ロストワン2
どちらが優勢かと言えば、文句なく魔弾の彼女だった。
真理の方は周辺含めて破壊の跡一つなく、逆に俺の方の周辺廊下はズタズタだった。
大小さまざまな穴の開いた床と壁からは、階下の景色と空が見えている。
というか、もうちょっとしたら、この辺崩れそう。
俺の服も、もう着たくないくらいには破れており、何か所か血が滲んでいる。
が、致命傷には程遠い。
「う……そ……」
ペタンとへたり込む真理。
俺はゆっくりと立ち上がった。
「な……なんで防御できるの……?」
《劣化複写は『学習』のBMP能力。誰かを傷つけるだけの技をそのまま真似るのは、学習とは言わないからか?》
「いや、そういう設定上の格好いい理屈ではなくてだな……」
《違うのか?》
違う。
時系列的には、あの頃すでに翔も居たはずなんだが、最初から明確な意識があった訳ではないってことか?
「こ……来ないで……」
「……殲滅結界は、『最大の力を込めて、最大数の光弾を射出する』。ただ、それだけの技だ」
腰でも抜けたのか、へたり込んだままずるずると後ろに下がる真理を追いかけながら、言葉を紡ぐ。
「インパクトスペルの間に、軌道を構築する」
「そ……それが、何!?」
「最大威力の全弾発射だ。何もかも薙ぎ払う構成が強いに決まってる……」
怒りと憎しみで闘ったほうが強いのは疑いがない。
けど……。
「何も、そのためだけに闘わなくてもいいよな?」
「な……なに言ってるの、ゆうとっち……。わかんないよ……。私馬鹿だから、ゆうとっちが何言ってるのか、全然わかんないよ!」
大丈夫。俺も分かってない。
10年前は、そんな使い方しかできなかった。
「……一緒に稽古を付けてもらって良かった」
「え?」
その資格があるかどうかは超微妙だが、とりあえず伝えることができる。
「いいか、真理」
「え? ま、真理?」
きょとんとする真理。
そして……。
<いい、三人とも……>
……なんだろう?
師匠の声が聞こえる気がする。
まぁ、いいか。
「この技は……」
「え? え? この技……? 何?」
…………この技は。
いや。
<BMP能力者の技は全て……!>
「誰かを守るために使うんだ!」
<誰かを守るために使うのよ!>
「ゆ……!?」
「だろ? マリマリ?」
「ゆうとっち……。ししょー……」
「ただいま、マリマリ。遅くなってごめん」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「…………………い」
「い?」
「今頃思い出すなー! ドアホー!」
へたり込んだままで放たれた、天を穿つようなアッパーカットがみぞおちに決まり、俺は悶絶した。
「ま……マリマ……」
「マリマリ言うな! あ、あなたねぇ!! 分かってるの! 状況が!? 私、犯罪者になったんだよ! それも、ちょっとした歴史に残るぐらい極悪な!」
「い……いやまだ……」
「も……もうちょっと早く思い出してくれたら……! どうするのよ! 私、新月学園生徒皆殺しに協力しちゃったんだよ! あ……あんなに良くしてくれた、KTIの先輩たちを裏切っちゃったんだよ! あんなに! あんなに一生懸命で! 私よりよっぽどみんなのことを考えてた! 峰君に大怪我させたんだよ!!」
「ま……」
「あんなに……。あんなに大好きだったゆうとっちを! 殺そうとしたんだよ!!」
「…………」
「さ……最悪だよ……。恥ずかしいよ……。消えちゃいたいよ……」
「真理……」
「ゆ……ゆうとっちのせいだ! ケンちゃんが死んじゃって……お父さんとお母さんに見捨てられて……。ひとりぼっちになった私を放ってどこかに行っちゃったゆうとっちが悪いんだ! ゆうとっちが私をこんな女にしたんだ!?」
立つこともできないまま、俺の襟首をつかみ上げて絶叫する真理。
「死ねー! 死んで詫びろー! しん……私と一緒に、死んじゃえ―――!!」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら叫ぶ幼馴染に、俺はかける言葉がなかった。
