追想~月夜の出会い~:現実~四方神会議~
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月の綺麗な夜だった。
なので、今は午後8時ちょうど。
小学生に待ち合わせをさせるにはちょっと遅すぎると、首都駅噴水前で、僕は思った。
「午前8時……じゃ、ないんだよね……」
BMP管理局で渡されたプリントには、何回見ても『午後8時、首都駅噴水前で待ち合わせ』と書いてある。
さっきから大人の男性と女性が、何組も待ち合わせをしている。
大人って、こんな時間からデートするんだな……なんてことを考えていると。
ざざざざざぁっと、みんなの視線が僕……じゃなくて、僕が見つめる駅の方向に集まった。
「…………」
月の女神さまが現れたのかと思った。ものすごく普通に改札を通っては来たけれど。
制服は着ていないけど、女子高生くらい?
月があの人だけを照らし始めた……ような気さえする。
女神さまは周りの視線に気が付いているのかいないのか、すたすたと歩く。
すたすたすたと歩いて。
……僕の前まで来た。
「貴方が澄空悠斗?」
女神さまが僕の名前を呼んだ。
「は……はい」
僕は呆気にとられていた。
BMP管理局は、僕に、「これから君の面倒を見てくれる人を紹介します」と言っていた。
なので、(特に根拠なく)そこそこの年齢の柔和で奇特な女性を想像していたんだけど……。
「私が今日から貴方の面倒を見る」
と言っているので、この月の女神様っぽい女子高生(くらいの人)が、僕の面倒を見てくれる人でいいらしい。
「え……えーと? よ、よろしくお願いします?」
「うん、よろしく」
と言い終わると、女神さまは立ったまま口をつぐんでしまった。
「…………」
「…………」
……ひょっとして、僕が何か言わないといけないのでは?
と思ったので、何か言うことにした。
「え、えと? めが……お姉さまは……?」
「月夜でいい」
「げ……月夜様は……?」
「月夜でいい。……なぜ『様』?」
「……なぜでしょう?」
おそらく、『月の女神様』の印象にちょっと引っ張られたからだと思われる。
「げ……月夜? これからどうするんですか?」
「私たちが住むマンションに向かう」
「は……はい。分かりました」
と返事をしたけど、めが……月夜はやっぱり動かない。
少し困った顔をしている。
「月夜?」
「悠斗。『首都区新都中央1-87』って、どこか分かる?」
「…………」
分かりません。
「……僕は知らないけど、スマートフォンの地図アプリで調べればわかるんじゃないでしょうか?」
「スマートフォンは持っていない」
「…………」
月の女神さまは、若干、ポンコツのようだった。
「どうしよう、悠斗。私は今回一人で来たから、ホテルに泊まることも難しいかもしれない」
「とりあえず、あそこの交番で住所聞きませんか?」
「? 交番には、そんな機能があるの?」
「あると思います」
という僕の言葉に納得したのか、月夜は僕と並んで歩きだした。
いつの間にか、周りの人たちの視線も忘れていた。凄く見続けられてはいるんだけど。
なんというか、面倒を見てくれるはずの人の方が危なっかしいというか……。こんな綺麗で世間知らずの人を、夜一人で歩かせて大丈夫なんだろうか、とか。
思った。
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ある建物の一室。
テーブルの四方に一つずつ、四つの椅子が用意されている。
椅子には誰も座っていないが、その背後に人物を移すモニターがある。
『で、境界の勇者様はどうなったって?』
【東】に位置するモニターに映る少年が言う。
少年の後ろには、美しいメイドが控えている。
『澄空悠斗の状態は思わしくないみたいよ。剣麗華が延命処置を講じているようだけど、BMPハンターとして復帰する可能性は低いと』
【南】のモニターに映る少女が言う。
『所詮、その程度の男だったということだ』
【西】のモニターに映る偉丈夫が言う。
『ちょいちょい、白っち。仮にも境界に至った功労者だぜ。その言い方はないんじゃない?』
『そうよ。我々神一族も感謝すべきだわ。最低でも20年は、世界の寿命が延びたんだから』
【東】と【南】が反論する。
『……別に評価していない訳ではない。境界の勇者でも約束に至るのは容易でないというだけの話だ』
さすがにまずいと思ったのか、【西】は言葉を改めた。
『ま、それを【鑑定】するために、俺らがいるんだけどな。……実際、これからどうすんだ? 黒っち』
【東】が【北】のモニターに映る男に声をかける。
『様子見だな。慌てることはない。澄空悠斗が目覚めるならば良し。そうでなければ、次の主人公を待つだけだ』
【北】のモニターに映る男性。北の玄武の当主代理、黒神大地が答える。
『だよなぁ……。待つばっかじゃん、俺ら』
『やむをえまい。主人公を作るプロジェクトもうまくいっていないようだしな』
嘆く【東】と、どこか皮肉気な【西】。
『少なくとも、うちには期待しないで』
『そういや、親父さん、まだ出てこないのか?』
『もう、私でも連絡を取れない状態よ』
【南】と【東】で会話をする。
『もういいな。切るぞ』
しびれをきらしたのか、【西】のモニターが沈黙する。
『相変わらず短気だなぁ、白っち。でも、ま、確かにもう話すことはないか。俺も切るわ』
【東】のモニターも沈黙する。
『そういえば、北の当主様は?』
後に残った【南】が【北】に問う。
『戻られる様子はない』
『…………』
『……どうした?』
【北】が【南】に問う。
『黒神。貴方、少し楽しそう?』
『? 何の話だ?』
『……ごめん。聞かなかったことにして。私も切る』
【南】のモニターも沈黙する。
最後に、【北】の……黒神大地のモニターだけが残った。
『鋭いな、赤神』
感心したように言う。
そう、彼は少し楽しかったのだ。
【東】と【南】と【西】。神一族があまりに愚かで。
『退屈なだけの会議だったが、ここまで楽しめるとはな』
愚かすぎて、愛しさすら湧いてくる。
澄空悠斗が再起不能?
本当にそんなことを思っているのか?
主人公が存在しない物語がどこにある?
仮にも当主である者が、これまでの澄空悠斗を見てきて、あの反応とは。
『100年間全く進歩のなかった愚かな一族が、どんな風に壊されていくのか……』
想像しただけで、楽しすぎる。
そう、慌てることはない。
『すぐに出番は来るさ。大根役者ども』




