
「あ」
「あ……アレ……」
百鬼夜行の幻覚が消えていく。
BMP能力の出力が尽きたわけじゃない。
今までとは違う質の能力中断……。
「なるほど。これがSTAか」
天竜院先輩の血液による方の出力が尽きたんだろう。
「……」
強力なBMP能力なのは違いないが、あの血液量でこの持続時間とは、コスパが悪すぎる。
効果範囲や催眠深度なんかを絞って持続時間を延ばさないと使いにくすぎるな。
「いや……」
それ以前に、他人の血液なんかそうそう手に入らない。
天竜院先輩の血を嘗めた時の感じからして、ある程度のBMP能力の持ち主の血でなければ、百鬼夜行の発動自体が難しいと思われるし……。
「あとたぶん……」
俺の想像というか感想だが。
一度使った血液は効率が落ちる気がする。
強力なのは間違いないが手間がかかり過ぎる。
俺だったら、とてもこんなBMP能力でハンターをやろうとは思わない。
いや、普通の人間なら、誰だって……。
「悠斗さん!」
「へ?」
考え事に没頭していた俺を現実に引き戻したのはエリカの声と手だった。
俺の襟首をつかんで百鬼夜行が消えた後の中庭の一角に向けさせてくる。
そこで俺の眼に入ってきたのは……。
「雪風君……?」
噂をすれば影がさすというが……。
幻じゃない。
確かに、背丈より少し小さいくらいの槍を携えた美少年が中庭の向こうからこちらを見つめている。
「逃げるぞ、エリカ!」
「ふ……ふェ?」
エリカの手を引いてダッシュで逃げる。
「逃げルンですか?」
「百鬼夜行の威力は見ただろ! ウエポンクラスがいないと勝負にならない!」
麗華さんとは言わない。
せめて三村を装備していれば……!
「しカシ、今ナラ、レーヴァテインなどノ広域殲滅系BMP能力で倒せルのデハ!?」
あなた、見た目に反して過激なこと言うね!
まぁ、実際、少し考えないでもなかったが……。
「あの校舎に逃げ込むぞ!」
「ふ……袋ノ鼠でハ?」
そうとも言う。
……反撃を考えていなければな。
◇◆
旧校舎の一つに入り、3階までエリカと二人で全力で駆け上がった。
見た目は可憐な美少女とはいえ、そこはBMPハンターの卵、あれだけの運動をしたのにケロリとしている。
……なんなら俺の方の息があがっているまであるぜ。
「逃げてイル最中に、百鬼夜行ヲ使われナイで、良かったデスね」
「いや、たぶん、それはない」
俺はエリカに百鬼夜行のコストについて説明した。
「そう簡単に血なんか吸えないし、血液パックなんかで持ち歩いているにしても、貴重なものだ。学園行事ごときでそうそう使えないよ」
「じゃア、百鬼夜行は使って来なイんデスか?」
「いや、たぶん、一回……それも短時間だが、使う気がする」
じゃないとわざわざ、こんな物騒なイベントに参加しないだろう。
「…………」
参加したのが、春香さんの付き添いのためか、賢崎本家の意向なのかは知らないが、雪風君は俺と闘うつもりなんだろう。
……つまり、俺以外の相手はBMP能力なしでやり過ごしてきたということだ。
このイベントに参加した連中は、例えBMP能力を使わない小学生くらいの美少年が相手だったとしても、手なんか抜くとは思えない。
それでも、普通にこれまで脱落せずに残っている。
そもそも、あんなリスキーなBMP能力でこの業界にいることもそうだが、何が雪風君にそこまでさせるのか……。
「悠斗さん……?」
「エリカ」
理解はできないかもしれないけど。
「雪風君と闘う。力を貸してくれ」




