迷宮の終点
新月学園旧校舎の屋上。
精神支配対策で、幻想剣・干渉剣フラガラックを召喚したまま、俺は屋上の扉を開けた。
「ようこそ」
迷宮の終点で待ち構えているのは、もちろん迷宮。
そして、俺の姿を確認したミーシャは、何を思ったか拍手を始めた。
「見てたわよ。私に操られていたとはいえ、人類を裏切った幼馴染をあんな風に救っちゃうなんて、感動しちゃったわ」
見え見えの挑発に心を動かされることはなく、ミーシャの前に進んでいく。
だが、一言だけは言っておかねばなるまい。
「やり方はまずかったけど、あれも真理の本心には変わりない」
「え?」
そこまで追い詰めてしまった俺が罪深いだけの話。
「幻影獣ごときに、人の心を操れると思うな」
怒りではなく、もっと静かな感情をもって迷宮の幻影獣を睨みつける。
……まぁ、対外的には『幻影獣に操られていただけで真行寺は何も悪くないんです』と主張するつもりだが。
「ま……私には人の心なんて理解できないしね。操るというのはただの比喩よ」
意外にあっさりと認めるミーシャ。
「私にできるのは迷宮に閉じ込めるだけ」
「っ」
「私の迷宮からは逃げられない。迷っている間に、勝手に弱って、勝手に狂って、勝手に死ぬのが、貴方たち人間」
ミーシャのプレッシャーが増してくる。
麗華さんに聞いていたとおりなら、支配力を上げて干渉剣の精神防御を突き破る【迷宮千変】が来る。
正直なところ、麗華さんと同じように干渉剣を振り回して闘えるような身体能力は俺にはない。
だから。
干渉剣フラガラックを屋上の中心地に突き立てた。
「え?」
「…………」
屋上は結構広い。
幻影中和の効力が余すところなく屋上を覆うようにしなければならない。
「アニキ」
《はいよ》
左眼を金色に。
アイズオブゴールドを発動させる。
「ま……まさか。その状態で、私と闘うつもりなの?」
「そうだ」
半分の力で干渉剣フラガラックを召喚し『通常の精神支配』を封じる。
アイズオブゴールドでBMP能力の同時起動を可能にし、残り半分の力で迷宮千変と闘う。
短い時間で色々と考えたが、やはり、この方法が一番勝つ確率が高い。
一か八かじゃ駄目だ。勝たないと。
「まぁ、その方が、心行くまで遊べるかぁ」
「っ!」
狂気が混じっているかのような強烈な殺気に、一瞬、身体が震える。
が、もうあまり時間がない。ビビっている余裕はない。
「迷宮千変・魔光連弾!」
「劣化複写・俊足!」
ミーシャから放たれる十数個の光弾を、大回りで回避する俺。
アイズオブエメラルドが使えればいいのだが、さすがに3つの同時起動は難しい。
「劣化複写・砲撃城塞!」
大きく右に回り込んだ位置から、数発の空圧弾を放つ。
「迷宮千変・大盾」
「なっ!」
ミーシャの眼前に現れた(※やたらとディティールに凝った)巨大な盾に、空圧弾が防がれる。
……いや、ちょっと待て!
「なんで、飛び道具が防がれる!?」
『脳が防がれたと誤認して無意識に攻撃を止めてしまう』が、幻影による防御の仕組みじゃなかったのか?
放たれた後の飛び道具が自分で消せるわけが……。
「……まさか」
消せるのか?
そんなこと緋色先生の授業でも習わなかったけど!?
「何をぼーっとしてるのかしら!」
突然、床面が地柱となって飛び出してくる。
「迷宮千変・崩落遊戯」
「くそっ!」
容赦なく次々盛り上がってくる地柱を、俊足で何とかかわしていく。
やっぱりアイズオブエメラルドが使えないと危なっかしい!
「劣化複写・砲撃城塞!」
隙を見て、もう一度空圧弾を放つ。
消されることが分かっているのなら、大盾を使った隙に突っ込んでやる。
「迷宮千変・魔反鏡」
「いっ!?」
今度は跳ね返ってきた!?
