新月学園文化祭2
新月学園文化祭は、出し物の中でMVPを決めるらしい。
集客力・集金力・注目度・革新性、色々な観点があるらしいが、今それは大した問題ではない。
問題は、軽音部と演劇部とダンス部が共同して行う演劇が、これまで10年連続でMVPを取ってきたということだ。
そして、今年度は今のところ我がクラスの【澄空展】がMVP最有力候補ということだ。
「さすがに反則だと思うのよ」
と言ってきたのは、演劇部部長の徳大寺明美さん。
「文化祭向けの部活を合体させてなりふり構わずMVPを取ってきた私達が言うのはおまいうかもしれないけど、さすがに『境界の勇者』を文化祭に持ち出すのは反則じゃない」
確かにおまいうだと思うが、少なくとも【澄空展】をほっぽり出して出店の前で妙齢の美女(※アイスオブクリムゾン)に腕を組まれている俺に反論する言葉はなかった。
「あ……あのですね、瞳さん。もう翔は引っ込んでしまっているんですけど……」
「大丈夫、翔の魂の残滓を感じる……」
と言いつつ、腕に胸を押し付けてくる瞳さん。
魂の残滓って、肘に残るもんなんですかねぇ……。
「え……と。徳大寺部長? なんにしても苦情ならば、実行委員会的なところに言うといいのかと……」
「その必要はないよ、澄空君」
人ごみを描き分けて顔と声を出したのは増田祐一。
何を隠そう【澄空展】を企画した諸悪の根源にしてクラスメイトである。
「僕はMVPを取るために【澄空展】を企画したのではありません。本校の……いや、我が国の宝である澄空悠斗の実態を少しでも多くの人に伝えるという崇高な目的のために行っているのです。おまいうの権化のような貴方がたに言われる筋合いはないですね」
まるで演劇部のような大仰な身振りで徳大寺部長に指を突き付ける増田。
どっちに正義があるかは難しい問題だが、とりあえず俺はもう帰りたい。
「え、MVPになど全く興味がないというのね!?」
「もちろんです。そもそもMVPなどというのは副賞のようなもの。それに目がくらんで我らが新月祭の本質を忘れたあなた方にMVPをかっさらわれたところで、皆ちょっと悔しいです」
どっちやねん。
「ならば、澄空君をもっと良く知ってもらうために、我が部の出し物に出演していただくことは全然問題ないわね!?」
え!?
「もちろんですとも!」
は!?
◇◆
「……という訳なんだよ……」
体育館のステージの舞台袖まで引っ張って来られた俺は、戻りが遅いので心配して探しに来てくれた麗華さんに事と次第を説明した。
「……断ればよかったことはない?」
「断ったんだよ……。というか、現在進行形で断ってるんだよ……」
けど、現実に俺はココ(※舞台袖)に居る。
パチンコ依存から抜け出せないのは、こんな気分なんだろうか。
「え……と、何の役をやるの?」
「魔王らしい……」
と、麗華さんに台本を差し出す。
それは、だいたいこんなシナリオだった。
『
ミストルティアと言われる世界のアナスタシアと言われる大陸の物語。
ローゼンクロイツ王国の王と庶民の間に生まれたレイラ姫は、王族や貴族たちから疎まれながらも、民の平穏を守るため、騎士として王国内を駆け回っている。
ある時、山より巨大な巨人の退治を依頼された姫は、鉄をも通さないと言われる巨人の皮膚を切り裂く剣を求めて、妖精の刀鍛冶の里を訪れる。
そこでは住民が、皮膚が結晶化するという病に苦しんでおり、唯一の特効薬の原料となる紫水晶の血と呼ばれる鉱物が求められていた。
レイラ姫は悪霊たちの跋扈する洞窟を抜け、紫水晶の血を手に入れ、妖精の刀鍛冶の病を癒す。
