狙撃手と安全装置
翌日。
平和な登校風景より。
「という訳で、おまえが間違って入れた水族館のチケットは使ってしまった」
「いや、それはいいんだけどな……」
道すがら、三村に説明する。
住宅展示場の地図と案内状の代わりに、水族館の入場券が入っていたこと。
麗華さんも一緒だったから、間違いでした、と引き返すわけにいかなかったこと。
中は意外に楽しめたが、途中、アローウエポンと電速とダガーウエポンに会って、しかもアローウエポンが自分のお姉さんになると言い出して大変だったこと。
元はと言えば、三村がチケットを入れ間違えたのが原因なので、チケットを返すつもりもチケット代を払うつもりもないこと。
こんなに分かりやすく説明したのに、三村はなんだか不思議そうな顔をしていた。
「俺には、途中から話がまったく見えなくなったんだが。エリカは分かったか?」
と、もう一人一緒に登校していた金髪の美少女に振る。
この少女の名は、本郷エリカ。
『豪華絢爛』という不可視の刃を操る、見た目ゴージャスなのに、中身けなげな、ハーフっぽい(実際は良く知らない)女の子だ。
「私は最初から分かりませんでしたガ? そもそも、なぜ、住宅展示場の地図と案内状を、水族館のチケットと入れ間違えるんですカ? 悠斗さんも当日まで確認しないなんて変ではないでしょうカ?」
確かに、前半部分は俺も気になるところだ。……そして、後半部分は俺がバカだからというだけの理由だ。
「いや、俺にも実はよくわからないんだけどな……」
俺とエリカに見つめられ、若干気まずそうに三村が口を開く。
「バイトしてたら、いきなり、あの『アイズオブクリムゾン』に声を掛けられてな……」
え?
「で、いきなり『これはとても重要なミッションです。あなたを見込んでの依頼ですよ』とか言うもんだから……」
「ちょっと待て」
俺は遮った。
「緋色さんが、どうしてそんなことを言い出したのかは分からないけど、おまえ、そんな怪しげな切り口で始まった依頼に乗ったのか?」
「いや、俺も怪しいとは思ったんだよ。いくら『アイズオブクリムゾン』だからってな。でも……」
「デモ?」
エリカが興味を示している。
「美人過ぎて、いつのまにかOKしてた」
「おい!」
理由になってない。
「おまえ、もし、緋色さんが何かヤバイたくらみを持ってたら、どうするつもりだったんだ!」
「ち、ちらとはその可能性も考えたんだけどな……。ほら、あの人、一応、緋色先生の姉さんなわけだし、妹の生徒に悪いことをしたりはしないかなー、と」
「『しないかなー』じゃないだろ……。いくら、緋色先生の姉さんだからって………? 姉さん?」
昨日から、良く聞く単語に、一瞬、止まる。
「あレ? 知らなかったんですカ? アイズオブクリムゾンは、緋色先生のお姉さんですヨ?」
「まじで!?」
「超有名だぞ。だいたい、緋色なんて名字少ないんだから、予想はつくだろ?」
つかなかったし、知らなかった。
「こども先生……。ただものではないと思ってたけど。まさか、あんな超絶美人の姉がいたとは……」
「姉は関係ないだろ……」
「というカ、あんまり、こども先生言わない方がいいですヨ」
エリカにまで、注意される。
いい加減ほんとに、こども先生と呼ぶ癖は直した方がいいかもしれない。
と、その時。
ガンと、石が砕けるような音がした。
見ると、1メートルくらい先の地面が拳大にえぐれていた。
「ん?」
首を傾げる。
「なんだ、あれ?」
落石か。
などと、考えていると。
「伏せろ馬鹿!」
三村が、俺たち二人を庇うように押し倒してきた。
この時、エリカの方は抱きかかえるようにして、俺の方は蹴飛ばすようにして、庇ってくれたのは、この際、大目に見よう。……若干、羨ましいが。
「な、なんだ、なんだ」
三村に引かれるまま、隠れた電柱の後ろから、地面が拳大に次々えぐれていく光景を見ている俺。
「狙撃されてる」
「そ、狙撃?」
なんだ、そのデンジャラスな単語は!?
