幻影戦闘『四聖獣ミーシャ・ラインアウト』
<発動条件は目を合わせるだけで、防御不可。書き換えることができる記憶の質にも量にも制限がないからね。アイズシリーズの頂点だと言える>
そう。月夜はそう言っていた。
『頂点』はアイズオブブラックだと。
<なお、アイズシリーズの頂点だから、他のアイズシリーズの効力を全て無効化する。相手がアイズシリーズの能力者でも全く問題なく効果を発揮することができる>
そうも言っていた。
つまり、アイズオブサウザンドがアイズシリーズの集合体であるならば、アイズオブブラック所有者には決して勝てないと……。
「あ……あ……あ……」
ミーシャ・ラインアウトが呆然と声を上げる。
俺の石化した足が、上から元に戻っていく。
肺が痛まなくなる。
音が聞こえるようになっていく。
匂いを嗅ぐことができる。
背中から噴き出た大量の汗が止まる。
ありとあらゆる骨がきしまない。
ありとあらゆる内臓が動きを弱めない。
ありとあらゆる思考が奪われない。
心臓は動き続ける。
「ひ……瞳が……」
一つずつ消えていく。
そんな少し幻想的な光景を見ながら、俺も口を開く。
「少し、考えていたんだ」
複写する質にも量にも制限がない劣化複写でも複写できない一部の能力。
技術不足だったり、相性が悪かったり、そもそも複写不可のユニーク能力だったりと理由は色々だと思うが。
「複写できないと思っていたBMP能力の中に、ひょっとして、『複写はできているが、発動できない』BMP能力があるんじゃないかって……」
それが、幻影獣の身体を取り込んだことにより、一部の発動条件を満たすこともあるんじゃないかって。
今、それが起きたのは、御都合主義というものなのかもしれないが、俺にとって都合が良いことが起きるのならぶっちゃけ大歓迎です。
「そもそも、『見せたことがある』っていうのが、すでに大問題なのよ!!」
ミーシャが叫ぶ。
「アイズオブブラックは自分の全てなんでしょう!? 血のつながりもない、家族ごっこの息子に見せるなんて……。あの女は一体何を考えてるのよ!?」
「失礼な。月夜は、基本的に何も考えてなかったぞ」
全くもって失礼な。
月夜は……本当に短い付き合いだったけど……。
一度だって、何かを企んでいると感じたことはなかった。
「劣化複写・右手から超爆裂!」
右手から放たれた紅蓮の炎が、ミーシャの身体にヒットする。
「くっ……!」
「ん……?」
炎の揺らめきから、ミーシャがヴェールのようなものを纏っているように感じる。
あれが、ダメージカット幻術の正体か?
なら、あれを避けるように攻撃すれば……!
「迷宮! 澄空悠斗を捕らえろ!」
「っ……。またか!」
《《《《《《《
「懲りないな、あんたも」
「くっ……」
「劣化複写・ドラゴン……」
「迷宮! 緋色翔を捕らえろ!」
……おいおい。
》》》》》》》
また俺に主導権が戻ってくる。
この一連の行動に意図があるとは思えない。
意味がないとは分かっていながら、『確実に効く』攻撃以外に選択肢を取れないんだろう。
戦闘経験がほどんどない迷宮の幻影獣の、ここが限界なのかもしれない。
「劣化複写……」
幻想剣を召喚しながら、左手でミーシャ・ラインアウトのヴェールを剥ぐことを試みる。
「ひっ!」
驚くほど確かな手ごたえをもって、幻影のヴェールを剥ぎ取ることができた。
「ら……迷宮! すく……」
遅い。
「斬り裂け断層剣! カラドボルグ・全開!」
ヴェールの下。
白衣とその下の黒いドレスごと、ミーシャ・ラインアウトの身体を両断にかかる。
女性の肌の感触があるのに、容易に切断できない奇妙な感覚だが、それでも断層剣の刃が少しずつ幻影獣の身体に喰い込んでいく。
「ま……まだ……」
ミーシャがめくれあがった自らのヴェールを両手でつかむ。
そして、それをそのままカラドボルグに押し付けてきた!
