新月学園文化祭3
「魔帝ブルースカイ! 奸臣イゴールを廃し、ようやく安寧を取り戻した我が国を、これ以上害することは許しません!」
「!」
麗華さん……ではなく、麗華さん扮するレイラ姫の一喝に息を呑む俺。
物語の最終盤。奸臣イゴールが画策した「悪霊の束」を消し去った後、無理やりに挿入された魔帝ブルースカイとの決戦の場面である。
「…………」
あかん。セリフが出てこない。
いくら俺でもセリフを全く覚えられないほどおバカな訳ではない。
超満員の観衆にビビっているわけでもない。というか、レイラ姫の姿から全く目が離せずに、観衆どころではない。
レイラ姫……というか麗華さんの美貌にはビビっているが、それはいつものことだし……。
「…………」
なんでこんなに……目が離せない……?
「どうしたのです! 人間とは話す言葉もないというのですか!?」
こんなセリフはなかった。
俺がしゃべれないのでアドリブでフォローしてくれているんだろう。
巻き込まれたのは俺なのに、俺の十数倍の出番を演じきってくれたレイラ姫……じゃなかった麗華さんに、これ以上の負担をかけるのは忍びない。根性を見せねば!
「悪霊の束は、元々あなた方王族に不当に扱われて死んだ民たちのなれの果てだ。かつての民を二度殺しておいて名君気取りは少々面の皮が厚くはないか?」
意外にセリフが長い。よく噛まずに言えたな俺。
キャーとか言う声が聞こえてくるが、とりあえずウケていると考えていいんだろうか?
「世迷いごとを! 我が国の臣民があのような醜悪な化け物の訳があるか!」
横合いから凛々しいセリフで登場するのは、親衛隊ファイブドラゴンのリーダーを演じる火野了子先輩。
なんと天竜院先輩の側近・五竜のリーダーである。
まぁ、役名を聞いた時に嫌な予感がしなかった訳ではないが、親衛隊の他のメンバーも五竜の面々である。
彼女たちが演劇部及び軽音部でないのは賭けてもいい。この後のアドリブバトルで俺と闘うために、徳大寺部長に頼み込んだんだろうなぁ。
裏新月祭に向けての予行演習か、単に俺を叩きのめしたいだけかは分からないが、嫌われているのだけは表情を見れば分かってしまう。
……心当たりがありそうであんまりないが。
「レイラ姫に纏わりつく金魚のフンどもめが! 身の程をわきまえて、控えておらんか!」
「何たる物言いか! 未熟とはいえ、我々は天竜に付き従う五色の竜! 貴様ごときに背を見せるものか!」
高らかに宣言するのは五竜の金森貴子先輩。
いかにもダメージディーラーという感じで迫力はあるのだが、五色の竜はともかく、この劇に天竜はまったく関係ない。
「…………」
どうしよう?
「どうした! 臆したのか、魔帝!」
横で風間先輩と水鏡先輩がおろおろしているのだが、金森先輩は役に入っているのか、素晴らしいどや顔である。
しかたない。天竜に関しては聞かなかったことにしよう。
……そういえば、あと一人いない気がするが……まぁいいか。
「いいだろう! かかって来い! 五色の竜ども!」
あ、間違えた。ファイブドラゴンだ。
……まぁ、似ているからいいか。
などと思っていると、黒っぽい五竜の水鏡先輩が一人で突っ込んできた。
後方支援の人かと思っていたが、読み違えたか?
「ん!?」
な……?
水鏡先輩の影がいきなり水のように蠢き持ち上がる。
そして次の瞬間に四散した影から出てきたのは、五竜で一番美人と(※三村の中で)噂の土御門先輩だった。
水鏡先輩、思ったより凄いBMP能力の持ち主だ。
「劣化複写・集積筋力!」
KTI四天王・河合渚先輩から複写したBMP能力で右の張り手をかます。
「っ」
しかし、がっちりキャッチされてしまった。
「甘く見すぎではないですか?」
平然と言ってくる土御門先輩。まったく腕が動かせない。
身体能力強化系? いや、防御系か?
「殺ったぞ、澄空悠斗!」
殺ってどうする!?
