文化祭の恐怖
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何度も見る夢を見ている。
子供がずたずたに引き裂いたように崩れた屋敷と、倒れ伏す人の山。
SPもBMP能力者も、そして自分すらも歯牙にもかけず一蹴し、呆然と佇んでいる一人の少女。
守ると誓ったはずの少女自身の覚醒の力に全く歯が立たず、大量に出血し失明の危機すらある右目の状態すら忘れ、ただただ己の弱さに恐怖した。
「麗華様!」
何度目か分からない呼びかけを行う。
覚醒時衝動には闘って受け止めることが最善の方法なのに、今は呼びかけることしかできない。
せめて自分の命で少しでも少女の猛りを抑えることができたなら……そう考えていた時だった。
少女が大声を上げて絶叫した。
絶叫し、その場に倒れた。
「麗華様!」
もう一度叫んで近寄り、助け起こす。
その時点で剣麗華の覚醒時衝動は終わっていた。
心が引き裂かれるのをおそらくは承知の上で、少女は自分自身で覚醒時衝動を強制終了させた。
「麗華様……なんということを……」
「……くんに、笑われるといけないから……ね」
そう微笑んだ姿が、自分の見る最後の少女の笑顔になった。
この時、生まれて初めて敗北というものを知った。
全てを圧倒するような少女の力にではなく。
絶望すら感じるほどの己の弱さにでもなく。
少女に名前を呼ばせた、顔も知らぬ誰かに、負けた。
その名前が、今も、どうしても思い出せない。
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天竜院透子がゆっくりと眼を覚ますと、そこは保健室だった。
「と……透子様! 大丈夫ですか……?」
彼女に忠実な『五竜』の一人、火野了子が話しかけてくる。
「……私は一体……澄空君と交戦していたはずだが……何があった?」
「えっとぉ……。私たち、ずぶ濡れ(?)の透子様を運んでいる澄空君と出会って、保健室までお運びしたんです。綺麗に拭いて着替えさせたつもりなんですが、お体に異常はありませんか? 澄空君は『捕食行動の唾液的なものだけど害はない』と言ってたんですけど……」
五竜の一人、風間仁美が説明&質問する。
言われてみれば、若干、粘液の感触が残っているような気もする。
「私は……負けたのか……?」
「そ……そういう可能性もなきにしもあらずかと……」
どう見ても完敗なのだが、火野了子はあいまいに答えようとしてみた。
「極天光が通じないとは……」
呆然と呟く透子。
「……そういえば、私の刀はどうした?」
「だ……駄目です!」
彼女のディテクトアイテム『護刀政宗』を大事そうに抱えた水鏡彩音との間に身体を滑り込ませながら、火野了子が叫ぶ。
「いくら負けたからって、自決なんて駄目です!」
「おまえは私をなんだと思っているんだ……? 負けたくらいで自害などするか」
了子の心配を一蹴して、透子は少し笑みを浮かべる。
「全身全霊で闘って……、終式奥義まで使って負けたんだ。恥などと思うものか」
「そ……それならいいんですけど……」
「ただ、一瞬だったからな。わがままを言えば、できればもう一度闘いたい」
「や……やめてください……。天竜院家のしきたりを忘れたんですか……」
「悪いな、冗談だ」
そういって天竜院透子は、どこか寂しそうに微笑んだ。
「あ、あの。ちょっといいでしょうか?」
それまで黙っていた土御門凛が口を開く。
「ひょっとしてお忘れかもしれませんが……」
「? どうした?」
「もうすぐ、文化祭……ありますよね?」
その一言に、天竜院透子と五竜は、そろって絶句するのだった。
☆☆☆☆☆☆☆
『
極天光。
天竜院家の宗家の者が発現するBMP能力で、基本的にこの能力を発現していない者は当主となることができない。
腰のあたりから伸びる複数のエネルギー体で、伸縮自在・硬軟自在・形状自在であり、攻撃・防御・移動に使用することができ、属性攻防すら可能である。
天竜院流として百の技が伝えられており、特に中距離の戦闘においてほぼ無敵の力を誇る。
一方で、どちらかといえば弱い近接戦闘を補うため、剣術等を極める者が多い。
エネルギー体は九尾と呼ばれており、能力者の力に応じて発現する本数が変わるが、その名の通り9本発現できるのは、天竜院流の開祖以外では、長い歴史の中でも、現在の次期当主候補の天竜院透子のみである。
出典:Wikipedia』
…………まさか、wikiに載っているとは……。
小テスト後の休み時間に5秒で調べることができた。
この5秒をしなかったがために、殺されかけて殺しかけた俺としては、危機に備えることをせず日々を平々凡々と生きることの罪深さを感じたり感じなかったりである。
「…………」
しかし、極天光と九尾はともかく、あの時の技は一体何だったのか?
凄まじい悪寒を感じたのだが。
《終式奥義だ》
「へ?」
《九尾でロックオンした相手に超高速接近して切り捨てる天竜院流の秘奥義。空間すら飛び超えるという話だったが、まさか捕食行動で干渉できるとはな》
「…………」
《知ってたのか?》
「まさか」
知っているはずがない。
《それ以前に、ゼロコンマ1秒でもずれれば防げなかったはずだが、どうやったら、あそこまで完璧に奥義にタイミングを合わせて召喚できるんだ?》
「…………」
わかりまへん。
《……主人公属性とか半分冗談のつもりだったが、本当に何らかの呪いがかけられているのかもしれないな》
「マジですか……」
ラプラスの魔女の呪いは受けた記憶があるが……。
などと、頭を悩ましていると。
「どうした澄空? 新月祭の出し物でも考えてるのか?」
三村が気になる単語を持ち出してきた。
「……シンゲツ菜?」
「? なんで野菜のような発音なんだ?」
野菜だったらいいなと思ったからだよ。
「……なんでそんな苦虫を噛みつぶしたような顔をしてるんだ」
苦虫を噛みつぶしたような気分だからだよ。
基本的に、この学園の行事には警戒感しかない。
体育祭という名の戦争を経験したうえで、素直に楽しめるのは、マゾかバトルジャンキーか、新月学園生徒だけだ。
《ほぼ全て当てはまってるじゃねえか》
というアニキの言葉を聞き流しながら、話は進む。
「大丈夫だって。新月祭は基本的に普通の文化祭だって」
「…………」
奥様。この子、『基本的に』って言いましたよ?
「いや、本当にただの文化祭だよ。まあ、裏新月祭は別だけど」
裁判長! こいつ、『裏』とか言ってますよ!?
「う、裏新月祭……?」
「旧校舎を丸々使っての団体戦で、BMP能力全解禁で相手チームを全滅させるまで闘う行事だ」
「…………」
もはや競技の体すら取ってない。
ただのバトルロイヤルである。
「体育祭であそこまで活躍して、紅組を蹂躙・殲滅したのに、一体何が不満なんだ?」
「…………」
あえて言うなら、体育祭や文化祭で『蹂躙・殲滅』なんていう言葉が出てくるところだろうか。
俺は普通に学園生活を楽しみたいのである。
正直、こんな特殊な行事は、3周目以降くらいでいい。
「大丈夫だって。裏新月祭は応募制だから」
「…………は?」
「応募しないと出場しなくていい」
「……………」
なんということだ。
「新月祭って……」
「ん?」
「素晴らしいな」
「…………そっか」
《なら良かったな》