副首都区攻略戦6
「入れないんですけど……」
賢崎藍華に斥候を仰せつかった三村宗一が、副首都区役所本庁舎に入ろうとして、くるっと180度回転して、帰ってきて、言った言葉が上記の通りである。
「三村。一応聞くが、ふざけているわけではないんだな?」
「なんで、こんな最終局面でふざけないといけないんだよ……」
峰と三村が言葉を交わす。
正直、傍目にはふざけているようにしか見えないが、ふざけているわけではないらしい。
「迷宮の結界ですね……」
眼鏡をくいっとしながら、藍華が言う。
「私がやってみる」
干渉剣フラガラックを携えた麗華が、三村と同じように副首都区役所本庁舎に向かって歩を進める。
が、結果は同じだった。
「干渉剣デも、破れナイんデスか……」
呆然とした表情で庁舎を見上げるエリカ。
「春香」
と、藍華が呼びかけるが、式春香は静かに首を横に振った。
「仕方ありませんね……」
「? ナックルウエポン? 何か手があるの?」
驚いたような表情の麗華。
この場で、干渉剣フラガラック以上に対幻術に優れたスキルがあるとは思えなかったのだ。
「あります」
だが、藍華は言い切った。
「融合進化の仕様は覚えていますね」
「? うん。感応部位の右手を合わせることで、ナックルウエポンの魂そのものを幻化融合し、対象者の能力を飛躍的に底上げする」
「これ、そもそも何度も使うような能力ではありませんけど、何度でも使えるんです。ただ、最初の対象者に同調方式が固定されてしまうので、他の人間には使えなくなります。『貴方色に染められた(はあと)』といったところでしょうか」
「なんでわざわざちょっとエッチに言ったの……?」
麗華が軽く抗議するが、もちろん藍華は聞く耳を持たない。
「しかし、実は、別の感応部位を使えば、他の対象者とも融合進化できるんです」
「え?」
「第一感応部位よりだいぶ同調能力が落ちるので、賢崎の歴史上でもほとんど成功した例はありませんけどね」
と、ここまで聞いて、麗華もようやく気が付いた。
「つまり、私と融合進化して、強化した干渉剣フラガラックで結界を破る?」
「その通りです」
と言いながらも、微妙に嫌そうな顔の藍華。
「ナックルウエポン。そんなに可能性が低いの?」
「いえ、能力が強化される副首都区内ですから、可能性は低くないです。一度、『ユウト』にやり方を教えてもらってますから(ぽっ)」
「……なんでわざわざちょっとエッチに言うの……。しかも、今更ユウトって言った……」
麗華が軽く抗議するが、やっぱり藍華は聞く耳を持たない。
「では、結局、何が問題なんだ?」
エッチな話にあまり興味がない(※ように見える)峰が話を進めようとする。
「第二の感応部位が少し問題で……」
「? 左手ジャないンですカ?」
安易といえば安易だが、それほどおかしくもないエリカの発想に、藍華は首を振る。
そして。
「『唇』なんです」
言った。
「「…………」」
しばらくの間、沈黙が支配した。
誰得でもないが、あえて得をする(※と思われる)三村ですら、予想外のセリフに沈黙していた。
沈黙を破ったのは、峰達哉だった。
「分かった。三村は俺が対処しよう」
「構えなくても、見ないってば!」
砲撃の構えを取る峰に三村が慌てて背を向ける。
話を進めにかかった峰に、ギャグは通用しないのである。
「……ナックルウエポン。あまり我儘を言える状態でないことは承知の上なんだけど」
「まさか、私が喜んでいるとでも思っていますか?」
「それは思ってないけど……」
「私は初めてなんですよ。ソードウエポンは、『ユウト』にしてもらったくせに……」
「あれは人工呼吸みたいなものなんだけど……」
言いながらも、自身の不利を悟る麗華。ただ、できたら『ユウト』は辞めて欲しいところである。
「私ガ、代わっテあげラレれバ……」
とエリカが言うが、残念ながら全く意味がない。
ただ、三村が喜ぶべきか悲しむべきか複雑な表情をしているあたりに、男性としての成長を感じないわけでもない。
もちろん、いつまでもこんなことをやっている場合ではない。
意を決して、ダブルウエポンは、どちらからともなく手を伸ばした。
☆☆☆☆☆☆☆
小野の大ぶりのパンチをかわして、左ストレートで打ち抜く。
不十分な体勢で放たれた小野のパンチをさばいて、右フックで弾き飛ばす。
小野がパンチを撃つ前に、右ストレートを叩き込む。
控えめに言っても、一方的な展開だった。
臥淵さんとの対戦前に賢崎さんに仕込まれた付け焼刃の体術でどうにかなるほど、小野の体術は素人同然だった。
いや、それ以上に……。
「本当にこんな闘い方でいいのか?」
問う。
幻影獣の在り方が戦闘の傾向にも影響を及ぼすのであれば。
『好きなものだけを引き寄せ、嫌いなものを遠ざける』小野にとって。
「接近戦は苦手なんだろう?」
「そうとも、限らないよっ!」
セリフとともに飛んでくる小野の右ストレートをかわして。
アッパーカットを振りぬく。
「っ!」
両足が一瞬床を離れ、小野は崩れ落ちた。
「無関心を司る幻影獣なんだろ?」
すぐには立ち上がらない小野に、声をかける。
憎しみと無関心は全然違う。本質的に嫌いなものと関わることのできない小野が、殴り合いが得意なわけがない。
が……。
「やだなぁ、悠斗君」
小野が立ち上がる。
「レオのことを忘れたの?」
小野の拳に集中していた力場が変質していくのを感じる。
「絶望を司るからこそ、希望がないと倒せない。無関心を司るからこそ、愛にこだわるんだよ」
小野の手に姿を現す黒い武器。
実物を見たことはないけど、確か『ハルバード』と言ったか?
槍の穂先に斧頭が取り付けられた長柄武器。
……斧?
「……あの日以降、どうしてもこの形になっちゃうんだよね」
何故かバツが悪そうに言う小野。
まさか、これが『アックスウエポン』の名の本当の由来か?
「しょうもないかな?」
「しょうもないよ」
断言する。
初めて会った時に、俺の横に座っていた少年の名前を借りて『小野』。
同じ音の『斧』をイメージした武器。
……あほである。
「完全なる世界」
しかし、誇らしげに掲げる小野。
小野の力の根源である引力・斥力を凝縮した武器だと思うが。
「…………」
緋色先生の授業で習った気がする。
武器の形に現すことで、力の方向性を具体化させ、効力を何倍にも高める技法。
名前は、確か『現出武器』。
麗華さんの幻想剣も、おそらくは、その亜種。
さっきまでの殴り合いは、この能力のための暖機運転か……。
「……」
やばい。
あれはとってもやばい。
「劣化複写・完全なる世界!」
本能的な恐怖で、小野の完全なる世界を複写する。
劣化複写の仕様上、相手と全く同じ能力で闘うのは悪手なのだが、そんなことを言っていられる感じではない。
そして。
「さすが悠斗君」
心底嬉しそうに。
「さぁ、愛し合おうか!」
小野が言う。