「そんなこともできるのか!?」
人類の底知れない可能性に感動しながら、襲い来る空圧弾と地柱の中を俊足で縫うように進んでいく。
生きて帰れたら峰に教えてやろう。
「劣化複写・捕食行動!」
紫色の唇を持った大口を召喚する。
「っ! ここで、ガルアから奪ったBMP能力!? 本当に酷い闘い方をするのね!」
「奪ってない! 学習だ!」
言っても仕方がないことだが、とりあえず反論する。
そして、捕食行動を『解除』する。
「劣化複写・超加速!」
捕食行動を『解除』したのだから、超加速を使う余裕が生まれる。
もちろん、普通に考えれば何の意味もない行動だが。
「え? え? え?」
ミーシャの顔に困惑が生まれる。
『解除』されたはずの捕食行動が、俺と並行してミーシャ目がけて突進しているのだ。
「なんなのよ、これは!?」
崩落遊戯で四方八方から串刺しにされ、ようやく止まる捕食行動。
実は前から気になってはいたのだ。
『捕食行動は、解除してから消えるまでが遅い』ということに。
レオと闘った時に逃したのは、この性質のせいなんじゃないかと思う。
さっき真理と闘った時にも確認していたが、やはり、使い終わった後もしばらくの間意味もなく、廊下に残っていた。
原因は分からない。『異空間と回路を繋ぐ』というブットンだ性能ゆえの仕様かもしれない。
基本的にはデメリットだと思うが……。
「何事も使い方次第!」
「かはっ……」
超加速・猪突猛進により、青い光で覆われた拳がミーシャの腹を捕らえる。
恐ろしいことに、感触は人間の女性のそれと大差ない。
柔らかい肌に拳が食い込んでいく感覚に一瞬罪悪感を覚えるが、もちろん、こんな攻撃だけでは大したダメージは与えられない。
「迷宮千変・大螺旋!」
ミーシャの右手がドリル状の巨大な何かを纏う。
「劣化複写・引斥自在」
上から重力をかけて、その右手を地面に叩き落とす。
「ソータの……!!」
「言ってる場合か」
集積筋力で強化した右蹴りで顔を蹴り上げる。
ミーシャがよろめく。
この至近距離ならば、インパクトスペルも必要ない。
「劣化複写・殲滅結界!」
荒れ狂う光弾の嵐がミーシャの身体を何度も打ち付ける。
「っ! 迷宮千変・業……ぎゃっ!」
炎を生み出そうとした左手の手首を、幻想剣の絶剣ダインスレイブで刺し貫く!
そして。
「創造次元・永遠の淑女!」
七色の燐光を纏いながら、ミーシャに拳でコンボを決める。
「がっ! あっ!」
「明日香の名前は呼ばないのか?」
……そういえば、このBMP能力は明日香がいなかったなら……ミーシャ・ラインアウトの迷宮がなかったなら、生まれなかったんだな。
変な気分だ。
「―――!」
コンボの締めに強く殴りつけると、ミーシャは大きく体勢を崩した。
サイドキックでさらに距離を離す。
「劣化複写・幻想剣・断層剣カラドボルグ」
壮麗な諸刃の剣が俺の手から出現する。
「あ……」
唖然とした表情のミーシャ。
幻想剣を使うには少し距離が近いが、ミーシャ相手ならほぼ問題ないと分かっていた。
確かにBMP能力は凄まじい。俺が干渉剣フラガラックを維持しながら闘っていることを驚いていたが、コヤツは学校全体が適用範囲の迷宮深化・存在崩壊を維持しながら闘っているのだ。
レオはともかく、ガルアや小野より遥かに上だろう。
だが、戦闘能力……特に身のこなしがまるでなってない。
もともと闘うために生み出されたわけじゃないことが、良く分かる。
「澄空悠斗……!!」
「斬り裂け断層剣! カラドボルグ全開!」
ミーシャは反撃も回避も防御もできないまま。
断層剣から放たれた断層の刃が、ミーシャを横薙ぎに捕らえた。