迷宮の門番
ゴトンと、意識を失い受け身も取れないままに倒れる女生徒二人。
KTI四天王・前田朱音と河合渚だった。
「なんでよりによって先輩方が起きてるかな……」
新月学園1階の廊下。
ボヤキながら歩を進めるのは、同じくKTI四天王にして魔弾・真行寺真理。
「あの幻影獣の嫌がらせ? それとも、存在崩壊の仕様的なものなのかな?」
ぶつぶつ言いながらも全く隙の無い様は、とても同じ女子高生には見えない。
場数があまりにも違う。
KTI四天王にしてリーダー。そして五帝【盾帝】の二雲楓は、しみじみとそう思った。
「真行寺さん……。一応聞くけど、意識はあるの?」
「残念ながらあります……。すみません、裏切っちゃいました」
「あの幻影獣の言うことが本当なら、貴方も死ぬんじゃないの?」
「入口の結界は、私かゆうとっち……澄空悠斗ならフリーパスなんですよ。幻化消滅時刻の前に出ればいいんです。……たぶん後で捕まりますけどね」
「……死ぬ気?」
「ゆうとっちに会ってから決めます」
タタンというステップとともに、真理の周辺に数発の光の球が浮かぶ。
「疾風連弾」
高速の光弾が楓を襲う。
「汎用装甲!」
虹色の盾が楓の前に出現し、光弾を吸収する。
「……そのBMP能力。概念能力すれすれのチート能力でしたよね。複写したゆうとっちが故郷で無双してました」
言い終わると同時に、タタタタタンと舞う。
すると、今度は数十発の光弾が姿を現す。
「でも使い手が美人なだけのJK先輩じゃ勝負にならないですね。……弾幕攻撃です」
「エ……汎用装甲!」
さきほどの十倍の数の光弾の猛攻に、正面に展開した虹色の盾でなんとか耐える。
「こ……この盾は、力押しじゃ破れないわよ!」
「でも、曲がるんですよ、それ」
真行寺が言うと同時に、光弾のうちの数発が盾を回り込むように迫る。
二雲楓は全く抵抗できずに光弾の直撃を受けた。
……が、一発当たった後は、残りの全ての光弾が楓の身体を外れる。
「少しでも早くお金を貯めようとして……お昼とか良く抜いてたから、見かねて奢ってくれたんですよね。なんか流れで四天王になっちゃいましたけど……。学食、美味しかったです」
気絶した二雲楓に語りかける真行寺真理。
前田朱音と河合渚もそうだが、気絶させただけだった。
これから幻化消滅で全員死ぬ以上、あまり意味はないかもしれないが……。
「あと、おしゃべりするのも楽しかったです。KTIの理念とか全く興味なかったですけど……」
言いながら近づいて、楓の顔に手を触れる。
「今ならちょっとだけ分かるかな……。剣さんとかは別格としても、せめて二雲先輩くらい美人だったら、忘れられたりしなかったのかな……」
そう呟き。
ばっと身体を翻す。
そこには、いつの間にか、峰達哉が立っていた。
「……そうか。やっぱり、私と関わりのある人は、術のかかりが浅いんだ……」
「真行寺……」
床に倒れている3人の女生徒と、真行寺真理の様子から、何となく察する峰。
「一応聞くが……意識はあるのか……?」
「二雲先輩と同じこと聞くんだね」
儚い笑みを浮かべる真理。
「あの幻影獣を……迷宮を守っているのか?」
「むしろ先輩方を守った感じかも……。あの幻影獣は護衛なんか要らないよ。……ゆうとっち以外が相手なら」
「…………」
「けど、見逃すわけにもいかないかな」
インパクトスペル(=タタタタタンという舞)なしで現れる数十発の光弾。
「砲撃城砦!」
光弾が動き出す前に空圧弾を放つ峰。
実力差は分かり切っていた。
だから先手必勝で勝負を決めようとしていたのだ。
インパクトスペルなしで光弾を展開したのはさすがだが、疾風連弾ではなく弾幕攻撃を使ったのは悪手。
そう思ったのだが……。
「な……!」
