最終ミーティング
新月学園文化祭も前半がつつがなく終わり、いよいよ本番……裏新月祭が始まろうとしていた。
その日の早朝、風紀委員会室で、風紀委員兼五竜とAランク幻影獣兼裏新月祭用特別コーチが最終ミーティングを行っていた。
「……という訳で、私がバレないようにそれとなく悠斗君と貴方達全員をこの地点に誘導するから、うまくフルボッコすること」
裏新月祭会場見取り図の【ある地点】を指し示しながら、Aランク幻影獣ミーシャ・ラインアウトが言う。
「フルボッコというのは、少し抵抗がある表現だな……」
「不正行為をしているのは否めませんから……」
「でも、逆にフルボッコされる可能性もあることに留意だにゃぁ……」
金森・土御門・風間がそれぞれ感想を述べる。
「なにはともあれ貴方に感謝を。私たちに有利な状況を作ってくれるのはもとより、その状況での仮想戦闘訓練を実施してくれて大変助かったわ。ほんのわずかだけど可能性が見えてきた……」
リーダーとして火野が礼を述べる。
「お礼はいいわよ。私の好きでやっていることだし」
と言ってから、ふとミーシャは気が付く。
「そういえば、悠斗君が天竜院の掟を知っているかどうかは確認できたの?」
そのミーシャの質問に五竜の面々の表情が曇る。
「残念ながら、このような感じだったわ」
『【確認状況回想・金森貴子の場合】
・私はこう聞いた「悠斗君、君は透子様との闘いについてどう思っているのか」と。
・突然の質問に彼は驚いたようだったが、こう答えた「全力であたるしかないと思っています」と。
・私は理解した。彼は全てを覚悟して、透子様との闘いに臨んでいるのだと。
』
「…………」
『あの、この子、脳筋?』という視線を火野に向けるミーシャ。
『脳のリソースの大半を戦闘行為に振り分けていることは否めないわね』という視線で返す火野。
だいたいの雰囲気を理解したミーシャだが、それでも聞かずにいられなかったので聞くことにする。
「掟を知ってるか知らないかは聞かなかったの?」
「彼の意思は肌で感じた。言葉にするのは無粋だろう……」
「…………」
『いや、言葉にしろよ』とは思ったが、幻影獣のくせに空気を読んでそれ以上は追及しないミーシャ。
『【確認状況回想・水鏡彩音の場合】
・……そ、その……、どう話しかけていいか分からなかったから困っていると、澄空君が突然話しかけてきたの……。
・ま、まるで心が読めているみたいでびっくりして……。「心読めているみたい……」って言ったら……。
・「幻視幻聴というBMP能力で声なき声が聞こえる」って、私……もうほんとにびっくりして……。
・でも、何とか「透子様を大事にしてあげてください……」って言えたから……。思い直してくれるといいなぁ……
』
「…………」
「「「「…………」」」」
『確認できてないし……』という感想のミーシャ・ラインアウトと火野達。
でも、一生懸命さはとても良く伝わってくるので可とした。
『【確認状況回想・風間彩音の場合】
・「澄空君。女の子が……それも透子様みたいな巨乳美人女子高生が失われることは人類にとって損失だと思うよね?」と聞いたら、「もちろんです」と言ってたわ。
・「でも闘いを辞めることはできない?」と聞いたら、「俺のわがままで風紀委員の皆さんに迷惑をかけているかもしれないとは思ってます」って言うから。
・「譲歩することはできない?」と聞いてみたんだけど、「存続さえ認めてもらえるなら場所とか多少のことは」と言うのね。
・【存続】とか【場所】の意味は良く分からないけど、透子様が敗北を認め、澄空君の軍門に下れば出場を取りやめてくれると思う
』
「「「「…………」」」」
『なるほど……。しかし、透子様にとって、それはできない……』という表情の火野達。
「…………」
『絶対違う……。廃部にされそうな部活を助けようとか、絶対そんなのよ……』という表情のミーシャ・ラインアウト。
『【確認状況回想・土御門凛】の場合
・天竜院の初代当主はとても強い人でしたが、その主はとても弱い人だったそうです。
・しかし、誰かに敗れるたびに強くなり、次に闘うときには打ち負かし、最終的には初代を上回るほどであったとか。
・初代はその生きざまに深く感動し、一族の模範とするように言い残したとか。
・長い歴史の中で、それは天竜院の一族を縛る悪しき慣習の一つとなってしまったかもしれませんが、それでも透子様は命を賭けて貴方に挑むつもりです。
』
「彼は言いました。……全力には全力で答えると。透子様を武人と認めるからこそ、彼は透子様を殺すつもりです」
「「「「…………」」」」
押し黙る火野達。
「…………」
『おしい! もうそこまで言ってるのなら、はっきり言えばいいのに! たぶん絶対、微妙に絶妙に伝わってない!』という表情のミーシャ。
『【確認状況回想・火野了子】の場合
・はっきり聞くのはためらわれたけど、万が一のことがあってはいけないから。「澄空悠斗。単刀直入に聞くわ。貴方は天竜院家の掟を知っている?」とはっきり聞いたわ。
・「人並には」と、彼は自信をもって答えたわ……。
』
「さすがリーダー。不確実性を完全に排したんだな……」
と金森貴子は言う。
「お……思い直しては……くれなかったんだね……」
と水鏡彩音は悲しそうである。
「意地っ張り……」
と風間仁美は切なそうである。
「全力には全力で。良い言葉です。私も全力で抗います」
と土御門凛は闘志を燃やす。
「…………」
『いや、【人並には】って言ってるし……。【天竜院家が護衛を生業にしている】とかその程度のことを言ってるだけじゃないかなぁ……』という表情のミーシャ。
幻影獣というより、傍観者の立場だから分かるのだが、五竜の面々は『澄空悠斗は天竜院家の掟を知っているに違いないが、念のため確認作業をしているだけ』のつもりなので、根本的なところで嚙み合っていないのだと思われる。
こういった間違いは、ビジネスの世界でも往々にして起こる。
「まぁ、いいか」
澄空悠斗なら、どうせなんとかするだろうし、こちらの方が面白い。
窓の外で裏新月祭の準備が始まる様子を見ながら、迷宮の幻影獣はそう思った。