柔らかな、しかし、手ごわい弾力が幻想剣を握る右手から伝わってくる。
「し……しぶといな……!」
「良かった……。初めて褒めてくれたわね!」
ミーシャ・ラインアウトの……幻影獣の、消滅への抵抗が伝わってくる。
幻影獣だって死にたくないことくらいは理解している。
だが、それでも、俺は、全力で幻想剣を振り切った。
◇◆
断層剣カラドボルグを振り切った後。
それでも、ミーシャの身体は両断されてはいなかった。
大きく切り裂かれた腹部から黒い靄のようなものを噴き出し続けながら、吹き飛ばされて叩きつけられた屋上のフェンスに身体を預けている。
靄で良くは見えないが、薄皮一枚で残っている。そういったダメージのように見えた。
「て……手加減……したの?」
「いや」
その証拠に。
「これからとどめを刺す」
カラドボルグの出力にいささかの陰りもない。
今度こそ、終わりだ。
「…………」
「……なんだ?」
フェンスにもたれかかりながら、なんとも言えない表情でこちらを見上げてくるミーシャに聞く。
「迷いは確かに感じる……」
「え?」
「でも、闘い方には一切の躊躇がない……。実際に刃を交えてみても、貴方のことが理解できない……」
「…………」
「ソータとのことも……。偽物の感情には見えなかった……。貴方のことは……。貴方たち人間のことは、どれだけ迷宮に迷わせても……100年経っても理解できない……」
「…………」
迷いを感じるのはお互いさまで。
ガルアもレオも小野も。そして、彼女も。
まともにやったら、万が一にも俺に勝ち目があるとは思えない。
「小野はもう止めようがなかった」
「え?」
「でも、悲しいとは感じる。他に選択肢があったらと後悔することはある」
懺悔も言い訳もする気にならない。こう言うのが精いっぱいだった。
<ミーシャをね……。よろしく……頼みたいんだよ>
小野の頼みを聞けそうにない。
悪意がなくても、野望がなくても、迷宮の幻影獣のBMP能力はあまりに危険だった。
「…………」
カラドボルグを振りかぶる。
ミーシャ・ラインアウトは静かに眼を閉じる。
そして、俺は、ミーシャの首目がけて剣を振り下ろした。
「…………」
「…………?」
のだが……。
「あ……あれ?」
剣がミーシャの首に触れるか触れないかのところで止まる。
それ以上、少しも動かせない。
「迷宮深化・最終門番。……私の、切ることがあると思ったことさえない、切り札……」
ゆっくりと眼を開きながら、ミーシャが言う。
俺は何とか防御行動をとろうとするが。
「必要ないわ。私からも攻撃できないから」
ミーシャが言う。
「罪悪感を抱いた相手の自由を奪う技よ」
「罪悪感?」
「私に……他ならぬ私自身に罪悪感を抱いた攻撃者の自由を……ね」
「それは……」
「言い訳しようのない……完璧な形で……。証明されたわね。貴方のソータへの気持ちが……」
ミーシャは剣を払い、立ち上がって俺と目線を合わせる。
攻撃はできないと言っているが……。
こっちは身体を動かせないので、かなり不安である。
「これ以上は……無駄ね。『澄空悠斗は倒せない』。これだけ大暴れして、結局、ソータの言葉を証明しただけかぁ……」
どこかすっきりした顔で呟き。
「憎らしいなぁ」
「!?」
いきなり唇を奪われた!
触れたのは一瞬。
すぐにミーシャ・ラインアウトが距離を離す。
「な……なに……なにを!」
「いや、私、若干キス魔のケがあるから」
いませんでええやん!
声にならない俺の抗議を受け流して、ミーシャは屋上端のフェンスに軽やかによじ登る。
「あー。なんかスッキリした」
「す……スッキリって……」
無茶苦茶だ、この幻影獣。
「心配しなくても、もう悪さはしないわよ。絶望を砕く勇者様なんて、迷宮にとって相性最悪だからね」
と言って、またなんとも言えない表情で微笑み。
フェンスから飛び降りた。
「ちっ」
もちろん身を投げたはずもなく。
地面に着くまでの間に、まるで煙の……いや、幻影のように姿をくらまし……。
『迷宮の幻影獣』は、俺の前から姿を消した。