幻影戦闘『四聖獣・小野倉太』
パキィと、空間が引き絞られるような音がする。
同時に、完全なる世界の終局とは別に、俺と小野を取り囲むように薄い黄金色のドームが形成される。
ドームは激しく音を掻き鳴らしながら、俺たちを中心に渦を巻く。
「誓約剣と重力結界が作用して、力場が形成されたみたいだね。これで、誰にも邪魔されずに済みそうだ。……誰も来ないと思うけど」
疑問に思う前に、小野が解説してくれた。
「はぁっ!」
ずんっ、という音とともに、完全なる世界の終局が2層砕けた。 ※30
だが、そこでいきなり止まる。
お、思ったより……。
「か、硬い……」
しなやかさと強靭さを併せ持ち、決して侵せない何かであるような……。
「僕が100年かけて完成させた、無関心の……愛の形だよ。そう簡単に破れはしない」
「ん……ぎぎ……!」
それでもさらに押し込んだ誓約剣エクスカリバーで、1層砕ける。 ※29
「でも、ちょっと意外だったよ」
ぜーはー言いながら剣を突き立て続ける俺を、なぜか少し残念そうな顔で見る小野。
「い、意外……?」
「その剣の代償は分かっているはず。自身の延命のために、他人の命を犠牲にするなんて、君らしくないなと思ってね」
「べ、別に犠牲には……していない……が!」
全力でエクスカリバーを維持しながら、何とか会話に応える俺。
「? いいんだよ別に。僕は人間の世界がどうなったって興味がないし、君が自分の命を惜しんだところで、そんな程度で僕は君を嫌いになったりしない」
「い、いや……。別に……、嫌われるのが怖い……、とかいう話では……ないんだが!」
「?」
「誰かに……迷惑を……かけるようなことは……ないと……思うぞ!!」
やった、1層砕けた! ※28
「そこまで弱った体の延命を願っておいて、それは虫が良すぎるんじゃないかな?」
「だから……! そんな……ものは……願ってないっ!」
もう1層砕けた。 ※27
「? じゃあ、何を願ったというんだい?」
「『小野倉太を救う』だ」
「は?」
「……だから! 小野倉太を! 救う! だ!」
俺の叫びとともに2層砕けた。 ※25
「…………」
「…………っ」
「……………………はああぁ!!」
小野がすっとんきょうな叫び声をあげる。
同時に3層砕けた。 ※22
気が抜けたというヤツだろうか。
「な、なに! なにを言ってるんだ、君は!?」
……なにと言われても。
「ら、ランページちゃんの……名ゼリフ……『目標は少し実現が難しい程度がいい』を……知らんのか!?」
10年前の2クール覇権アニメ『絶対無敵! BMPブレイバーズ』のヒロイン、ランページちゃんの名ゼリフである。正確には、「ねえ知ってる? 目標はね、少し実現が難しい程度が一番いいんだよ」である。
「知らないよ!!」
1層砕けた。 ※21
「流行語大賞にも……選ばれたん……だぞ!」
100年前から、もう止めたほうがいいんじゃないかと芸能人とかにさんざん言われながら、100年も続いている、あの流行語大賞に!
「だから、知らないよ! 君と月夜が『絶対無敵! BMPブレイバーズ』にドはまりしてたのは知ってるけど!」
知っとんのかい!!
「冗談じゃないよね! 本当にそれで誓約したんだよね! 一体君は何を考えてるんだ!? 僕は、今、君と命のやり取りをしている幻影獣なんだよ!!」
「ふ……! 他者と触れ合うのが……怖いだけの! 美少年を救ったところで……! 何の問題があろうか!!」
「問題しかないよ!! 僕は幻・影・獣!! 人類の天敵!!」
怒られた。
そして、2層砕けた。 ※19
エクスカリバーを突き立てられてもびくともしなかった小野が、いつのまにか、肩で息をしていた。
「……全く」
「?」
「君だけは、本当に分からない」
「……」
そうかな。
「10年間見てきたくらいで、少しでも君を分かった気になったのが、大きな間違いだった」
「……っ」
そうかな。
「想像の……遥か上だよ。誰も君には勝てない。『澄空悠斗は倒せない』」
「……っ!」
そんな大げさな話でもないと思うんだけど。
「でも、おかしいな」
「?」
「そこまで愛にあふれた君が、どうして32層の重力結界ごとき壊せない?」
「ご……!」
ごときと言われましても!
