魔人の闘い ~精霊使い~
階段の上から現れた式春香を見て、火村直樹は、雪藤薫子の言う『リーダーの今まで見たことがない顔』の意味が分かった。
式春香は薄く微笑んでいるだけなのに、心臓を鷲掴みにされているような寒気を感じる。
普段、遠目に見ているだけでどこか違和感を覚える異質な存在が、ようやくこちらの世界にまで足を踏み入れたかのような……。
「ほんとにどうなってんだ、今期の新月学園生は……。魔王でも倒すつもりかよ……」
「あら、勇者様がいるんだから、魔王はあの人が倒すんじゃないしら?」
思わず漏れた火村の愚痴に、式春香が興味を持ったように反応する。
「でも、今日は、勇者様の方と遊びたかったりして」
そう言いながら、春香が腕を伸ばした瞬間。
火村たちの後方、踊り場の真ん中から、巨大な火柱が立ち上った。
「な……!?」
「!!」
天井まで伸びた炎の柱に、驚きの声を上げる火村と雪藤。
誓って言うが、二人の力でどうにかできそうな代物ではない。
「り……リーダー!? い、一体、誰をソウルキャストすればこんな出力が出せたんですか……?」
「……あ、そうだった。雪ちゃんには、氷結系のBMP能力を使うときに良くソウルキャストさせてもらってたわね。貴方の凛とした高潔さは、実力行使部隊でも指折りだったから」
懐かしそうに語る賢崎一族の実力行使部隊リーダー。
「でも、もういいの。ソウルキャストは要らなくなったから」
「ソウルキャスト……していない? じゃあ、リーダー……感情が……?」
「どうかしら? それを悠斗様に確かめたくて。そっちの雪ちゃんの彼氏さんは分かる? これが恋でいいのかしら?」
「彼氏じゃない。パートナーだ」
若干残念そうに答える火村。
「そうなの? 難しいわね……?」
突然、童女のような表情になる春香。
「まぁいいわ。始めましょう。私が勝ったら、雪ちゃんを人質にとるから」
「は?」
「こんなお遊びでも、人質を取ったら、悠斗様も少しは本気になってくれると思うの」
「…………」
頭がおかしい。
火村がそう判断せざるを得ないほどに、目の前のBMP能力者からは狂気を感じる。
逃げるべきだが、背後の炎はどうやっても突破できそうになかった。
「大丈夫よ。私のどこにも信頼できる要素は入ってないけど、遊びのルールは基本的に守るから」
幼子に『怖くないよ』と言っているかのような口調の春香。
「火村」
こそっと雪藤が話しかけてくる。
「ここは素直に闘った方が、一番危険が少ない」
「……あの人、幻影獣より怖いんだが……」
「リーダーは、後ろの火柱に8割方の出力を割いている。ダメージ無効化結界があっても、あれに触れたら危険だと思う……」
「は……8割……!? マジか……」
「遊びのルールは守るというのはそういうこと。でも、油断しないで、2割でも私達の10倍以上は強いよ」
「もう、あいつが魔王みたいなもんだろうが……」
文句を言いながらも、雪藤に合わせて構える火村。
「……息ぴったりで羨ましい。本当にまだやってないの?」
「やっていません」
全く悪気なく聞いてくる春香に、ぴしゃりと返す薫子。
「行くよ、火村」
「……任せろ!」
氷姫と炎帝が同時に駆ける。
階段を駆け上がり、式春香の左右から飛びかかる。
「雪霜!」
「炎撃!」
全身に冷気を纏う雪藤と炎を纏う火村が、青と赤の力を放つ。
「氷炎十字!」
二色の力が大蛇のように絡み合いながら、しかし決して交じり合うことなく式春香に迫る。
「……冷気と炎の二属性。どちらにも特攻を取れるのね。これが恋しあう二人の力……」
僅かに頬を染めながら、羨ましそうに言う春香。
そして。
「素敵」
その言葉と、これまで体験したことがないような衝撃を最後に、薫子と火村の意識は闇に閉ざされた。
☆☆☆☆☆☆☆
敵を求めながら(※でも、できたら天竜院先輩と春香さんは避けたいと願いながら)、旧校舎を駆け抜け、階段を駆け上がろうとしたところで、巨大な火柱に遭遇した。
「な、なんだ、これ……?」
階段の踊り場から発生し、天井まで届く巨大な火柱。
BMP能力によるものなのは間違いないが……。
「……あ、あれ?」
炎の放つ凄まじい威圧感に圧倒されていた俺だったが、その火柱が突然消滅した。
まるで入場制限が解除されたかのように。
「…………」
とてつもなく嫌な予感と共に先に進んだ俺を待っていたのは、その予想を斜め上に上回る光景だった。
「は、春香さん……?」
「ハロハロです。悠斗様(はあと)」
式春香さんであることはある程度予想通り。
しかしながら、春香さんは、溶けかかった氷のドレスのようなものを身に纏い気絶している美少女を後ろから抱きしめていた。
「な、何をやってるんですか、春香さん?」
「人質です」
「ひ……」
人質?
