新月学園文化祭
新月学園文化祭。
裏の方を除けばいたって普通の学園文化祭なのだが、学園が裕福なせいか、学生が優秀なせいか、毎年多数の入場者を集める大イベントらしい。
あと、BMP能力者には美形が多い(※一部例外あり)なので、そういった目的の人間も結構来る。チケットはプレミアが付くらしい。
なので、初日の今日から大変な賑わいではあったのだが……。
「うーむ……」
教室の窓から眼下の大通りを見下ろしながら、俺は唸っていた。
視線の先にいるのは、緋色瞳さん。
クリスタルランスリーダーにして、BMP168を誇る業界屈指の実力者である。
あと、凄まじい美人である。
「…………」
そんな美人が、これまた凄まじい美少年の遺影を胸に抱き、とてもいい笑顔でうっすらと涙を浮かべながら大通りを歩いているものだから、凄まじく異様な光景である。
「おそらく、緋色翔の遺影だと思う」
麗華さんが語り掛けてくる。
「幼くして亡くなった弟に学園祭を見せてあげたいんだと思う……」
しんみりと言う麗華さん。
その気持ちは崇高だと俺も思うのだが、なにせ景色として異様である。
大通りは屋台が立ち並んでおり、入場客でごった返していたのだが、瞳さんの通るところは、どこぞの十戒のごとく客の海が割れていっている。
ひょっとしたら、プレッシャーが漏れているのかもしれない。
下手すると、風紀委員がでてくるぞ、これ。
「どうしたものか……」
と考えていると。
《悠斗、ちょっといいか?》
「翔?」
が内から話しかけてきた。
珍しいな。
《《《《《《《
……という訳で、無理を言って悠斗の身体を貸してもらうことにした。
安全装置としては、あまり表に出るのは控えたほうがいいんだが、さすがに身内のあんな姿は見るに堪えん……。気持ちは嬉しいんだが……。
入場客を描き分けながら、なんとか姉貴のところまでたどり着く。
「……悠斗君?」
「ったく……」
勘弁しろよ、姉貴。
と言おうとしたのだが……。
「……ゆ……?」
「…………」
思わず、言葉に詰まった。
悠斗の中からは何回か見ていたが、こうやって言葉を交わすのは10年ぶりくらいか……?
「まさか……?」
「変わってないなぁ、姉貴……」
「~~~~~~!!!!」
声にならない絶叫を挙げながら姉貴が体当たりをしてくる。
「お、おい、落ち着け、姉貴……」
「だ、だってだって!! 翔……翔が……!! 表に……!! やっぱり、もう出て来れなくなったのかって……!!」
「いや、出れない訳じゃないんだが……」
「顔!」
「え?」
「顔見せて!!」
「いや、これ、悠斗の顔……」
と言おうとしたが、姉貴に顔をがっちりと捕まれ。
ジーと覗き込まれ。
唇を奪われた。
「な、何を考えてんだ、姉貴!!」
あまりの出来事に、周りの入場客や生徒達から悲鳴のような歓声がそこら中から挙がっている。
「? 死ぬ前には何万回としてたでしょ?」
「いや、何万回もはしてないと思うが……。そういうことじゃなく、これは悠斗の身体だぞ!?」
「魂が翔であれば何の問題もないし……。というか、身体が血縁じゃなくなったのはむしろ良かったとしか。これで結ばれるにあたって法的・倫理的な問題はなくなったわね!」
「ま、まじか……?」
姉貴の眼がヤバイ。
ブラコン気味かなとは思っていたが、まさかこんな愛され方をしていたとは……。
表に出てきたのは軽率だったかもしれん……!!