などと右側から回り込んでくる火野先輩に言い返している暇はない。
左側から金森先輩・土御門先輩の上を飛んで風間先輩が迫ってくる。
詳しいBMP能力は不明だが、とりあえず炎に包まれた火野先輩の拳は超やばい。
「劣化複写・融合進化適用!」
右手は土御門先輩に掴まれているので、左手で火野先輩の炎拳を受け止め、賢崎さんから複写した【強制同調】で炎を消し去る。
《大将のソレまで、再現できるのか……?》
緋色翔の驚いた声が中から聞こえてくる。
だが、まだ危機は去っていない。
あまり攻撃力の高いBMP能力を使う訳にはいかないから……。
「創造次元・永遠の淑女!」
「え……え……!」
左腕一本で火野先輩の身体を持ち上げる。
が、土御門先輩の方はビクともしない。予想以上の実力者のようだ。
「はぁっ!」
「え……」
「嘘!」
「何!?」
火野先輩の身体を上空の風間先輩に叩きつけ、そのまま二人まとめて金森先輩に投げつける。
「え……」
「劣化複写・超加速!」
右腕を掴まれたまま、土御門先輩の股の下をくぐって背後を取る。
……というか、脚めっちゃ長いなこの人。
「あ……れ……?」
土御門先輩の背後にいた水鏡先輩の服を掴み上げ。
ふわっと放る。
「ちょ……ちょっと待っ……」
慌てて俺の右手を放しながら、水鏡先輩をキャッチする土御門先輩。
もちろん隙だらけである。
二人の身体に軽く触れ。
「劣化複写・砲撃城砦」
空圧弾を優しく破裂させて弾き飛ばす。
もちろん、火野先輩たち5人に向かって。
「「う……嘘ー!」」
麗しい5人の先輩は、若干情けない声を挙げながら、ボーリングのピンのように吹っ飛んだ。
「ご……五竜を一蹴……?」
「やっぱ、強ぇ……」
「境界の勇者だから当たり前なんだろうけど……」
「実際に見ると……」
「素敵すぎぃ……」
観客も良い感じで盛り上げっている。
バトルシーンがあって良かった。俺の大根演技も多少はごまかせるだろうて。
あとは、麗華さん……じゃなかった、レイラ姫……。
「どうして分かってくれないのですか!」
「ひ!」
ど、どうしてと言われましても!?
あ、違う、これ、劇……。
「悪霊の束の正体を……弱き者の声を聞くことのできる貴方が、どうして私達弱き者を虐げようとするのですか!?」
「い、いや……」
すみませんすみません!
……じゃない、劇だコレ!
「…………」
駄目だ、完全にセリフが飛んだ。
この麗華さん何か変だぞ? どうしてここまで圧倒されるんだ。
……魔帝の威厳など全くなく、麗華さんに見つめられ。
「……あ」
と、唐突に気付いた。
……『演技』しているからだ。
怒って・笑って・泣いて。
感情がある麗華さんを見せられているからだ。
「…………」
これが本物だったら……。
こんな麗華さんに本当に会うことができたら……。
「私達と……」
「へ?」
「私と一緒に歩んでいくことは、難しそうですか……?」
……こんなセリフだったか?
頭の中が真っ白で、何も思い出せない。
だが……。
☆☆☆☆☆☆☆
魔帝ブルースカイは、レイラ姫が弱き者を虐げる王ではないことを確信し、共に生きることを望んだ。
レイラ姫は、魔に身を堕としてまで国と弱き者の将来を案じた魔帝を尊敬し、共に生きることを望んだ。
あくまで勘ではあるが。
天竜院透子は、これが本来のストーリーではないと思った。
「麗華様がアドリブとは……」
舞台はフィナーレを迎え、登場人物全員でエンディングテーマを歌っている。
軽音部とコラボしているからか、雄大でもの悲しいのに、心の底から元気が湧いてくるようなどこか明るい曲だった。
「…………」
慣れない観衆の前で顔を引きつらせながら、明らかな口パクをしている澄空悠斗の横で。
見慣れない笑顔を浮かべながら、彼女は未来への希望を歌いあげていた。
かつて透子が守ろうとした少女は天才だ。心を失ったとしても、それを演じることはできるのだろう。
しかし……。
「良かった……。もう私は不要なのですね、麗華様」