天竜との交渉術
首都の外れとはいえ、大きい家だとは思った。
だが、天竜院先輩によると、この和風の家は、どうも天竜院先輩個人のための別邸らしい。
見るからに只者ではない先輩だが、人並外れたお嬢様でもあるようだ。
……それはともかく。
「あの、俺……何かまずいことしました……?」
和室で、天竜院先輩と向かい合って正座している俺に、五人の女子先輩の指すような視線が降り注いでいる。
最初の方は嫌われてたっぽいけど、最近打ち解けてきたような気がしたのに……。
嫌われるのも好かれるのもまた嫌われるのも、俺本人に理由が全く分からないので、どうしようもない。
「お前たちは、外に出ていろ」
見かねたのか、ため息を吐きながら天竜院先輩が言った。
「し、しかし、透子様……!」
「お言葉ですが……!」
「我々は……!!」
五竜の皆様が口々に反論しようとする。
「…………珍しいな」
……のを一撃で天竜院先輩がぶった切った。
「と……透子さ……」
「お前たちが、私に同じことを二回言わせるとは……」
「「お、お邪魔しましたー!!」」
五人の先輩たちは、秒で出ていった。
「…………」
怖すぎる。
別に睨まれている訳でも何でもないのに、5人に射殺さんばかりの視線を喰らっていたさっきの倍くらい変な汗が出てくる。
なんなのこの人!?
「こ……こんな立派な家が別宅なんて、天竜院の一族は凄いんですね。その、家に趣を感じます」
少しでも場を和まそうと、とりあえず家を褒めてみる。
「私を遠ざけておきたいだけだろう」
「へ?」
「私はいわゆる妾腹だからな」
「…………」
え、えと。
「天竜院の宗家を継ぐためには、九尾を発現する必要があるのは知っているかな?」
「……九尾は天竜院の宗家の人間が発現するというのはwikiで……」
見たのだが……。
ひょっとして逆なのか?
「今、九尾を使えるのは私しかいない。よって、私が天竜院家の次期当主だ。一応、父は現当主なので、まったくの『どこぞの馬の骨』という訳ではないが」
「……」
「父と正妻の間にできた姉がいてな。九尾は使えないが、すこぶる優秀で、どうも、姉の方に家督を継がせたい派閥の者たちが、九尾を条件とする世襲に異議を唱えているらしい。私の一存で姉に家督を譲れるなら何の問題もないのだが、もちろんそうもいかなくてな……」
「…………」
やばい。
いきなり悩みらしきものを聞き出せてしまったが、これは俺の手に余る。
別の悩みにチェンジしていただくわけにはいかないだろうか……。
「き……九尾による世襲という伝統を嫌う人たちが、血筋という伝統を重視するなんて、見苦しいダブルスタンダードですね」
「なんだと……」
「え」
やばい。
とりあえず話題をそらそうとしただけなのに、なんか間違った!?
「す、すみませ……」
「その視点はなかった」
「へ?」
へ?
「私の扱いについて理不尽に思えないでもなかったが……。そういうことなのだな。彼らは結局、自らの利益のために、自分に都合のいいところのみを声高に叫んでいるだけだ」
「……往々にして良くそういう団体はいますね」
「うむ。自分の存在が一族の不和の原因かもしれないと気に病んでいたが、少し気が楽になった」
「良かったです」
…………。
大丈夫か、この人?
少し気が楽になっていただけたのは良かったが、逆になんか心配になってきたぞ。
ひょっとして、俺が思っているほど、完璧な人ではないのか……?