「せっかく私と闘える数少ないチャンスなのに、『学校行事だから』という理不尽な理由で、悠斗様が手を抜く可能性があります」
「…………」
至極まっとうかつ倫理的に正しい理由だと思うんですが……。
「と言う訳で、人質を取りました」
「…………」
あかん。
もはや俺が語り掛けてどうにかなる状態ではない。
感情がないとはいうのは理解しているのだが、ここまで無茶をするタイプではないと思っていたんだが……。
しかし、(賢崎さんがいない以上)俺が放っておくわけにもいかない。
「は……春香さん。一応、その人、新月学園生みたいですし……。仮にも同じ学校に属する生徒を人質とかはちょっと……」
「大丈夫です、悠斗様」
何が?
「この子は、雪藤薫子。かつて、私がリーダーを務めている賢崎一族実力行使部隊に所属していた美少女です」
「は、はぁ……」
「かつての私を知るこの子なら、きっと人質として協力してくれるはずだと思うのです」
「…………」
実力行使部隊が超絶ブラックな組織ということは分かった。
「このひんやりしたおっぱいが気持ちいいんですよ」
溶けかかった氷を張りつけた雪藤先輩の胸を揉む春香さん。
「私から無事助け出せたら、代わりに揉んでもいいんですよ?」
「祖母に、知らない人のおっぱいを揉んじゃ駄目と言われてまして……」
まぁ、俺は昔の記憶がないんだけど。
「では、知り合いの私のひんやりおっぱいを揉みます?」
「…………」
余計な軽口を言わなければ良かった。
まぁ、元から説得できるとは思っていない。
しかし……雪藤薫子と言うと。
「炎帝氷姫……」
だよな。
レベルが違うと言えばその通りなのだが、五帝の片割れを瞬殺したのか……。
「ん……」
そこで、何かを足に引っ掛けて気づく。
痙攣したような格好で男子生徒が階段に横たわっている。
「す……澄空か……?」
「ひょっとして、炎帝の……火村先輩?」
外傷はなさそうだが……。
「だ、大丈夫ですか?」
「内臓まで炭化するような攻撃だったが、ダメージ無効化結界のおかげで無傷だ。全身の神経が焼き切れたみたいに反応しなくて、指一本動かせないが……」
全然大丈夫ではない。
純粋な心のダメージなので休めば回復すると思うが、今は同級生を人質に取る魔王が階段の上に陣取っている。
「聞いてくれ、澄空。……あいつは少しおかしい」
知ってます。
「情けないのは百も承知で……頼む! 雪藤を助けてやってくれ……」
「いや……」
たぶん、火村先輩も『人質』なんだと思います。
雪藤先輩を抱えたまま、春香さんの右腕に宿る炎を見ながら、そう思う。
「右手から超爆裂」
「…………」
最初に見たのは、俺の故郷にある遊園地だったか……。
あの時『精霊使い』と感じた、炎そのものを感じさせる純度はそのままに。
「強く……ないですか……?」
威力があの時とは全然違う!
「恋の力ですよ、悠斗様」