追想 ~眠れない夜に~:現実 ~迷宮の誘い~
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今は午前2時。
月夜はもちろん寝ている。
あたりは静かだ。
そして、僕は……。
「なんでやねーん!!」
テレビを見ながら盛り上がっていた。
下はホットカーペットなので、寒くない。
BMP管理局の施設と違い、この部屋にはネット環境がない(※家主が月夜だから無理もない)ので、テレビを見ていたのだけど、これが大当たりだった。
【爆笑エンカウントバトル】というお笑い番組だが、これがとても面白い。
「なんでやねん! なんでやねん!」
西の方の言葉がお笑いにマッチしているというのは聞いていたけど、これほどとは思わなかった。
時に風刺をまじえ、時にシリアスをまじえ、練りに練られたネタに、お笑い芸人達の卓越したしゃべりの技術。
僕はもう、お笑いのとりこやでー!!
「なんでやねん! なんでやねん! なんでやねん! なんで……!!」
「…………」
「なんで……」
「悠斗? 何してるの?」
「……やねん」
何してるんでしょう?
騒ぎすぎたかもしれない。
月夜が起きてきてしまった。
毛布を肩から被って立っている。
「テレビを見るのは構わないけど、もう遅いよ?」
「はい……」
「……ひょっとして眠れないの?」
「はい……」
「いつから?」
「今日……」
「環境が変わったから?」
「いや……」
そういう訳ではなく……。
「施設を出るときに睡眠導入剤のストックをもらい忘れた」
「…………」
「だ……大丈夫、施設の電話番号は聞いてるから。電話したら送ってくれると……思う」
たぶん。
「……」
「……」
「…………」
「……げ、月……」
「ごめんなさい」
「へ?」
は?
「悠斗の今の境遇を考えれば、不眠症くらい予想しておくべきだった」
「そ……そうなのかな」
良く分からないけど。
「と、とにかく、ごめん! やっぱりベッドに入るだけ入って……わぷ」
いきなり月夜が被っていた毛布を被せられた。
同時に、何かの谷間に顔がうずまる。
「女性の胸が男性の落ち着きを取り戻すという話を聞いたことがある」
「ほんははくへふはりめへひひはひは(※そんな学説初めて聞きました)!」
こんな綺麗な女子高生……じゃないけど女子高生にしか見えない美女の胸に顔がうずまって、うずまって……!!
「へ、へふはへふは(※げ、月夜月夜)!」
「おかしい。落ち着かない……」
落ち着けるか!
「私は出産経験もあるから、母性があるはず」
「はんはひょひほうへいにひはひえへんへん(あんた女子高生にしか見えへんねん)!」
あと、胸で息ができない!
とジタバタしたのもつかの間。
いつの間にか身体から力が抜けていく。
「……悠斗。眠くなった?」
「うん……」
僕がおとなしくなったからか、月夜の拘束が緩んで、口が自由になった。
正直に告白すると、実はここ数日あまり寝ていない。
睡眠導入剤は使っていたけど、ネットの調べものに夢中で、あまりベッドに入らなかったのだ。
探していたのは……。
「どうして、僕が巻き込まれた事件は、報道されないんだろう……」
「…………」
僕が何かの事件に巻き込まれて記憶を失ったのは聞いた。
でも、どんな事件なのか、誰も教えてくれなかった。
「どうして、僕の両親は迎えに来ないんだろう……」
「…………」
名前すら誰も教えてくれない。
「月夜は一体何者なの……?」
「…………」
生活能力がないのはともかく、月夜が特別なのは誰にだってわかる。
だから僕も特別なんだと思う。
でも、こんな時の『特別』は、嬉しくもなんとも……。
「僕は一体、何者……」
「私のフルネームは、剣月夜」
「へ?」
剣……?
「剣大臣の息子の奥さん」
「剣……大臣?」
大臣の名前なんて碌に覚えてないけど、あのやたらとかっこいい大臣のことは知ってる。変わった名前だし。
「その立場を利用して、ちょっと無理を言って、悠斗の面倒を見させてもらっただけ。別に悠斗に問題があるわけじゃない」
「なんで……」
『特別』じゃないなら……、なんで、月夜が僕の……。
「悠斗が苦しんでいるのは、私の娘が原因だから」
「な……」
なんで?
とは聞けなかった。
聞けない声色だった。
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「…………」
真行寺真理は、しばらく前からずっと、目の前の豪邸を見続けている。
社長だった彼女の父親が建てた、自慢の家だ。
いや、自慢の家だった。
「初めて家に来てもらった時、ゆうとっちもケンちゃんも、ビックリしてたなぁ。社長令嬢には見えなかった、なんて……」
豪邸には、今は誰も住んでいない。
両親がいなくなった後に売りに出され、そのあと、誰か住んだ後いなくなったのか誰も買わなかったのかは知らないが、とにかく今は空き家だ。
「…………」
BMPハンターは高給取りだ。
魔弾の後継と呼ばれている彼女が、学校に行く間も惜しんで幻影獣退治に精を出せば、こんな豪邸でも手が届く。
「あともう少し……」
もう少しでこの家を買い戻せる。
「…………」
だが、買い戻してどうするのだろう。
一人で住むには明らかに大きすぎる。
この家に残る思い出は、大切だが、辛すぎる。
事業が失敗したとはいえ、自分を十六夜朱鷺子に預けて雲隠れした両親との思い出や。
自分を守って死んだ間健一との思い出や。
自分のことを忘れてしまった澄空悠斗との思い出などは……。
『どうせ、どうでもいい記憶だ』
「っ!」
思い出すたびに心臓が止まりそうになる、澄空悠斗のセリフ。
悪気がないのは分かっている。
「…………」
でも。
「そんなこと言わないで、ゆうとっち……。私、剣さんに勝てるだなんて思ってないから……。嘘でもいいから、大事な思い出だって言って……」
思わず涙が零れる。
澄空悠斗は、副首都区を解放した際の戦闘で、昏睡状態が続いていると聞く。
もう二度と話すことはできないかもしれない。
「もう、こんな家……!」
「いい家じゃない」
突然背後から掛けられた声に、心臓が飛び跳ねる。
「ミーシャ・ラインアウト!?」
そこに居たのは、新月学園臨時保健教師。
そして、Aランク幻影獣。
「なんで……!?」
「貴方にお仕事を頼みたくて」
「……仕事?」
「そ。報酬は……」
真行寺真理の問いに答える形で、ミーシャが報酬金額を口にする。
その額は、まさしく、真行寺真理が目の前の豪邸を購入するために足りなかった金額だった。
「幻影獣の手下になれって言うの?」
「お仕事だってば。私ひとりじゃ手が足りなくて……」
「貴方の手に負えない人なんて、剣さんくらいのものでしょ」
「あのおっかない女神様たちには、当日、出張してもらうつもりよ。でも、ゲストが悠斗君だから、私ひとりじゃ大変なのよね」
お手上げポーズをとる幻影獣。
「ゆうとっち? ゆうとっちは、昏睡状態って……」
「もうすぐ目を覚ますわよ。とっても高貴で邪悪な、月の女神さまが暗躍しているから」
「?」
ミーシャの言うことは意味が分からない。
だが、真行寺真理は、幻影獣の言葉から耳を離せない。
そんな少女を見て、迷宮の幻影獣は、薄く微笑む。
「諦めることはないのよ? 一緒に迷宮に迷ってしまえば、ゆうとっちともケンちゃんとも……」
「っ」
「ずっと一緒に居られるから」