魔人の闘い ~魔人vs天竜~
【戦況報告(紅18対白16)】
春香さんとの激闘を制し、火村先輩と雪藤先輩の救護班への引き渡しも完了し、ふーやれやれと一息ついたのがまずかった。
「て……天竜院先輩……?」
「残り人数は半分といったところだが、ここで会えたか。澄空君」
春香さんと闘った旧校舎から中庭に出てきた際に、天竜院先輩と出くわしてしまったのだ。
中庭はそれなりに広いが、天竜院先輩の九尾の外から攻撃できるほどの距離はない。
まぁ、裏新月祭のフィールド的に、遠距離攻撃するなら、天竜院先輩が建物内に居る時に、外から攻撃するくらいしかないが。
「春香もやられたようだし、そちらには麗華様もいる。ここで私が負ければ、我が紅組は大変厳しい状況だな」
セリフとは裏腹に、不敵な表情で抜刀する。
モデルのようなプロポーションだが、肌に感じる威圧感が半端じゃない。
まさしく、現代に蘇った剣豪……。
「っ……」
さらに、そんな彼女を彩るように、9本の光り輝く帯が腰のあたりから現れる。
光の尾は、顕現した時点でそれぞれ5メートルほどはある。この時点で相当の迫力だ。
……できれば、この対決は後回しにしたい。
《悠斗》
頼んだ。
翔の力で、俺の左目が金色に染まる。
制限を撤廃し、BMP能力の複数同時起動を可能にする『アイズオブゴールド』である。
「劣化複写・幻想剣・絶剣ダインスレイブ」
飾り気のない片刃の剣を召喚する。
軽くて堅くて強く、さらには対戦相手の剣術を覚えていく、近接戦闘用の剣である。
「……その剣は……」
天竜院先輩が呟く。
ルーキーズマッチで城守さん相手に麗華さんが使っていたから、知っているのかもしれない。
前回は何がなんだか分からないうちに超運良く勝てたが、少しだけ分かったことがある。
あの9本の光の尾の範囲内では絶対に勝てない。見た目通りの威力に加えて、恐ろしく速く精密に動く。
賢崎さんが言っていたように、九尾が苦手とする接近戦……。刀の有効範囲内で闘うしかない。
「66式:神薙」
「劣化複写・超加速」
天竜院先輩の腰から横薙ぎに襲い掛かってくる一本の光の尾を、ダインスレイブを保持したまま超加速でくぐりぬける。
背後で木が両断された音にビビりながらも、天竜院先輩の懐に潜り込む。
「……む」
「……っ」
渾身の力で横薙ぎに狙った右の胴は、天竜院先輩が抜刀した刀で受け止められる。
ディテクトアイテム:護刀・正宗。
丈夫でメンテナンスフリーな上に、賢崎さんによると、体力回復効果があるらしい。
……あまりにもビルドに隙が無さすぎる。
「それが最善と分かっていても、帯剣している私に接近戦を挑むのは、さすがとしかいいようがないな……」
「さすがの馬鹿ですか?」
ダインスレイブに導かれるままに、城守さんの剣技で天竜院先輩を攻め立てる。
胴・袈裟・首・突き。
ダメージ無効化結界もあることだし、手加減する必要はないし、もともとそんな余裕もない。
嵐のような連続攻撃で攻める。
が、全て防がれる。
「城守氏の技か……。本家には劣るが、素晴らしい再現度だ」
「…………」
そう。
使い手が超残念とはいえ、歴代最強ブレードウエポンの剣技なのである。
それが見事なまでに全て防がれている。
このJK先輩、どうなっとんねん。
「普段一体、どんな鍛錬をしてるんですか……?」
「九尾の扱いに比べれば楽なものだ。どちらも大した才能はないがな」
それは謙遜ではなく、強烈な強さへの渇望なのだろう。
毛色が全く違うが、さきほど闘った春香さんと似た匂いを感じる。
「くっ……」
俺が一方的に攻めてはいるが、少しずつ追い詰められていくのが分かる。
被食者の本能というか……。
《悠斗! 退くな!》
分かってる!
中間距離こそギロチン台の上だということは。
けど……。
なんというか……。
この人……。
……笑ってないか?……
「~~~~!!」
思わず背後に飛んで距離を取る俺。
《下がんなつったろ! あほか!?》
そんなこと言っても!!
目を合わせた瞬間、喰われるかと思ったぞ!!
「67式:足払い」
「へ」
後悔は一瞬。
死角から襲ってきた光の尾に両足を払われる。
「やば……!」
「遅い!」
仰向けに倒れた俺の右腕を天竜院先輩の左足が踏みつける。
まくれあがった服の下から美しいへそが見えるが、特訓の成果か《んなわけあるか!》まったく興奮している余裕はなかった。
「1式:残岩剣」
「ひ……」
数本の光の尾が、護刀・正宗に絡みつき、強い輝きを放つ。
あんなものを振り下ろされたら、いくらダメージ無効化結界があっても、精神の方が無事で済まない。
《バトルジャンキーが……。半分逝ってやがる》
し……死ぬかもしれん……。
《………で…》
その時。
《……め……》
翔のものとは違う声が聞こえたような気がして。
《…だ………》
なぜか、まぶたの裏に、明日香の姿が見えたような気がした。
《だめです!》
◇◆
「…………」
「…………」
結論から言うと、俺の精神は無事だった。
創造次元・永遠の淑女を発動し、カポエイラのような技で下から蹴り上げたのだ。
確かに、一度、賢崎さんに見せてもらったような気はするが。
《あの状況であんな技が出せるとは……。おまえはほんとに時々凄いな……》
俺もそう思う。
時々でなく常時凄ければ、そのたび寿命が縮むくらいビビらなくて済むのだが……。
……というか、そんなことを言っている場合ではない。
「天竜院先輩……!」
「来るな!」
蹲ったまま立てない天竜院先輩に、大きな声で静止される俺。
「まだ、勝負は終わっていない……」
「そ……それはそうですが……」
原理不明だが、永遠の淑女はダメージ無効化結界を一部貫通する。
骨折まではいっていないにしても、ヒビくらいは入っていそうな感触だったのだが……。
ヒットしたのは左脚のふとももか……?
「…………」
「え?」
天竜院先輩の唇から血が零れる。
体内からの出血ではない。唇を嚙み切った?
「12式:疾風」
「っ」
目にもとまらぬ速さで、一本の光の尾が俺の頬を叩く。
ビンタほどの威力もなく、まったく痛くはなかったのだが。
「い?」
自分の頬に触れた俺の手が赤く染まっていた。
もちろん俺の血ではない。天竜院先輩の口から零れていた血だろう。
「不作法だが……。マーキングというやつだ。君は必ず私が仕留めて見せる」
左脚を引きずりながら立ち上がる天竜院先輩。
ダメージのほどは分からないが、護刀・正宗の自動治癒で治る可能性がある。
棄権をしてくれないなら、さすがにここで逃がすほど、俺は度量が大きくないが。
というか、万全の天竜院先輩超怖いが。
「32式:白雲渡り」
「へ?」
腰から伸びる光の帯が旧校舎の一棟の屋上の柵まで伸びて巻き付く。
天竜院先輩がその光の帯を手でつかんで……。
「これを敗北とカウントしないのは我ながらずるいとは思うが……」
言い終わらないうちに、光の尾が屋上に向かって凄まじい勢いで縮んでいく。
そして、天竜院先輩の姿はあっという間に屋上に消えてしまった。
「逃げられた……」
というか、九尾、万能すぎやしませんかね?