追想~悲劇の始まり~:幕間~決意の始まり~
この期に及んでこのあたりの記憶が思い出せないのは、たぶん、当時、ほぼ意識がなかったからだと思う。
【剣獣カトブレパス】を名乗る幻影獣が現れ。降り注ぐ剣の雨に真理が巻き込まれそうになり。それを庇った健一が空から降る剣に心臓のあたりを貫かれた。
かろうじて記憶があるのはそこまでだ。
気が付いたら、僕は、【剣獣カトブレパス】を半殺しにしていた。
「…………み、みごとだ……」
カトブレパスは人の姿をしていた。Aランク幻影獣という奴だろうか。
右腕と左脚をむしり取り、心臓のあたりに大穴を空け、右の脇腹をくりぬいていた。
顔の左半分は、左目ごとえぐり取っていた。
そして、僕の右腕は、心臓のあたりの大穴に潜り込み、ヤツの身体の中心あたりにあった。
「だが、もうそれくらいにしておけ。……死ぬぞ」
存在は明らかに希薄になっていたが、ヤツはそれほど苦しそうではなかった。
むしろ、僕の方が死にそうだった。
僕の身体の中に何が入っていたというんだろうか?
パンパンに空気を入れて膨らませた風船みたいに破裂寸前なのに、中身を抜いたら、その反動で僕が壊れてしまいそうな……。
「……死ぬのは、おまえだけだ」
けど、殺す。
こいつだけは絶対に殺してやる。
「……止めても聞かんか……。好きにしろ」
「当たり前だ!!」
タタンタタタンタタタンタン。
心の中でステップを刻む。
頭の中で正義を舞う。
「殲滅結界!!」
……師匠の最終奥義を放った後、また記憶が途切れている。
次に記憶が再開するのは、救急車のなかだった。
目が覚めた時には、月夜が僕をのぞき込んでいた。
「大丈夫?」
「……ぼ、僕のことより、健一を……」
「先に病院に運んで処置をしている。真理が通報してくれたから」
「え?」
「あの状況であれだけ的確に行動できるのは大したもの。本当は芯の強い子なのかな」
「…………」
僕も正直驚いた。健一の後ろに隠れているイメージしかなかったから。
健一を助けることすら忘れて、怒りのままに暴れた自分が情けない。
「場所が場所だけに助かるかどうかは五分五分といったところみたい。祈るしかない」
「…………分かった」
結論から言うと。
健一は助からなかった。
能力も情熱もカリスマ性も、あらゆる点において、僕よりは遥かにヒーローに向いている奴だったけど。……運だけが足りなかった。
たかだが50パーセントの確率を覆せなかった。
運よく治療系のBMP能力者が近くに居る、ということがなかった。
運悪く、碌に狙いも付けていない剣の一つに心臓近くを射抜かれた。
運悪く、この日、僕と遊びの予定などを入れてしまっていた。
運悪く、僕と友達なんかになってしまっていた。
「どこに行く気?」
「ヤツを殺す」
仕留め損なったという確信があった。
けど、まだ遠くには逃げていないはずなんだ。
胸糞が悪くなるような悪臭を感じる方向がある。
けど……。
「月夜……!」
身体が動かない。
さっきのダメージだけじゃない。
身体が動かなくなるほど消耗したという『記憶』がある。
嘘だ。絶対に嘘だ。
僕の身体が、このタイミングで動かなくなるわけがない。
「月夜……! アイズオブブラックを解いて!」
「本当に死ぬよ」
「まずアイツを殺すんだよ!」
「アレのことは知ってる。どこにも逃げないよ。次は、私が案内してもいい」
「……!!」
黒い瞳が、色を変えないまま黒く輝く。
まるで空のお月さまのように本当の姿を見せない月夜が、少しだけその本質を晒したような……。
「……月夜……。僕を殺す?」
「まさか」
月夜が笑う。
「クリスタルランスのアイズオブクリムゾン……。前に悠斗の記憶を封じた娘のやり方はね、少し荒いの。専門じゃないから無理もないけど。あれじゃ、時間の問題で、悠斗の精神に変調をきたす」
「…………」
「今は記憶を消すしかない。けれど、それが悠斗の心を傷つけないように。最大限に都合よく記憶を操作したい。私は、それだけは得意だから」
「……なら、なんですぐにやらなかったの……?」
僕がBMP能力を使えないようにするだけなら。その方法が記憶を消すことなら。すぐにできたはずだ。
「むしろ、もっと後でやるつもりだった」
「え?」
「専門職でないどころか、むしろ普通の人より向いていないのは分かっていた。でも、悠斗の面倒を見たかった」
「…………娘さんが酷いことをしたから?」
「半分は」
?