「いや、ずっと感じていたんだ。今日の君にはなにか足りない。まるで半分の身体で闘っているみたいで……」
「!!」
痛いところをつかれた……。
俺がずっと気にしていたこと。
小野と闘っている間じゅう……いや、麗華さんと別れた瞬間から……。
『俺って、こんなに弱かったっけ……?』って。
「う……おおおおぉぉ!」
弱さを覆い隠すように叫んで、エクスカリバーを突き立てる。
どのみち、もう限界が近い。
月夜はエクスカリバーの稼働について「休みなくフルマラソンを走り続けるようなもの」と言っていたが、俺にとっては、全力疾走の100メートル走に近い。
このままだと、結界を破る前に、もう一度命が尽きる。
乾いた音がして、3層が砕け散る。 ※16
残りちょうど半分。
「…………」
だが、もうこれ以上、どうにもなりそうになかった。
「く……そ……」
「悠斗く……」
と、小野が俺に語り掛けようとした瞬間。
爆音とともに、ホールの入り口が吹き飛んだ!
「れ……!?」
現れたのは、麗華さん。
そして、三村・峰・エリカ・春香さん・雪風君・賢崎さん(※は、なぜか春香さんの背中で寝ている)。
「ミーシャでも止められなかったか……」
小野が呟く。
いや、それより。
「麗華さん、なんでここに!」
「悠斗君を助けに来た!」
俺と小野を中心に展開するドーム状の力場に遮られて、麗華さん達はこちらに来ることができない。
さらに、力場が発する音がうるさくて、大声を出さないと会話ができない。
「麗華さんは副首都区に来れないはずだろ!」
「おじいさまには許可をもらってきた!」
も……もらって来たって……。
「そ……そんな、簡単に……」
「簡単じゃない! かなり、決死の覚悟だった!」
麗華さんが叫ぶ。
……それはそうかもしれない。
麗華さんは、いつも、剣首相に負い目を感じているようだった。「迷惑ばかりかけて申し訳ない」と。
俺も、麗華さんが、剣首相のいいつけを破るなんて、想像できなかった。
「なんで……」
「悠斗君を助けに来るため!」
「っ!」
まっすぐな言葉に息が詰まる。
向き合うのが怖かったから逃げ出してきたのに。
剣首相に迷惑をかけてまで追ってはこないだろうと思ったから、離れられると思ったのに!
「帰ってくれ!」
「どうして!? 悠斗君を置いて帰る理由がない!」
誓約剣と重力結界の力場を貫いて聞こえる麗華さんの声。
他のメンバーも小野も、口を開かずに俺たちを見守っている。
「これが最後のBMP能力なんだ! 小野を救って、ハカセ達を助けて! それで終わりにするんだよ!」
「終わりになんてならない! この後も、悠斗君の人生は続くんだから!」
「続かないんだよ!!」
魂から漏れるような声が出た。
涙も出ていたかもしれない。
「続く! BMP能力を使わないようにして、安静にすれば、そんなに簡単に死なない! 私が、すぐに治療法を見つける!」
「BMP能力が使えないまま生きながらえて、どうするんだよ!?」
「なんの問題があるの!」
「問題しかない!!」
困っている誰かのために闘えない。
みんなのそばにいられない……!
麗華さんのそばにいられない!!
「BMP能力を使えない俺は、やることがないんだよ!! 麗華さんのそばにいられないんだよ! そんな状況に耐えられないんだよ! 頼むから、これで綺麗に終わらせてくれ! 俺が、無価値になる前に、終わらせてくれ!!」
「っ! 悠斗君の!!」
瞬間。
いままで、感じた、どんな強敵の力よりも。あのレオよりも。
大きな力が。
「分からずやーーーー!」
爆発した。