魔人の闘い ~全属性使い(オールマスター)2~
賢崎さんに聞いたところによると、旧校舎は丈夫に造り過ぎたらしい。
解体費用にお金がかかるというので、「裏新月祭の舞台にして自然に壊されるのを待つ」というぶっとんだ思想が、文化祭でバトルロワイヤルをやるという、この狂気のイベントの開始秘話だったりするらしい。
まぁ、それはともかく、それだけ丈夫な旧校舎が壊れそうである。
「…………」
俺や春香さんはともかく、意識を失った雪藤先輩や、身動き取れない火村先輩はかなり危険である。
あと、他の参加者もこの棟のどこかにいるかもしれない。
ダメージ無効化結界があっても、強烈すぎるダメージは、心の方を病む。
「…………」
春香さんも、本気で雪藤先輩達を傷つける気はないはずだ。
俺が止めに入るのを分かっている。
ただ……。
止めに入って来なければ、それはそれで構わないと思っている。
「やばいな……」
まるで知性を持った獣だ。
手加減する余裕はない。
構えを取る。
「劣化複写・超加速!」
春香さん目がけて、超加速で階段を駆け上がる。
春香さんが、意識を失って倒れている雪藤先輩を抱き起し、自分の前に掲げて盾にする。
……回り込んでいる暇はない。
「猪突猛進……」
超加速の力場を集中し、青い光に包まれた拳を、意識を失ったまま盾にされた雪藤先輩の胸元に叩きつける。
さすがの春香さんも、表情に驚きが現れる。
ここで。
「……作用点変更!」
「かはっ……!?」
春香さんの口から空気が吐き出され、身体がくの字に折れ曲がる。
「な……、なにこれ……?」
「……」
猪突猛進・作用点変更。
力場を操作し、猪突猛進の打撃力が現れる地点を、雪藤先輩の胸元から春香さんの胸元に変更したのだ。
《ちょ、ちょっと待て! おまえ、いつの間にこんなことができるようになった!?》
……そういや、いつの間に……。
なんとなくできるような気がしたのだが……。
そもそも、【作用点変更】って名前、俺が今思いついたのか?
聞いたことないはずなんだが……。
「なるほど……。事象操作の一種なんですね……」
「へ……?」
くの字に折れ曲がったはずの春香さんだが、それでも雪藤先輩を放していない。
……というか、それほど効いていない?
「いや、生身で耐えられるような衝撃じゃないはず……」
そこまで言って、違和感に気づく。
雪藤先輩の胸元に納まった右手が動かない。
濃密な空気に抑え込まれたかのように。
「……」
少し似た感触に覚えがある。
あの時は、俺を助けてくれたが。
「胸元から大気……!」
「覚えててくれたんですね。いい子いい子」
Bランク幻影獣ベルゼブブと空中戦をした時に俺を守ってくれたBMP能力。
今は、春香さんの胸元から、雪藤先輩ごと俺の右腕を覆っている。
猪突猛進が効かなかったのは、これのせいか!