お礼に受け取った剣で山より巨大な巨人を倒し、王国の平穏を守ったのである。
しかし、山より巨大な巨人は、その昔ローゼンクロイツ王国を襲った災厄「悪霊の束」を封じた器だった。
解き放たれた「悪霊の束」を消し去るため、宝具「時手繰りの鏡」を求めるレイラ姫。
神隠しの里で「時手繰りの鏡」の在りかを聞いたレイラ姫は、「魔の混じる海域」を越え、「嵐の平原」の奥、「揺蕩いし者達の森」にて、「時手繰りの鏡」とともに、かつてローゼンクロイツ王国を襲った悲劇の真相と、自らが王と王妃の間に生まれた王位継承権第1順位の姫であったことを知る。
「時手繰りの鏡」を使い、「悪霊の束」を消し去り、奸臣イゴールの野望を打ち砕いたレイラ姫。
呪いの解けた王様から王位を継承し、弱き者の苦痛を知る善王として長きにわたる繁栄をローゼンクロイツ王国にもたらすのであった。
しかし、ある日、突然、魔帝ブルースカイが王城を襲う。
親衛隊ファイブドラゴンを一蹴した魔帝にかつて巨人を屠った剣ミストブレイドで挑むレイラ姫。
繁栄の陰で顧みられることのなかった者達のために立ち上がった魔帝の心を理解したレイラ姫は、誰も苦しむことのない王国を作ることを魔帝に誓い、想いが通じた魔帝は自らレイラ姫の剣に刺し貫かれて滅んだ。
魔帝の意思を胸に、レイラ姫は以後千年に及ぶ繁栄をアナスタシア大陸にもたらすのであった。
』
……素人だからしてシナリオの良し悪しなんかは良く分からないが……。
「魔帝が唐突すぎる……」
『しかし、ある日、……』以後を後から付け足したのが明白である。
まぁ、これくらい短くないと部外者が演じるなど到底無理だろうが……。
「分かった。じゃあ私も出演して悠斗君をサポートする」
◇◆
必死で台本を読み込んでいる俺の目の前で劇が進行している。
10年連続MVPを取っているだけあって、体育館は観客でほぼ満員……。
だったはずが、超満員となって、キャットウォークはもちろん、開け放たれた扉や窓の外まで人ですし詰めとなっていた。
『境界の勇者』が出演するという噂で観客数が激増した……訳ではなく、レイラ姫のせいである。
「…………」
麗華さんが一緒に出演してサポートすると言っていたので、魔帝と闘う親衛隊ファイブドラゴンの一人でもやるのかと思っていたら、まさかのレイラ姫だった。
「そりゃ、主役なんだから魔帝と絡むのはあたりまえだけど……」
『ファイブドラゴンは空いていません。レイラ姫役ならば空いてますけど』と言った徳大寺部長に若干狂気を感じた。主役が空いている劇がこの世に存在してたまるか。
……しかし……。
「凄い……」
俺が巻き込まれてから劇が始まるまで2時間弱。
出番が最終盤のほんの一部のうえ、バトルシーンはアドリブ、劇中歌は口パクという条件ですら、俺はまだ台本が読み込めていないのに。
舞台に出っぱなしの主役を完璧に演じこなしている麗華さん。
軽音部がコラボしているだけあって頻繁に挿入される劇中歌などは、楽譜を眺めるだけで実際に聴く時間すらなかったはずだが、完璧に歌いこなしている。
『口パクでもいいと思うけど』と聞くと、『お嬢様だから一通りの嗜みはある』と一蹴されたが、これは嗜みとかいうレベルではない気がする。
「劣化複写みたいだな……」
もっとも劣化複写と違い、全く劣化していない上に、再現しているのがBMP能力ですらないが。
劣化複写の学習能力を完成まで進化させると天才になるのかもしれない。
「つまり、俺が麗華さんの劣化複写……」
思わず呟いた言葉を即座に否定する。
俺をどう進化させても超絶美少女にはならない。
……と思いつつ、最近、TS属性が付いてしまったことを思い出す。やべぇ。