「ごめん、真理。俺が悪かっ……」
「で……でもね……!!」
俺の言葉を遮って、真理が言う。
「わ……私も、頑張ったんだよ……?」
「え?」
「師匠が拾ってくれたから、訓練……頑張ったんだ……」
「…………」
「師匠と系統が似てただけで……才能は全然なかったけど……。でも、ケンちゃんはもうヒーローになれないから……。私が頑張ったんだ……」
「…………」
「お……女の子らしいこととか……楽しいこととか……全部我慢して……。頑張ったんだ……。本当だよ? ほ、本当に……。さ、最後に、間違っちゃったけど……」
「ま……」
「だ……だからね!」
見上げてくる真理の目と俺の目が合う。
「お……怒らないで……」
「え?」
「馬鹿な子だけど……呆れないで……。弱いけど……軽蔑しないで……。愚かだけど……許して……」
「…………」
「じ……自分で全部台無しにしちゃったけど……。が……頑張ったのはほんとだから……。け……ケンちゃんとゆうとっちに褒めて欲しくて頑張ったのは確かだから……! 嫌いに……嫌いにならないで! お願い……ゆうとっち! お願いぃぃ……」
その言葉を最後に、真理は俺の胸に顔を埋めて動かなくなった。
「…………」
10年前、怒りに任せて暴れまわって、記憶を亡くして全部投げ出した俺に対して。
真理の要望がそれだけなら。
あまりにリーズナブルだとは思うけど……。
「真理」
「ひっ!」
怒られると思ったのか、真理が顔を強張らせる。
10年前の面影に少し重なる。
「劣化複写は、『学習』の特性があるらしい」
「え?」
「これは完全に俺の持論だけど。学習とパクリの違いは、オリジナルへのリスペクトだと思ってる」
「りすぺくと……?」
10年前、健一の後ろに隠れていた時と同じ顔で、真理が呟く。
「これだけの強さを身に着けるためにどれだけの努力をしたか……。少しだけ俺にもわかるよ」
「ゆうとっち……」
「怒らないし、呆れない。軽蔑しないし、許すことなんて何もない。もちろん嫌いにもならない」
「ゆ……」
「本当に……。頑張ったんだな、真理」
「で……でもでも! 間違っちゃったんだよ!」
「今のところは大きな被害は出ていない」
何を隠そう、今から俺が解決する予定だ。
そして、壊れた渡り廊下は、最悪、麗華さん(※のお爺さん)に泣きつこう。
「KTIの先輩たちも裏切っちゃったし!」
「謝りに行こう。ちょっと……というかかなり怖いけど、俺も同行するから」
「峰君もボコボコにしちゃったし!」
「あいつはMだから大丈夫だ」
「そうなの!?」
「ああ」
たぶん違うとは思うが、力強く断定する俺。
まぁ、あいつは、正々堂々の勝負でボコボコにされたくらいで恨み言を言うような男ではあるまい。たぶん。
「ゆうとっちも……」
「ん?」
「ゆうとっちも……殺そうとした……」
それは本当に問題ない。
「澄空悠斗は倒せない」
「え?」
「と、小野が言ってた」
「伝聞情報じゃないかぁ!」
「いやほんとに。これくらいの手合わせでよければ、いつでも付き合うよ」
「て……手合わせって……」
二度と着れないくらいにはボロボロになった俺の服と、もうちょっとで崩れそうな渡り廊下を見ながら、何か言いたそうにする真理。
「いいんだ真理」
「いいんだって……。ゆうとっち……」
「俺はいいんだ。幼馴染で……まぁ、ヒーロー……いや、主人公?」
らしき何かだし……。
とかなんとか、思っていると。
なぜか、真理がくすくす笑い出した。
「真理?」
「やっぱりゆうとっちだぁ……」
「ん?」
そりゃゆうとっちですが、何か?
「普段はクールウルフを気取ってるくせに、女の子を中心に激甘なゆうとっちだぁ……」
「き……気取ってなんかないぞ!」
そんな風に思われてたのか!?
「おかえり。ゆうとっち」
「あ……ああ」
「おかえり、ケンちゃん……」
「え?」
健一?
「おかえりぃ……」