真理の周囲に漂う光弾のいくつかが、峰の空圧弾を防いで対消滅したのを見て驚愕する。
「そんなことが……できるのか……?」
「できないとでも思ってたの?」
表情を変えずに光弾に意思を込める真理。
次の瞬間、弾幕攻撃が峰を襲う。
「うぉおおお!」
駆け出す峰。
動き回って狙いをそらせながら、砲撃城塞で迎撃していく。
しかし、あまりにも物量が違いすぎる。
峰はついに壁に追い込まれ……。
轟音とともに壁に穴が開いた。
「し……しのいだか……?」
何発かは直撃を受けている。
しかし、たまたま威力の低い光弾だったのか、真行寺が手を抜いたのか、骨が折れたりはしていないようだった。
「最後……」
「え?」
「弾で『防御』したよね? 『迎撃』じゃなくて」
「…………」
真行寺の言う通り、峰は、自身の周囲に浮かせた空圧弾で光弾を『防御』した。
真行寺がやっているのを見たばかりの技だったが、とっさの判断だった。
「私は……というか普通の人はそうだと思うんだけど、練習でできてないことは本番では絶対にできないんだよね……」
「?」
「峰君も……才能あるよ。昔から師匠に学んでたら、今頃、私なんか足元にも及ばなかったと思う」
「そんなことは……」
「師匠もおバカさんだよ……。いくら残り物とはいえ、なんでこんなおバカ弟子育てちゃうかな……」
圧倒的な優勢にもかかわらず、真行寺の目からどんどん生気が消えていく。
それを良しとしないのは、むしろ、峰の方だった。
「全力突撃……?」
周囲に力場を展開し防御力を高めて突撃する峰の派生技……砲撃城砦・全力突撃を見て、真行寺が呟く。
「屋内であることが幸いしたな」
「…………」
「君がやってきたことこそ、誰にでもできることだと思わない。全力で挑戦する!」
城砦を連想させる力場を纏った峰が突進してくる。
確かに、この距離では、光弾では防げない。
「…………」
真行寺は、正直、負けてあげてもいい気がしていた。
峰が迷宮に勝つことはほぼ不可能だろうが、自分の方には峰に勝ちたい気持ちなどない。
が。
「……っ!」
澄空悠斗の顔が浮かぶ。
(まだ……!)
せめて一言、言うまでは……!
「真行寺真理が舞うは、破壊! 壊滅爆弾!」
本来、タタタンタン、となるインパクトスペルを省略し、複数の光弾を束ねた、峰の身体ほどもある超大型の光弾を放つ。
「!」
正面から大型光弾に衝突した峰は弾き飛ばされ、ガラス戸を派手に突き破って中庭に飛び出し、樹木に強く身体を打ち付けて、止まった。
「み……峰君!」
慌てて損壊したガラス戸を潜り抜けて峰に近づく真行寺。
「ど……どうしよう! こんなに強くするつもりじゃ……!」
焦る真行寺の胸元でスマートフォンの着信音がする。
反射的に通話を受ける。
「何よ! 今、大変なの!」
「こっちも大変よ。ゆうとっちさんが来たわよ」
「え?」
「すぐ近くの階段から3階に上がって。そこのポイントを通ると思う」
「で、でも、峰君が……。腹部から出血してる! 下手したら、折れた骨が内臓を傷つけているかも!」
「貴方……、何を言ってるの?」
「何を……って!?」
「今から幻化消滅させるのよ、その子も」
「っ!」
当たり前の前提条件。
しかし、その言葉を理解するのに数秒かかった。
「……そ、そうだったよ……ね」
「意識はないんでしょ? 寝かせておいてあげなさいな。起こしても恐怖を感じるだけよ」
「わ……分かった……」
通話を切り、震えながら立ち上がる真行寺。
分かってはいる。分かってはいたのだ。
今から起きることに自分が耐えられないことは。
それでも……。
「……ごめんね峰君。何の意味もないと思うけど……。私も一緒に消えてあげるから……」
ようやくそれだけの声を絞り出し。
震える足で歩きだした。