追想 ~はじめてのくんれん~:現実 ~月と幻創の女神~
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タタンタタタンタタタンタン。
小気味よいステップを刻み。
「間健一が舞うは……」
「真行寺真理が舞うは……」
「澄空悠斗が舞うは……」
各々声を揃えて……。
「「「正義!」」」
決めポーズ。
……学校帰りの公園での出来事。
道行く通行人の人達が見れば意味が分からないだろうが、僕たちだって意味が分からない。
「いいよいいよ! でももっと大胆に! 羞恥心は捨てる!」
僕たちを見ながら声を上げるぽっちゃりした女性は、芸能プロデューサーではなく、【魔弾】十六夜朱鷺子。
遠距離攻撃系BMP能力者の双璧とか呼ばれる凄い人らしい。
ぱっと見さっぱり分からないけど、グーグル先生で確認したから、たぶん間違いない。
僕たちは、なぜか、十六夜師匠にBMP能力の稽古を付けてもらっていた。
なぜかはさっぱり分からない。
3日前の下校中、「いいね、君達。ちょっと私のところでBMP能力学んでみない?」と言われて、間と真行寺と緑川がノリノリになって……。
……なんで僕まで稽古してるんだろう?
「師匠。ちょっと質問が?」
「うん、そうよね。どうして、こんなことをしてるのかって思っちゃうよね?」
いや、ほんとに。
「この稽古はね、ゆうとっち。インパクトスペルっていう、戦闘技能の一種なのよ」
いや、訓練内容に関する質問ではなく……。
そして、誰がゆうとっちやねん。
「ルーティンというと分かりやすいかしら。必ずしもBMP能力の発動に必要ではない一連の動作を取り入れることにより、威力を底上げする。まぁ、掛け声みたいなものね」
「効果はあるんでしょうか?」
眼をキラッキラッ輝かせて、間が質問する。
「威力の向上に関しては、ほんとに掛け声程度の効果だけど。私の魔弾はあらゆる意味で速すぎるからね。タイミングを取るのにほぼ必須なのよ」
「……あたしにはちょっと難しいです……」
困ったような顔で、真行寺が呟く。
確かに訳が分からない。
「なんで、僕たちがBMP能力者だと思うんですか? 仮にそうだとしたって、師匠と同じルーティンをする意味はあるんですか?」
「私は鼻が利くのよ」
と、自分の鼻を指す師匠。
「間違いないわ。ケンちゃんとマリマリは、近いうちに遠距離攻撃系のBMP能力を発現する。特にマリマリは私ととても似てる気がする。同じルーティンをやってて損はないでしょ?」
「…………」
いや、ちょっと、待てい。
「僕は?」
「ついでに。お友達がいないと、二人とも寂しいかと思って」
マジか?
「そんなことも確認しないまま、三日も付き合っちゃったゆうとっち、ステキー!」
少し離れたところに座って見物していた緑川が黄色い歓声を上げる。
僕も、『自分がノリノリで師匠に付いてきたくせにムリヤリ引っ張って来られた僕にだけ付き合わせる君』のことが好きになりそうだ。
「だ……だめだよ、ゆうとっち。そんな熱い視線を向けられても……。私たちまだ出会って一週間も経ってないし、そんな安い女の子だと思われたくないなぁ……」
「…………」
おかしい。
ジト目をしたはずなんだけど……。
☆☆☆☆☆☆☆
澄空悠斗とその友達が『インパクトスペル』の稽古を続ける中、十六夜朱鷺子は少し席を外した。
「あの子達を……ゆうとっちを見たときに、運命的な何かを感じたんだけど……。野に潜むダイヤの原石を見つけたというよりは、もうちょっと危なっかしいことに首を突っ込んじゃったかな……」
呟きながら見る視線の先には、昼間だというのに月が顕現したかのような美少女……いや美女。
「私が誰かを知っているの?」
「知らないわ。けど、私は鼻が利くから。貴方がとんでもないBMP能力者だってことは分かる」
「へえ……」
「精神支配系……いや、むしろ概念能力に近いような……。たぶん、世界に二つとないBMP能力のような気がする……」
「そんなことが分かる体質の人がいるんだ。勉強になった」
ほぼ無表情で頷く女性。
十六夜朱鷺子は遠距離攻撃系BMP能力者の頂点の一角である。
だというのに、目の前の女性は、自分が撃たれる可能性をまったく考慮していない。
そして、朱鷺子自身も、それが分かる。
「えーと……。私、殺されるのかな?」
「話を聞いてから」
「…………」
話次第では殺す……あるいは、それに近いことをする。
そう言ったも同然のように聞こえたが、女性には表情の変化が見られない。
意味の取り方を間違ったのか、あるいは、女性は朱鷺子の生き死にに何の興味もないのか。
「どうして悠斗まで鍛えているの?」
「言ったでしょう。臭いで分かるのよ。複写系の……それもかなり特別な……BMP能力者」
「悠斗は、BMP能力者特有のプレッシャーがないはず」
「それでも分かるのよ。私は、ちょっと普通の人とは、感度の種類が違うみたいで」
「それで『鼻が利く』という表現なのか……。勉強になった」
と言いつつも、殺気……というか、障害物を排除しようとするかのような気配が消えていない。
朱鷺子は仕方なく、本音を話すことにした。
「……教えないといけないと思ったのよ」
「教える?」
「……BMP能力者の在り方を。闘うことの意味を。あの子は、力だけを入れられて放置された入れ物……。そんな気がしたのよ」
「…………」
「どうして? 貴方ほどの人が傍にいて、どうして、何も教えていないの?」
