幻を聴く力
「フツメンも、女性化すれば、美少女に」
と、突然、三村が俳句(※ただし季語がない)を口ずさむ。
「ただし、主人公に限る」
聞いてない。
「そして、美少女が季語だ」
マジっすか。
「秋の季語だな」
だから聞いていない。
…………一体。
「何の用だ、三村」
「いや、俺なりに理論の検証に来たんだ」
麗華さんにより衝撃的な事実(※俺が女性化する)ことを暴露されて落ち込むホームルーム直後の俺に、なぜか三村が俳句を唱えながら近づいてきたのだ。
「古今東西の漫画において、主人公が女性化した場合は、ほぼ確実に美少女なんだ」
「……だからどうした」
「つまり、そんなに落ち込むことはないんじゃないかと」
「…………」
慰め方が独特過ぎる。
「いや、正体を知っててもグッとくるレベルの美少女だったけど、俺にはエリカがいるから大丈夫だ」
「……それは有り難い」
ほぼ相手にされていないのに、欲情するのを止めていただけるなんてありがたい限りだ。
「ん……」
三村と馬鹿をやっている間に、いつのまにか雪風君が傍に来ていた。
何かを言いたそうにもじもじしている。
「雪風君?」
[すみません悠斗様。僕のBMP能力を複写したせいでこんなことに]
「いやいや、雪風君のせいじゃないよ」
どちらかというと麗華さんの責任が大きい。
[もし……もし、悠斗様の女性化した姿に欲情する者がいても、僕が悠斗様を守ります。男湯も女湯も男子トイレも女子トレイも男性用更衣室も女性用更衣室も、僕ならどこでも入れます。欲情したりしなかったりも自由自在です]
「いやいやいや、そんな簡単にあのBMP能力は使わないほうが……。体の負担が大きいんだろ、あれ」
[でもお役に立ちたいんです。欲情せずとも愛しています]
「い、いや、愛されてしまっても……」
ん。
ちょっと待てよ……。
「な、なあ、澄空……」
「あ、ああ」
「雪風君と……話してないか?」
「…………」
話をしてた……ような気がする。
雪風君は声を発していない。
だが、視線と視線で通じ合う、という感じでもない。
声なき声が聞こえたような……。
「…………!」
いや、この感じ、捕食行動の時も……。
というか、その前に……。
「!」
「ど、どうした、澄空?」
「行くぞ、部室に!」
謎はだいたい解けた!
◇◆
「僕のBMP能力?」
「はい。ぜひ、教えてください」
三村をひきずり部室を訪れ、伊集院先輩に直球で尋ねることにした。
「幻視幻聴。まさかとは思ったけど、本当にあれだけで複写できるんだね……。凄いとしか言いようがないな……」
なんか聞いたことがあるBMP能力名が出てきたぞ。
「『声なき声が聞こえるBMP能力』……。だと思うんだけどね」
「? 違うんですか?」
「検証のしようがなかったんだ。僕の妄想の可能性もあるからね」
「まぁ、それは確かに……」
「澄空君となら検証できる可能性もあるけど……。僕のBMP能力が元だから、同じ妄想を聞く可能性もある」
「つまり『声なき声が聞こえたような気がするBMP能力』というわけですか?」
「独特の表現をするね……。さすがはBMPヴァンガード」
いや、今回ヴァンガード関係ない。
しかし……。
そうか、BMP能力だったのか。
猫や捕食行動はともかく、雪風君と話が通じてたっぽいから、全くの妄想という訳でもないだろう。
というか……。
「このBMP能力……凄く便利だと思います」
「え?」
「検証しましょう。ぜひ」
雪風君と話せるかもしれない。
「わ……分かったよ。じゃあ、とりあえず、猫か犬でも探しに……」
「いや……ちょっと待ってください」
と、それまで黙っていた三村が口を挟んできた。
「幻視幻聴の大いなる可能性を探るのもいいですが、今は他に優先すべきことはないですか?」
「?」
「??」
あったっけ?
「裏新月祭だよ!?」
◇◆
「それでは、第1回裏新月祭対策会議を始めたいと思います」
どこからか運び込んできた黒板の横に立って宣言する三村講師。
なぜか、麗華さんと賢崎さんと峰とエリカも連れて来られていた。
こういう時の三村の行動力は素直に関心する。
「今回は、特別講師として、賢崎さんと剣にもお越しいただいた」
ただし、その行動が意味するところは、だいたいの場合分からない。
「えと……三村」
「澄空。俺は感動してるんだ」
「へ?」
感動?
「まさか『くーにゃんズ・ファンタジー』のために裏新月祭に出場してくれるとは思わなかったんだ」
「…………」
安心しろ。くーにゃんずさんとおまえのためでは決してない。
「ただ、いくら境界の勇者であろうとも、相手は強敵だ。勝利の可能性を少しでもあげるため、お二人にはアドバイザーをお願いしたんだ」
「エリカと峰は?」
「二人とも出場する」
マジで?
「私モBMP能力者デスよ? しかモ境界ノ勇者に付いテ激戦を潜り抜けテ来たんデス。腕だめしガしたいデス」
「同じだ。澄空や剣に俺の力がどこまで通じるか試してみたい」
なぜ、俺と別のチームになることが前提だ?
……あれ、というか。
「麗華さん出るの?」
「悠斗君が出るなら。暫定恋人である以上、仲間外れにされる訳にはいかない」
マジですか?
バトルロイヤルに一番出してはいけないタイプの人種ではなかろうか?
「私は出ませんが……。気を付けてくださいね、ソードウエポン。貴方はバトルロイヤルに一番出てはいけないタイプの人種ですから」
……賢崎さんと感想が完全に被った。
「しかし、澄空と剣が出るのなら、もうほぼ部室は守られたも同然じゃないか?」
「いえ、峰さん。組み合わせにもよりますが、天竜院先輩は強敵です。五竜の皆さんも出るでしょうし……。それにもう一つ問題が……」
「問題?」
「春香と雪風も出るんです」
それは確かに問題だ。
……。
…………。
……………………。
「えーーーーーっ!」
叫んでしまった。
「雪風君はともかく、春香さんがでるの!?」
「そうなんです! 雪風はともかく、春香が出るんです!」
「ヤバくないか!」
「ヤバいんですよ! 本家は本当に何も分かってないんです! 最悪、私も出場して、隙を見て瞬殺しようかとも考えたんですけど……」
「……それはさすがにマズいかと……」
「と思ってやめました」
やめてくれたらしい。
「本家の真意は良く分からないのですが、澄空さんと春香を闘わせるつもりなのは間違いないと思うので……。微力ながら対策を考えるお手伝いができればと」
「…………」
微力どころか凄まじく頼りになるけれど……。
春香さんはヤバい。まだあの人の底と種類が全然見えてきてないけど、たぶん麗華さんや天竜院先輩以上にヤバい。
俺が出場するせいで、危険人物2人をエントリーさせてしまうとは……。
これは辞退した方が……。
「澄空……。『くーにゃんズ・ファンタジー』のためとはいえ、さすがにここまで無理をさせるのは……」
いや、くーにゃんさんとお前のためでは断じてない。