迷宮の休憩所2
「ん、ん、んー……」
少しの間をおいて唇を離す。
「……な、なぜ、キスしたの?」
お、俺にも分からない。
けど。
「こ……恋人同士なら、キスをすることもある……」
んじゃないかな?
「幻影獣を撃退した直後の屋外でも?」
「そ……そういうこともある!」
無理やりに言い切る。
『そんな可愛くないセリフを吐く可愛い唇は、キスされても当然さ』
とか何とかキザっぽい(※けど馬鹿っぽい)セリフで誤魔化すことも考えたが、それができるくらいなら、そもそも麗華さんにあんなセリフを言わせてない。
それはともかく……。
「そ……そうなんだ……。じゃぁ、仕方ないかな……」
麗華さん、高難度のくせにチョロイン過ぎる!
納得してどうする!?
「?」
「く……」
くそ……。
無表情の中に、微かな困惑と照れを感じる。
可愛すぎる……。
『好きだったものが好きではなくなる。大事にしたかったものの価値が見いだせなくなる。確かに私の腕と融合した貴方は強いでしょう。しかしそれは、貴方が大事にしている何かを犠牲にしてまで必要とするものなのですか?』
とか言ってたよな、あの幻影獣!?
感情が犠牲になるどころか、これじゃまるでブレーキだけが壊れたような……。
「いや……」
もしかして、そうなのか?
ブレーキだけが壊れたのか?
「悠斗君……? どうかした?」
無表情の中に、未知の展開への警戒……怯えを感じる。
感情表現が薄くて部分的に壊れた感情があったとしても、麗華さんは何も感じてない訳じゃない。
そんなことはずっと前から分かっていたのに。
「…………」
容姿が違う、才能が違う、身分が違う、レベルが違う、人種が違う。
そんな言葉で塗り固めた、逃げるためのブレーキが壊れると、もう感情の行き場がなくなりそうだった。
「っ……! ん、ん、ん……」
もう一度唇を塞ぐ。
「ん……。ん、ん、ん? んー……」
優しく押されて唇を離される。
「む、胸も触るの……?」
「そ……そういうこともある!?」
まともな言い訳すら思いつかないくらい頭が沸騰している。
超絶柔らかい。なにこれ。
「肉体的な接触だけでもしていいとは言ったけど……。屋外だし……」
と、麗華さんの視線が別の場所に飛ぶ。
が、俺は麗華さんの顔から眼が離せないゆえに、視線を追えない。
「……悠斗君がいいならいいけど……」
「っ……!」
さっきまで俺が、その前はミーシャが寄りかかっていたフェンスに、麗華さんを押し付ける。
最初のビンタの威力を考えれば、麗華さんに少しでも拒絶の色があれば、こんな体勢は取れない。
「…………」
『愛しい』が分からない?
そんな人間が、こんな片腕で縦に二回転させられる人間に壁ドン的なことをされる訳があるか。
いや、たとえ仮に本当に麗華さんに『愛しい』がないとしても……。
「ゆ……悠斗君……?」
「な……なに……?」
「間違っていたらごめんなさいなんだけど……」
と、麗華さんは一拍おいて。
「ひょっとして……ここで、私と一線越えたいの……?」
「な……!」
なんちゅうことを言うんですか!?
い……一線越えたいだなんて、そんな!
いやまぁ、越えたいけど!
いや、ここ屋外(しかも屋上)だし!
いまさらだけど屋外だし!
か……帰ってから、部屋でいくらでも……!
いくらでも……。
「…………」
帰るまで、麗華さんの気持ちが離れない保証がどこにある?
帰るまで、俺の命がある保証がどこにある?
いつまでも二人でいられる保証がどこにある?
「は……はい。越えたい……」
麗華さんの眼を見て、静かに言い切った。
さすがの麗華さんも驚いた(ように見えた)。
「い……いくつか問題があるんだけど……」
「ど……どんな?」
どんな問題でも!