「あ、姉貴……。落ち着け……」
「落ち着け? 貴方は、たった二人の姉の片方に、結ばれるのはベッドに行くまで待てと言うの!?」
「ベッドに行っても、姉とは結ばれないと言ってんだよ!」
》》》》》》》
「リーダーが壊れてしまった……」
職員室の窓から大通りを眺めながら、城守蓮は絶望したように呟いた。
「いや、姉さんは、家では昔からあんな感じだったわよ」
新月学園教授にして当該リーダーの妹でもある緋色香が答える。
「あんなんだったんですか……?」
「姉さんはちょっと……。……完全無欠のブラコンだから」
「完全無欠なんですか……?」
「なんだったら、ショタコンを併発してないのが分かってほっとしたまである。まったく、気持ちは分からないでもないけど、悠斗君にまで迷惑をかけて何をやってるんだか……」
「そ……そうですか……」
遠い目をしながら答える城守蓮。
かつての部下として、なにか色々と諦めたらしい。
「それより蓮にいはどうしてここに? 視察に来るのは裏新月祭の時じゃなかったっけ?」
「今日は休暇ですよ。彰達に『何とかリーダーの奇行を止めてくれ』と頼まれまして」
「面倒見がいいよね、相変わらず」
小学生にしか見えない外見ながら優しい目をする緋色教授。
「でも、今日はそっとしておいてあげて欲しいかな? 悠斗君には私の方から謝っておくから」
「まぁ、私も【紅蓮の魔眼】の餌食になりたくはないですが……」
文字通り目の色を変えているかつてのリーダーを見ながら言う。
今の緋色瞳のアイズオブクリムゾンには抵抗できないかもしれない。そして、あの魔眼を受ければ、どんな戦闘力を持っていても全く意味を為さない。
触らぬ神に祟りなしである。
「という訳で一緒に文化祭デートをしましょう」
「仕事中でしょう?」
「私も休暇」
「文化祭の真っ最中に休暇を取る教師がどこにいるんですか?」
「じゃあ、見回り」
「じゃあと言われても……」
仮にもBMP監理局長が、文化祭最中の教授の手を煩わせてよいものか悩む蓮。
それを見て、少し不満げな香。
「蓮にい。ひょっとして、彼女さんができた?」
「? いや、そんなことはないですが?」
「もし、蓮にいに彼女さんができたら……。アイズオブエメラルドでその人の本性とか過去の犯罪歴とかを暴いて深層心理に突き付けた上でそれでも正気を保っていられたら諦めるからね」
「……案内してもらいましょうか」
蓮は諦めることにした。
☆☆☆☆☆☆☆
校舎内では教室展示が行われており、こちらも大通りに負けないほどの活気だった。
その一角で、一際注目を集める二人組が居た。
なにせ神話から抜け出てきたかのような美少女に、妖精のような金髪の少女が腕を組んで寄りかかっているのである。とりあえず拝んでおいて損はない。
そんな二人の前に、さらなる美少女が現れたものだから、入場客達の注目はさらに集まることになる。
「……何をやってるんですか、ソードウエポン」
「悠斗君が緋色翔と交代して緋色瞳さんの説得に向かったら、エリカに学園祭を一緒に見て回ることを誘われて、三村が急用ができたとかって半分泣きながら峰を連れてどっか行ったので二人きりになった」
「あの、意味が分からないのですが……?」
「私も良くは分かってない……」
そして、エリカは嬉しそうに、麗華の腕に胸をくっつけていた。
「しかし、緋色翔と交代とは……。どうやって交代したんですか?」
「緋色翔がその気になればいつでも交代できるみたい。悠斗君が了解しない限りは交代しないみたいだけど」
「緋色翔の意思で交代できる?」
「うん。私もそこが気になってて……。ナックルウエポンは融合進化の際に、自分の意思では表に出られないんだよね?」
「え、ええ……。緋色翔も同じようなものだと思っていたのですが……」
考え込む藍華。
「安全装置と言うからには、悠斗君にもしものことがあった時に表に出てくるような設定になっているのは分かるんだけど……。まるで緋色翔の方が上位に置かれているような気がすることがある。あまり良い状態ではないような……」
「緋色翔も良い状態とは思っていないとは思うのですが。そもそもそこまで強い権限を設定する意味があるのかというのは……」
なにか……。
「気になりますね」