「方角からして、新月学園の方ですネ。豪華絢爛で防ぐには、弾が小さくてやっかいデス」
エリカは冷静に分析しているが、俺は、それどころではなかった。
狙われている……と認識してしまっただけで、頭の先から凍えていくような寒気を感じた。
……と。
「あ、あれ……?」
恐怖によるものなのか、俺の意識は急速に失われていった。
☆☆☆☆☆☆☆
電柱の陰から飛び出す。
さきほどのまでの弾道から、敵狙撃手は、おそらく新月学園の屋上。
距離は、100メートルほど。
天閃なら、まったく問題にならない距離だが、人死には、……まずいか。
なるべく威力を絞って。
「天閃」
手のひらから放たれた、光り輝く光線が、新月学園屋上の昇降口部分を貫き、爆発する。
これで、敵は姿を現すはず。
そこを撃てば終わりだ。
「………?」
と思って見ていたが……。
一向に、敵は姿を現さない。
幻影獣なら、向かってくるはずだが……。
「幻影獣じゃないのか……?」
だとするとまずいな。
遠距離攻撃のせいで、過剰反応しちまった。
とっとと、引っ込もう。
☆☆☆☆☆☆☆
「ん? あれ?」
気がつくと、俺は人差指で新月学園の屋上を指差した、なんだか格好いいポーズで立ち尽くしていた。
「…………」
確か、電柱の後ろに隠れていたはずなんだが。
なんというか、記憶が数秒ほど飛んだ感じだ。
……というか、敵は?
「す、澄空?」
「悠斗さん?」
出遅れた感を漂わせながら、三村とエリカが電柱から姿を現す。
この感じだと、敵は逃げたのか?
「な、なあ、澄空。今の、なんだけど……?」
「今の?」
やっぱり、俺、何かしたのか?
「お、覚えてないんですカ?」
「な、なにかまずいことしたのか?」
たとえば、こども先生に、『こども先生』と言ってしまったような感じで!
「まずくはないデスけど……。いきなり、飛び出していったかと思うと、遠距離系のBMP能力で敵を狙撃しテ……。しかも、あの能力ハ……」
「おまけに、なんつうか、若干渋い魅力というか、チョイ悪でぶっきらぼうで、でも強いみたいな二枚目風というか!」
「いや、ほんとに、覚えてないんだか……」
そして、俺は、おまえが何を言っているのか分からん。
「いい加減にしろよ、おまえ!」
いきなり、三村がキレた。
「剣みたいな完璧美少女と同居しておきながら、こないだの第五次首都防衛戦で幅広い層の人気を獲得しもちろん若い女性層を含んでいるのが問題だ! あげくの果てに、エリカともちょっといい感じになってる上に……!」
「なってないデスけど……」
「今度は、チート気味でどう見ても二枚目風味の裏人格使いか! 表人格の三枚目とのギャップが魅力か! おまえは、漫画の主人公か!」
「ええい! 少しは、俺に分かる単語で話せ! だいたい、漫画みたいな設定っていうなら……!」
「悠斗君。と、三村にエリカ? 何を騒いでるの?」
「……彼女が居るじゃないか」
誰もが認める完璧美少女・剣麗華の登場で、ひとまず場は収まった。
◇◆◇◆◇◆◇
一方その頃。
「いや、びっくりしたね。複写系能力ってのは、聞いてたけど。天閃まで使えるなんて。どこで、覚えたんだろうね」
爆発の痕を留める新月学園校舎屋上で、一人の少年が話しかける。
線の細い、どこか儚げな雰囲気の少年だった。
「……」
対照的に、話しかけられた方の少年は、存在感に満ちていた。
体格にも恵まれ、覇気もある。ついでに言うと、なかなかの男前だった。
「でも危なかったね。僕が、飛び出すのを止めなかったら、今頃死んでたかもしれないよ」
「…………」
覇気がある方の少年は、なにやら眼を閉じて考え事をしていた。
「聞いてる? 達哉」
「ああ。聞いている」
と、眼を開ける長身の少年。
「俺が間違っていた。数か月前にBMP能力が覚醒したばかりだとはいえ、実力を確かめてやろうなんて上から目線で対したのが、失敗だった」
「下手すると殺されてたかもしれないしね」
「殺されるかどうかは、やってみなければ分からないさ」
力強く言い切る長身の少年。
「具体的には、どうするの?」
「決闘を申し込む」
「……君ら、一応同じ高校の高校生だよ?」
「だが、俺も彼もBMPハンターだ」
そして、長身の少年は、闘志あふれる笑みをこぼす。
「ストリートバトルなら、問題ないだろ?」