「あれ……は、いいんだよね?」
麗華さんが別の場所を見ながら言う。
気にはなったが、OKの問題ならそれでいい。
視線を追うことすらできないくらい、麗華さんの顔を見つめている。
フライング気味に胸を触っているすらある。
俺の胸もなんだかむずむずしてきた。
「その……もし私とそういうことをした場合、そこそこの確率で私と結婚しないといけないと思うんだけど……」
いきなりの単語だが、秒速で腑に落ちた。
おじい様にバレた場合(※バレるんだろうなたぶん)、俺が社会的物理的に抹殺されない以上、結婚するしかない。
「大歓迎だよ」
「政治とか会社経営とかできる?」
「ぶっ……!」
いきなり現実的なところぶっこんで来た。
そうだった。この人、首相の孫娘兼大財閥の令嬢だった。
もちろんできるわけがない。
が。
「が……頑張ります!」
諦めることはもっと不可能だ。
「が……頑張るんだ……。分かった……」
分かってしまった麗華さん。
とんでもないことになっているような自覚はあるが、もはや止めようがなかった。
「次に……私の覚醒時衝動についてなんだけど……」
「う……うん」
「心が少し壊れているのはもう十分に分かっていると思うんだけど……。こういうことをするにあたっては、もう少し具体的な問題があって……」
「…………?」
「『愛しい』もそうだけど……、興奮するということが基本的にないから……。その、身体的に高揚するかどうか分からない」
「…………」
あまり良くない上に沸騰した頭を使って必死に考える。
えーと……。
つまり……。
「か……感じるかどうか分からない……とか?」
「そんな感じ」
そんな感じらしい。
「『必要が出てくるころには自分で検証すること』と言われていたんだけど、まだ検証していない」
確かにそれは初心者にはハードルが高い。
がしかし。
「分かった」
「え……」
「検証を手伝うよ」
「え……?」
「色々なところを触って検証を手伝う」
「て……手伝うの?」
「手伝う」
「わ……分かった。頑張って……」
応援されてしまった。
本人公認で検証できてしまう。
興奮しすぎて頭が痛くなってきた。
気が付いたら、いつのまにか麗華さんの胸を普通に揉んでいた。
麗華さんの胸の感触と同じように、俺の胸にも痛いくらいの感覚がある。
「あと……最後に……」
「さ……最後!?」
これで終わり!?
「これ……なんだけど……」
と、麗華さんが俺の胸に手を伸ばす。
「んっ……」
麗華さんと同じくらいの大きさの胸が、麗華さんの手の中で形を変える。
「…………?」
形を……変える?
「な……ななな! なんじゃこりゃー!!」
氷入りの冷水を頭から被ったように、一瞬で目が覚める。
む……胸がある。
俺の胸部に、女性の胸が……。
こ……興奮しすぎて頭がおかしくなったのか?
いやでも、どう見ても本物……。
「背徳福音ですね」
「ぴ……ぴぎゃー!」
いきなり背後から聞こえてきた声に奇声を上げる俺。
「け……けけけ、賢崎さんとエリカ!?」
予想外すぎる二人の登場にドモりまくる俺。
「やっぱり気づいてなかったんだ。ちゃんと言えばよかったかな……」
反省したような口調の麗華さん。
どうやら、2度ほど視線を別の場所に動かしていたのは、彼女たちの存在を伝えようとしていたらしい。
言って。お願いだから言って!
結構前だけど『俺は悪い意味で普通だからさ。言ってくれないと分からないんだ』とか言ったじゃん!
「大丈夫ですよ、さすがにコトが始まれば見守るのはやめる予定でした」
「いや、まぁまぁはじまりかけてなかったですか!?」
まったく大丈夫ではない賢崎さんに反論する。
「まぁ、最初は『キスまで見守る』と言っていたのが、『触るまで』となり、現状『服を脱がすまで』と後退していった事実はありますが」
あかんやないか。
「ス……スビバゼン……。イゲナイゴトトハワガッテイダンデスガドウジデモメガゾラゼナグデ……」
もの凄い片言でしゃべるエリカ。
鼻をつまんで天を仰いで、さっきから何をしているのかと思っていたのだが、どうも鼻血を抑えているらしい。
「ダ…ダイジョウブデズ……。ワダジガゴウフンジデイルノハ、レイカザンノハジラッダガオニデズガラ……」
……こっちもあかん。
「まぁ、三村さんを連れてこなかった功績で許してください」
「ぐっ」
その功績は確かに大きい。
「しかし……。ちょっと触ってもいいですか?」
「は……はい」
と、賢崎さんに胸を触診される。
「やっぱり、雪風から複写したと思われる背徳福音ですよね……。こんな形で発動するはずはないと思うんですが……。暴走……なんでしょうか?」
「賢崎さん……?」
「何か変わったこと……あったに決まってますよね。あの状態から、そんなにピンピンしてるんですから」
「は……はい」
変わりまくりました。
「まぁ、詳しくはこれから調べるしかないですが……」
「は……はい」
「とりあえずしばらく、麗華さんとエッチなことは禁止です」