「しかし……」
「は……はい」
「あいつらが、あそこまでおバカだとは思わなかったな……」
「お……おバカなんですか……」
「今の君を見て、察しがつかないようではな……。教えてやる気にもならん……」
なんか良く分からないが、天竜様は五竜様達の成長のために、あえて何かを黙っていらっしゃるらしい。
とりあえず、俺はもう帰りたい。
「それで、今日は何の御用かな?」
という訳にもいかないらしい。
「え、えと……。天竜院先輩と麗華さんのことを聞こうと思いまして……」
「ふむ……。別に隠すような話ではないが……」
今更感は強いですよねぇ、やっぱり。
来る前から嫌な予感はしていたのだが、もはや後悔しかなかった。
でも、『悠斗君。天竜の契約のために、どうやって、とーこ姉の抱える問題を聞き出すのかな』と麗華さんに目をキラッキラさせながら言われたら、来ない訳にはいかなかったのである。
「私は、昔、麗華様の護衛兼遊び相手として雇われていたことがあってな……」
俺の思惑を知ってか知らずか、天竜院先輩は語り始める。
「その頃の麗華様は、なんというか……少し我儘な性格だったが、私のことは、『とーこ姉』と慕ってくれていた」
その呼び方は今でもしている。
それはともかく……。
「年が近いとはいえ、BMP能力者が護衛ですか……?」
麗華さんは剣財閥の次期後継者だからして、危険が多いのは分かる。
だが、そういった危険なら、必ずしもBMP能力者じゃなくても……。
「麗華様の覚醒時衝動の話を聞いたことがあるか?」
「!?」
言われた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような気がした。
「……そのための護衛だった」
「……」
魂から悔恨を絞り出すような声だった。
……俺も麗華さんの覚醒時衝動の結末はもちろん知っている。
「高BMP能力者の覚醒時衝動は『全ての力を使い切らせる』必要がある。そうでないと非常に危険だ」
「…………」
俺も身に染みて知っている。
「まだ子供だったとはいえ、天竜院家の次期当主が、自分より年下の、戦闘経験どころか戦闘訓練もしたことがないお嬢様の覚醒時衝動を止められないなど……。私自身も思ってなかったよ……」
力なく肩を落とす天竜院先輩。
「でも、護衛は他にも居たはずじゃぁ……?」
「一瞬だったな……。全員一瞬だ……。足止めも時間稼ぎもあったものじゃない。私よりもはるかに強力で実戦経験豊富なBMP能力者やSPが何人もいたが、全く役に立たなかった。死人が出なかったのが信じられないくらいだ……」
「出なかったんですね……」
ほっと胸を撫で下ろす。
その状況ならば罪に問われることはないだろうが、死人など出ないほうがいいのは間違いない。
「いや、良くはないんだ」
天竜院先輩が、少し色の薄い自分の右眼に手を触れた。
麗華さんにやられたという古傷らしいけど……。
「本当は命を懸けるつもりだったんだ……。なのに、こんなもので終わってしまった」
「こんなものって……」
「麗華様は……私を助けるために、自ら覚醒時衝動を終了させたんだ」
「え?」
自分で?
「その結果、どうなったかは……。ひょっとしたら、君の方が知っているか」
「…………」
小学校卒業くらいまでは、上条博士の研究所から出られなかった……。
「『合わせる顔がない』というのは、半分嘘だ。私は麗華様と話すのが怖い。私を助けるために長い時間と大切な感情を犠牲にしてしまったのに、一番つらい時に傍にいることすらできなかった私の弱さが、恐ろしいんだ……」
「…………」
……ど、どうしよう?
お家騒動より、もっとヤバイ悩みが出てきた。
俺の手に負えるはずがない。
……というか、今更だが、俺の手に負えるような悩みが気軽に転がっている訳はないような気が……。
麗華さんのお願いとはいえ、安請け合いするんじゃなかった……マジで……。
……。
…………。
………………。
「ふっ」
「え?」
天竜院先輩が、口角を上げた気が……。
「どうだ? 私を天竜にすることはできそうか?」
「いっ」
……バレてた!?
「君がわざわざ苦手にしている私のところに来るなど、他に理由もないだろう?」
「いや、『天竜にしに来る』よりはまともそうな理由がいくつかあると思うんですが……」
「そうか?」
「それに、別に苦手にしている訳ではないですよ」
「得意なのか?」
「……苦手よりの苦手、ではあります」
そういう二択を迫られると、苦手要素しかないことを暴露するしかなくなってしまう。
「そもそもだが……。君は、天竜の契約の内容を知っているのか?」
「護衛契約の凄いver、と言う感じで聞いてはいるんですが……」
「……まぁ、間違ってはいないか。ここ20年以上は出ていないし、正確な内容も知られていないのかもしれないな」
「……」
……なんか不吉なセリフが聞こえた気がしたが。
まぁ、どう考えても、この人と契約結ぶなど無理だから心配は要らないだろう。麗華さんには『たくさん頑張ったけど無理でした』で許してもらおう。
「仕方ないな。少しだけサービスしようか」
「え?」
サービス?
「覚醒時衝動の時に、麗華様は誰かの名前を呼んでいた……」
「へ?」
「その誰か……おそらく少年……が、麗華様にあの決断をさせた犯人だ」
「え?」
「不覚にも名前を聞き取れなくてな……。その人物を見つけてきて欲しい。一言言いたいことがあるんだ……」
「え……えと……?」
「それをもって、『私の抱える問題への回答』……としてもいい」
「い!」
マジですか!?
「それよりも、君自身が良く考えたほうがいい」
真剣そのものの眼と口調で、天竜院先輩が語り掛けてくる。
「いくらポンコツとはいえ……。天竜を駆ってまで行きたい場所があるかどうか……をな」