「悠斗には闘いをさせたくない」
「それが無理なことが分からないような人には見えないんだけど?」
「…………」
「…………」
「私には教えられない」
「え?」
「私はBMP能力者の在り方も闘うことの意味も知らない。だから教えられない」
「そ……」
「貴方が教えてあげて欲しい。もし、悠斗が闘うことを選んだ時、闘い方を間違えないように」
言い終わると同時に、くるっと回れ右をして立ち去ろうとする女性。
その瞬間、朱鷺子は全身から脂汗が出ていたことに気づく。
目の前の女性が、ほんの少し『そう』思っただけで、自分は死んでいたかのような。
人と話していた気がしない。
……だから、聞いた。恐怖心と同等の好奇心で。
「貴方は一体、何者なの?」
無視されると思ったが。
女性は、またくるりと振り返った。
「私の名前は剣月夜」
「剣……?」
「BMP能力は、『アイズオブブラック』。記憶を改変する能力」
「き……記憶を……?」
「貴方が良からぬことを企んでいないことは、瞳を見た瞬間から分かっていた。でも、貴方が悠斗のためになる人かどうかは話さないと分からなかった。……そんなことも分からなかったから、悠斗をあんな目に会わせた……」
月の女神の表情が曇る。
「悠斗をよろしくお願いします」
そして、女性は恭しく首を垂れた。
「…………」
十六夜朱鷺子は気が付く。
目の前の女性……剣月夜のBMP能力は想像以上のものだった。
人格も感情も、記憶によって形作られる。
殺されるかもしれないと感じたのは間違いではない。おそらく『自殺する予定だった』という記憶を植え付けられれば、自分は彼女と別れた瞬間に首を吊っていただろう。
国家のトップを操ってしまえば、一国を思い通りにすることさえ可能。もし仮に、テレビ越しに届くような効果範囲であれば、世界を操ることさえ……。
幻影獣ではなく、むしろ人を支配するためのBMP能力。
「…………」
だから気が付いた。
これは、他人に知られてはいけない能力なのだ。もし知られてしまえば、必ず彼女を殺そうとする人間が現れる。
明かす必要すらなかったのに、彼女はそれを明らかにした。
「剣月夜殿……」
今日会ったばかりの人間に。
澄空悠斗に伝えるべきことを伝えてもらいたいというだけの理由で。
彼女は命を差し出したのだ。
「御依頼、承りました」
誇り高い月の女神に敬意を表し。
魔弾の射手も、静かに首を垂れた。
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見舞いのために上条総合病院に来ていた剣麗華は、澄空悠斗の病室前の廊下で心臓が飛び出るほど驚いた。
一緒に来ていた三村宗一と本郷エリカも同様である。
彼女たちの目の前には、剣麗華そっくりの女性の姿があった。
「げつ……や?」
「お久しぶり。麗華」
表情が乏しいところも麗華に似ている。
だが、麗華の纏う他を圧倒するかのような存在感が全くない。
BMP能力者のプレッシャーもない。
ただ、それでも、一度見たら忘れられないことは確信できる。
「げ……月夜っテ、麗華さんノお母さんデスか!?」
「どう見てもお姉さん……。30代は無理だろ……。10代と言われたって信じるぞ……」
そこが問題ではないのだが、とりあえず異様に若く見える容姿に突っ込む、エリカと三村。
「悠斗君の……お見舞いに来たの?」
「そう」
「悠斗君のことを知ってるんだよね?」
「うん」
「悠斗君のことが心配?」
「もちろん」
「……だったら……!」
麗華は胸に手を当て。
訴える。
「教えて。鮫島博士は月夜が悠斗君を目覚めさせる方法を知っていると言っていた」
「……目覚めさせるだけなら、貴方ならもうある程度の目星は付いているはず」
「え?」
「完全な状態で……闘える状態で、目覚めさせたいの?」
「た……闘える状態じゃなくても……。可能な限り健康な状態で目覚めて欲しいとは思っているけど」
「ううん。貴方は闘える悠斗君じゃないと要らない。興味が持てない」
冷たい断罪の刃を振り下ろしたかのような声音。
全く事情が分からない、エリカと三村ですら、身体を震わせた。
「月夜がそう思うのは、私が悠斗君に『とても酷いこと』をしたから?」
「そう」
「…………」
「…………」
「……信じてくれないかもしれないけど……。私自身もあんまり私は信じてないけど……。悠斗君に目覚めて欲しいのは本当。できたら、可能な限り健康な状態で。それは本当……」
「…………」
「…………」
「……昔」
「え?」
「悠斗と貴方が小学校の頃。悠斗には伝えている。こんなことになった時の方法を……。こんなことにならないように願いながら……」
「…………」
「忘れさせた言葉を、今思い出してもらってる。夢の中で」
「え?」
「もうすぐ目覚める……と思う。ある意味……だけど、完全な状態で」
と言いつつも、月夜の顔は暗い。
「……そうしたら、悠斗君はまた闘う。私のせいで……。月夜はそれが許せない?」
「違う。闘うこと自体は、悠斗が選択する。でも、貴方のせいでない訳でもない……」
「?」
麗華は首を捻る。
もともと謎かけのような話し方を良くする人物だと思っていたが、今回は特に訳が分からない。
「貴方が許せない訳じゃない。何もできなかったのは確かだけど、私は貴方の母親だから、貴方のしたことは私も一緒に責任を取りたいだけ」
「え?」
思わぬセリフに、麗華が驚く。
「そして、悠斗にも幸せになって欲しいだけ」