へそについてのお話
【月刊へそ】。
最高年間購読数1万部を誇るへそマニア界の定番雑誌らしい。
「…………」
その序文によると、へそフェチは割とメジャーな世界らしく、それほど珍しいものではないらしい。
「…………」
フルカラーで200ページ。150人近い女性のへそが掲載されている。
月刊ということを考えれば、かなりの物量ではなかろうか。
「…………」
我が国の女性だけではないので、様々なへそがある。
縦に長い整ったおへそ。
小ぶりなおへそ。
深さのあるおへそ。
周りの筋肉が発達しているおへそ。
「…………」
顔は見えないが、へそそれぞれに個性があり、みんな違ってみんないいというか……。
「…………」
ぶっちゃけ、飽きてきた。
「はぁ……」
麗華さんと暮らすマンション(※というか麗華さんに住ませてもらってるマンション)のリビングダイニングで、【月刊へそ】を机に置いて、ため息をついた。
女性の肌が見えているのだから綺麗だと思わない訳はないのだが、乳や太ももが見えていない以上、少なくとも俺は興奮しない。
麗華さんと暮らしているにも関わらず合法的にエロ本を見れるチャンスなのだが、(※俺にとって)エロくない以上、嬉しくもなんともない。
などと思っていると、ドアが開く音がした。
「悠斗君?」
風呂上がりの麗華さんだった。
きちんとパジャマは着ているが、上気した頬が妙に色っぽい。
正直、こっちの方がよほど興奮する。
「その雑誌……」
麗華さんが目ざとく【月刊へそ】を見つける。
「三村の言う通りへそ対策をしてたんだね」
感心したように言う麗華さん。
半分ギャグに見える三村の提言を真摯に受け止めるあたりは麗華さんの美徳だと思うのだが、今回に限っては、俺がこの不毛な特訓を辞めにくくなって困る。
「いや大丈夫みたいだ。俺はへそには興奮しないみたいだ」
「そうなの?」
「乳とか太ももとか。多数派だと思う」
「確かに、悠斗君、私の大腿部をよく見てる」
「マジですか!?」
え? 俺、太もも見てた!? 乳じゃなくて!?
「ナックルウエポンも、悠斗君は脚フェチだと言ってた」
「マジですか!?」
し、知らんかった……。
俺は脚フェチだったのか……。
以前、賢崎さんの脚による締め技で落とされそうになったことがあるから、故意に誤情報を流されている可能性もあるが……。
「と……とにかく、へそ対策はしなくても大丈夫そうだよ」
「でも、紙面と生のとーこ姉のへそは違うと思う」
そらそうだろうが……。
あまり「大丈夫」と言い張って、いざ本番で天竜院先輩のへそで女性化したら、麗華さんに軽蔑されてしまいそうだ……。
「とーこ姉の戦闘記録から、へそが見えている部分を抜粋して、へそ特訓用動画を作成するという方法もあるけど……。人権問題になるおそれがある」
「なるだろうねぇ……」
「100年前には、女性軽視で二人も責任者が交代したオリンピックがあったと聞く」
「常識の範囲内の問題な気もするけど……」
「事前にとーこ姉の生のへそを確認に行くとしても、個人的に微妙な間柄となっている私は付いていくことができない。申し訳ない」
「行かないから、気にしなくていいよ」
いざというときのダメージはでかいが、問題がへそだけに、(※少なくとも俺は)あまり深刻には考えていなかった。
と。
「…………んっ」
いきなり麗華さんが服をまくり上げた!
「な、なにしてんの麗華さん!?」
「生のへそなら、ここにもある」
「いやあるけどね! いきなりみせなくて……も?」
甲高くなった自分の声に驚いて、途中で口ごもる。
いや、声だけじゃなく……。
「胸……」
「ごめん。女性化しちゃったね……」
麗華さんの言う通り、俺は女性化していた。
「…………」
いや、ちょっと待て!
いくら中身が異次元とはいえ、巨乳美女の春香さんに押し倒されたりディープキスされたりしても反応しなかったのに、へそ見ただけでなんで変わる!!
「も……」
もしかして。
背徳福音は、本命にしか反応しない……?
「悠斗君……。へそには興奮しないなんて、嘘をついたの?」
「ち……」
違う。
「私はもともと一般常識に疎いから、ノーマルなフェチかニッチなフェチかなんてことにあまり意味は感じてないよ?」
「な……」
流されないのはいいことだと思うんだけど!
「なにより、フェチの種類で悠斗君を嫌いになったりしない」
「い……」
いやそれは嬉しいんですけど……!
「今後の恋人生活のこともあるから、フェチは正直に申告して欲し……」
「いやこのBMP能力、本命にしか起動しない仕組みらしいです!」
言った!
なんとか!