「というか、そもそもいつの間に……?」
雪藤先輩を盾にしたのは、このBMP能力の発動を隠すためだったんだろうけど、それにしたって、発動の気配がまるでなかった。
しかも完成までが早すぎる。
「経験が全然違いますよ、悠斗様」
「1歳くらいしか変わらないと思うんですが……」
俺は、BMPハンターとしてはかなり活動開始が遅い方だが、春香さんだって若い。
小学生の時から活動を始めたとしても、まだ5年になるかならないかくらいのはず……。
「で・す・か・ら。立って歩き始めるより前から幻影獣を殺してたんですってば、悠斗様(はあと)」
「…………!」
深淵を映し出しているかのような黒い瞳をのぞき込んで、全身が総毛立つ。
やばい。薄々分かってはいたけど、やっぱりこの人の抱えている闇は尋常じゃない。
「まだチュートリアルも受けていない事象操作を使っちゃったのは凄いと思いますけど。それって、そこまでして雪ちゃんを傷つけたくない、優しい悠斗様を証明しちゃってるんですよね」
「え……?」
「雪ちゃんのひんやりおっぱいを抉ってまで、胸元から大気の拘束を解除できるかどうかという話です」
「……っ」
確かに。
これだけ濃密に拘束されていては、かなり強くやらないと解除できない。
いくらダメージ無効化結界があるとはいえ、雪藤先輩の胸元に納まった右腕でそれをやるのは、精神的にかなりきつい。
「しかし、迷っている暇はなかったりします」
言葉と同時に、春香さんの身体が電気を纏い始める。
「全身から超雷。有効半径内の物体を炭化するまで感電させる、超威力の範囲攻撃です」
「有効半径内の後輩達を炭化させることに心は痛みませんか……?」
無駄と思いつつも聞いてみる。
「大丈夫です。悠斗様がきっと止めてくれますから♪」
ほら無駄だった。
しかし、大丈夫だ。
雪藤先輩のひんやりおっぱいを守ったまま、春香さんを仕留めることができる技が、今の俺には……。
《? 悠斗?》
……三村の零距離式の攻撃技……?
犬神さんとの戦闘時には習得できていなかった……。
今は習得できているのかもしれないが、少なくとも俺はまだ見ていないはず……。
いや、それを言うなら、そもそも作用点変更だって、見ていない。
この技術も三村から劣化複写するはず……。
「……事象操作……?」
なんか知らんが、俺の身にやばいことが起きているのはなんとなく分かる。
「ほらほら。悠斗様悠斗様♪」
が、今は、バチバチ音を立て始めた、魔王改め春香さんの方がヤバイ。
「やるしかないか……」
「ヤルしかないです!」
超絶嬉しそうな春香さんに合わせて、俺も左腕を構える。
三村の猪突猛進の派生技。
そして、完成形の一つ。
加速せずに加速するという矛盾をねじ伏せる、零距離からの突進攻撃。
作用点変更を加えて、雪藤先輩越しに春香さんを射抜く!
「全身から……」
「零距離式……!」
ドラ……!
「ピリリリリィ!」
ドラ……?
「ありゃ……?」
奥義激突寸前に聞こえてきた着信音に、俺と春香さんの手が止まる。
「……ちょっと待ってくださいね」
あっさりと胸元から大気を解き、雪藤先輩を俺に押し付ける春香さん。
「へ?」
予想外の展開に、俺は、意識を失った雪藤先輩の身体に押し倒された。
「お嬢様? どうしました? …………。いえ、そんなことはないですよ。ちょっとひーとアップしただけで。…………。いえまぁ、結果的にそのような結果になることを予見できていないこともないとは申しますか。…………。はい。はい。ごもっともです、はい。…………。すみませんでした。自分、調子に乗ってました。…………。はい。そうします。はい。ごめんなさい」
「…………」
誰か(※おそらく賢崎さん)と電話をしている春香さん。
やがて、ため息を付きながら通話を切る。
そして、ジト目で俺を見下ろしてくる。
「仮にも嫁候補が怒られているのに、他の女の子に押し倒されて楽しいですか?」
「いやいや!」
あんたが押し付けたんや!
「……お嬢様にめっちゃ怒られました……」
「でしょうねぇ……」
そ、そうか。賢崎さん、見ててくれたのか。
「貴方の頭の中では、嫁入り=炭化させる、なのですか? あほですか? と言われました」
「でしょうね!?」
賢崎さん、めっちゃ助かります。
「学園行事で他の生徒も巻き込んで殺人事件とかバカですかって言われました……」
「でしょうねぇ!」
賢崎さん、愛してます。
「というわけで……」
春香さんは、胸元の薔薇デバイスを引きちぎり、俺に差し出してきた。
「御迷惑をおかけしました」
「は、はい」
受け取る俺。
何はともあれ、今日のところは、超難敵を排除することができたということなのだが。
「じゃ、またね、です。悠斗様」
これだけやらかしたのが信じられないくらい、涼し気な無表情で手を振りながら去っていく春香さんを見て。
「勘弁してください……」
深いため息が漏れた。




