副首都区攻略戦9
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「悠斗。聞いてる?」
言われて、僕は目を覚ましたんだと思う。
月夜と暮らしているマンションの一室。
対面には、麗華さんのお姉さんにしか見えない月夜が居る。
? 麗華さん?
「僕、寝てた?」
「悠斗が寝てたかどうかは私には分からないけど、『世界最強のBMP能力を知りたい』と悠斗が聞いてきたという経緯を考えると、途中で寝てしまうのはどうかと思う」
「確かに。ごめん」
謝る。
「いいけど。どこまで聞いていた?」
「えーと、月夜の義理のお母さんが最強のBMP能力を使っていたという話」
……だったよね。
「そう。聖魔剣士・剣碧。その名の通り、二種類の剣を使うんだけど、普段は【魔剣クラウ・ソラス】しか使わない。本当に困ったときに使うのが、聖剣エクスカリバー」
「どんな剣なの?」
聞くと、なぜか月夜は少し上の方を眺めた。
「?」
「世界の法則というものがあるとする」
「??」
「その法則に一文追加する能力」
「???」
意味が分からない。
「セカイ系のラノベの話?」
「悠斗。私はエンタメに疎い」
いや、そんな真面目に返されても困るけど。
「間違いなく概念能力の一種。もちろん制限はあるけれど。たぶん、これ以上のBMP能力は存在しない」
「…………」
そりゃ、世界の法則を書き換えるのなら、本当に無敵だろうけど。
「ただ、このBMP能力には欠点がある。……というより、誰もが使いたくなくなるような欠点で構成されている」
「そうなの?」
「書き込む内容に制限があるだけでなく、書き込めた内容が成功するとは限らない」
「? それ、書き込めてないんじゃ?」
「『書き込めたけど成功しない』の。でも、書き込めてるから消せない」
「?」
「例えば、『Aという幻影獣を倒したい』と書き込んで、Aを倒せなかったとする。世界法則では『Aを倒す』ことが決定しているから、書き込んだ人は事あるごとにAと戦う羽目になる。本人が嫌がっても強制的に、倒すまで永久に」
「……それは嫌だな」
「そういった運命改変を実行するために、現実のできごとが歪められる。本来なら、Aが現れなかった時と場所にAが現れ、死ななくても良かった人が死んだりする」
「……嫌だな」
「そもそも書き込んだ内容が達成されるまで聖剣を解除できないから、たぶん数日で衰弱死する。これだけのBMP能力を起動し続けるなんて、休みなくフルマラソンを走り続けるようなものだから」
「……駄目じゃないか」
いや、しかし。
「聖剣を解除しなくても生き続けられるように世界法則を設定する、とか?」
「可能かもしれないけど。聖剣を維持するためのエネルギーをどこかから持ってくるということになる。どこかで誰かが毎日、弱るか、死ぬ。半永久的に」
「……どう考えても、正義の味方の能力じゃないと思うんだけど……」
「だから、このBMP能力は基本的に使わないのが正解。使うとしたら、その場で確実に解消できる内容じゃないといけない。碧さんは、そうやって追加する世界法則のことを『誓い』と呼んでいた」
「誓い……」
「聖剣というより、【誓約剣】の方が適切な名称なのかな」
「なるほど……」
まぁ、名称はともかく。
「つまり、誓約の内容は、『少し実現が難しい程度』が良いということでは?」
「うん。ランページちゃんが言っていた通り」
月夜も同調する。
やはり、今期の覇権アニメ『絶対無敵! BMPブレイバーズ』は正しかったんだ!
清々しい気分で雑談を終えたところで、僕は、もう一つ気になっていることを聞くことにした。
「月夜、その亀、何?」
「まさか気づいてないとは思ってなかったけど、今まで聞かなかった悠斗はやっぱり変わっていると思う……」
困惑した月夜も見つめる先には、大きめの水槽に入れられた亀の姿。
マンションの部屋が大きいから、大きめの水槽だって、平気で置けるのだ。
「ちょっと事情があって預かってきたの。【玄武】と名付けようと思うんだけど、どうかな?」
「どうかなも何も、月夜の亀なんだから、月夜の好きに名付けたらいいんじゃないかな」
言いながら、亀を眺める。
……亀だよね。
「…………」
なんというか。
亀っぽいけど、何か違う。
しっぽとかが蛇になってるような、なってないような。
「……悠斗様」
「!!」
亀が喋った!?
「げ、月夜! 亀がしゃべっ……?」
いつの間にか月夜が居ない。
「とてもお美しい剣です」
「お美しい……?」
亀に言われて気が付く。
僕の手には黄金色の剣が握られていた。
「な、何これ?」
「さきほど月夜様がおっしゃっていたように、【誓約剣エクスカリバー】なのでしょう」
「えくす……?」
カリバー?
「創造次元。概念として存在すれば、実際に存在しないBMP能力ですら『複写』する能力。悠斗様に相応しい至高のBMP能力かと」
「そ……そう言われても……」
でも、だんだんと思い出してきた。
今、僕は小野と闘っていて……。
「ですが、まだそのエクスカリバー、起動しておりません」
「そなの?」
「はい。誓約剣を起動させるためには、世界法則に一文を追加すること――誓約が必要です」
「誓約……」
言われてふと、小さな望みを思い浮かべる。
それが誓約になったのか、【誓約剣エクスカリバー】は黄金色の輝きを発し始めた。
「とてもお美しい輝きです。悠斗様。これならば、どんな困難も切り払えるでしょう」
「……そうは言っても」
今ちょうど死にかけているような。
ひょっとして、これ、走馬灯?
「今、あんまり元気がないみたいなんだけど……」
「私が力をお貸ししましょう」
亀が黄金色の輝きを発し始める。
「げ……玄武さん?」
「この程度では、貴方に受けた恩の10分の1も返せはしませんが……」
亀が発する黄金色の輝きに、僕は包まれていく。
「また、お会いしましょう。悠斗様」
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「…………」
「!!」
ぬぼーと起き上がった俺に、小野が大慌てで距離を取る。
「ゆ……悠斗君?」
「ん」
左手で目をこすりながら意識を確かめる。
右手には当然のように、黄金色の輝きを発する剣。
「せ……聖剣エクスカリバー……。君はそんなものまで複写していたのか……?」
「誓約剣らしいぞ」
言いながら、エクスカリバーを振ってみる。
特に重くはない。
「そうか……。その力で生命力を復活させたのか……」
「いや、それは別口っぽいぞ」
亀由来っぽい。
「っ! はああぁ!」
小野が完全なる世界で襲い掛かってくる。
俺は、反射的に誓約剣エクスカリバーで一閃。
「な!」
「え?」
あまりにもあっさりと。
さきほどまでさんざん追い詰められた黒いハルバードは、真っ二つになった。
粒子状になって消えていく完全なる世界。
しかし、途中から、その粒子が渦を巻きだした。
「?」
ハテナを浮かべる俺の前で、完全なる世界だったものは徐々に形を成していき。
何層にもなる半透明の膜のようなものを作り出す。
「完全なる世界の終局。32層の重力結界。これが僕の本当に最後の切り札だよ」
「……」
「今の君のBMP能力値は限りなく200に近い。でも、はっきり言っておくけど、この重力結界を破れないようなら、【コア】は絶対に破壊できないよ」
「望むところだ」
俺は応じて。
誓約剣エクスカリバーを重力結界に突き刺した。