半分?
「あまりにも悠斗に申し訳なくて言えなかったけど、純粋に興味があったの。はじまりの幻影獣に、本当に選ばれた少年のことが」
「選ばれた……?」
「結果的に……。本当に結果的にだけど、私の娘は正しい判断をしたことが確認できた。境界の勇者に……約束の者に至る可能性があるのは、貴方しかいない」
「ぼ……僕のどこが!?」
「全部」
一際強く輝く月夜の瞳から、どうしても目が離せない。
記憶が、操作されていく。
「悠斗に可能性があるとしても、私は求めない。貴方にはあまりにも責任がないから。私と私の一族の愚かさを清算してもらおうなんて、あまりにも見苦しい」
「…………」
「世界は……、愚かな一族に命運を託した過ちの結果を、受け入れるだけだから」
「…………」
「可能であれば、悠斗はこの物語に関わらない一生を送って」
「…………」
「だから」
「…………」
「さよなら」
★☆★☆★☆★
黒い蝶をかたどった髪飾り。
それを髪につけた小学生くらいの女の子。
ずっと昔……小学生くらいの頃に会って、僕の……俺の人生を変えてしまった女の子。
高校生となった今となっては、小学生の女の子に恋い焦がれたりはしないが、あの時と同じ気持ちを、今は別の人に抱いている。
いや……。
「君が麗華さん……なのか?」
俺の言葉を聞いて、女の子がニヤッと笑う。
いたずらっぽい笑み。
麗華さんはこんな顔はしない。
けど……。
「いい夢が見られた?」
「どっちかと言うと、悪夢だよ……」
「でも、懐かしかったでしょ?」
「ああ……」
懐かしかった……。
本当に……。
「あの人は、本当は優しい人なんだよ」
「本当は……というか、普通に優しい人だったけどな」
「そういうこと言うから、なんちゃってプレイボーイとか言われるんだよ」
言われとらんがな……。
月夜の記憶操作は完璧だった。
技術だけじゃない。
優しいところが完璧だったんだ。
「完璧すぎて、少し逆効果だったみたいだけどね」
「ああ」
過去を気にしなくなりすぎた。
俺が忘れることで悲しむ誰かを想像できてなかった。
例えば、ホットなタイガーを失い、クールなウルフと離ればなれになった女の子のこととか……。
「フラグ回収……だったっけ?」
「三村的な言い回しだとね」
「やれそう?」
「なんとか」
死んでる場合じゃない。
寝てる場合でもない。
死にかけただけで回収フラグが増えるくらい、まだ俺にはやることだらけだ。
「そうそう。悠斗はそんな顔をしてなきゃ♪」
……話せば話すほどに思う。
麗華さんが取らない仕草ばかりする。
でも似てる。
「私は、残り香みたいなものなんだよ」
「残り香……?」
「剣麗華が、悠斗に【はじまりの幻影獣】の腕を突っ込んだ時。一緒に染み付いた残り香……」
「なんで、そんなことを……?」
「それは本体から聞かないと」
「…………」
それはそうなんだけど……。
「……聞かないほうがいいよ」
「え?」
「月夜からもさんざん脅されたと思うけど。本当に禄でもない出来事だったから。今、悠斗が剣麗華のことを好きならなおさら」
「…………」
「剣麗華の全部を知らないと気が済まない?」
「そんなことは……」
ないんだけど……。
「完全な剣麗華は私に近いから、この方が悠斗の好みなら頑張ってみればいいと思うよ」
「…………」
会ってみたくないと言えば、嘘になる。
「けど、おすすめはしないかな。難易度的には世界を救うのと大差ないよ」
「……高すぎないですか?」
「だからやめとけって言ってるの」
黒い蝶を揺らしながら女の子が笑う。
麗華さんとは違う笑い方。
「とりあえずは世界でも救ったら?」
「とりあえずって……」
「物語が終わった後に、まだやりこみがしたいなら……」
「…………」
「……やっぱりおすすめはしないかな……」