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……あ、愛の量でフェチは変わる?」
驚いたようにしばらく黙っていた麗華さんが、いきなり、どこ由来か分からない(※本命三村・対抗エリカ)名言のようなものを言い出した。
「……たぶん」
「あ……ありがとう……」
お礼を言われてしまった。
しかし、この身体、どうしよう……。
「前回もそうだったし、しばらく安静にしていれば治るよ」
「そ……そっか」
「でも、迂闊だった。体の負担が大きいからなるべく使わせたくなかったのに……。ナックルウエポンにも怒られるかな……」
反省している様子の麗華さん。
だが。
「あ、そうだ」
と何かを思いついた様子で、何かを探しに行った。
◇◆
しばらくして医療器具のセットのようなものを抱えて戻ってきた。
「何度も女性化させるわけにはいかないし、いまのうちに身体検査をしておこう」
麗華さんが提案する。
確かにそれが合理的だけど……。
「では脱いで」
「いやちょっと待って」
ちょっと待って欲しい。
「? 大丈夫、私は医者のようなものだから」
どっかで聞いたことがあるセリフだな……。
「医師免許も持ってる」
それは普通に凄い。
すったもんだのあげく、結局、診てもらうことにした。
まぁ、麗華さんの頼みを俺が拒否できるはずもない。
「…………」
服を脱いでみたが、普通に恥ずかしい。
男性としての裸を見せる前に、女性の裸を見せることになるとは……。
ザクヤの腕と融合してリミッターの外れたBMP能力の危険性を再認識することになってしまった。
「ふむ……」
真剣な顔で俺を触診していく麗華さん。
「これは……」
胸を触っている時に、何かに気づいたように声を出した。
「麗華さん、どうかした?」
「私と胸のサイズが全く同じ」
なにそれ。
「というより、身体全体が……。もともと身長は同じくらいだったけど……。ひょっとして、この身体、私がモデル?」
マジですか?
「映像で見たものより、実物で見たものの方がモデルにしやすいとは思うけど……。ひょっとして、悠斗君、私以外の女性の裸はあまり見たことがない?」
「麗華さんの裸だって……!」
『見たことない』と言おうとして思いとどまる。
そういえば、同居始めた当初は、麗華さんの裸をちょくちょく見ていたような。
「そういえば、顔も若干私に似ているような……」
「マジで!?」
鏡がないので自分では見えないが、そりゃ美人なはずだ。
「れ……麗華さん……」
「ん? 何?」
「な、なんか、先端の方を触りすぎかと思うんだけど……」
「乳頭を勃起させようとしている」
直球か!?
「大丈夫。私とて乳頭の勃起のさせ方くらい知ってる」
「いや、そういう問題ではなく!?」
「悠斗君が見ていない勃起時の乳頭がどうなっているのか気になる。私のと比較したい」
「い、いやちょっと待って待って……」
甲高くなった自分の声にも興奮する。
こ、このままでは……。
「お……お嫁に行けなくなるんですけど……!?」
「? お婿に来るといいよ?」
一撃で返された!?
などとやっているうちに。
「……私と同じ大きさ……?」
俺の右胸の先端を見ながら麗華さんが言う。
「乳首の勃起は、性的興奮以外にも温度等によっても起こりうるというけれど……。ひょっとして、勃起時の私の乳頭も見たことある?」
「わ……分かりません……」
記憶にはないんだが……。
麗華さんの裸を目撃した際には、大急ぎで目をそらしていたはずだが、寸分違わず体形をコピーしているところを見ると、非常に疑わしい。
太ももフェチの件と合わせて、自分が信じられなくなりそうだ。
「ん。とりあえず、色々分かった。検体も取れたし、詳しい分析は明日する」
検体らしきものを医療用の冷凍庫らしきものにしまいながら、麗華さんが言う。
良かった。これでようやく解放される。
もう絶対、へその特訓などしないぞ。
これ以上、なんかされると、女性側の喜びに目覚めてしまいそうだ。
が。
「……そっか。今のうちがいいのか……」
何か思いついたように呟く麗華さんの声に、総毛立つような悪寒を覚える。
「悠斗君。へそに慣れる特訓をしよう」
「なんで!?」
「今ならいくら興奮しても、女性化の危険がない」
まぁ、すでに女性化してるからね!
「ん」
麗華さんがパジャマをまくり上げる。
世界の中枢に位置するかのような、慎ましやかだが美しいへそが現れた。
「とーこ姉に勝つためのお手伝いができるのは嬉しい」
純粋に俺の勝利を願ってくれているのは分かるんだが……。
「あ。舐めたり触ったりした方が慣れが促進されるかな……?」
そんなん、ほぼ性行為じゃないですか!?
屋上で押し倒そうとした身で言うのもなんだが、暫定恋人とはいえ、ここまでしていいのだろうか?
しかも、今、女性状態だし……。
だが……。
「…………」
この状態から、中途半端なへそ慣れで裏新月祭に出場し、本番で天竜院先輩のへそチラで女性化したりなんかしたら、暫定恋人状態を解消されるのではないだろうか……。
「…………麗華さん」
「ん?」
「よろしくお願いいたします」
俺は覚悟を決めた。