副首都区攻略戦4
天地がひっくり返ったような爆発音が轟いたが、雪風運転車は無事だった。
「そ……相殺した?」
「剣はともかく……、春香さんもとんでもない人だな……」
ドラゴンとまともに渡り合う女子高生コンビの戦闘力に、峰と三村が揃って青くなる。
「……ソウルキャストですか……。まぁ、働いてくれるのなら、文句はないですが……」
対照的に、賢崎藍華は、少し難しい顔をしていた。
「あノ……。デモ、このママでハ、まずイのデハないでショウか?」
「そうですね……。あれを使いますか」
エリカの声に応える形で、藍華が身を乗り出す。
藍華は中央の座席にエリカと並んで座っていたのだが、後部座席の三村と峰の間に体を割り込ませながら、後部トランクの中を漁りはじめる。
「け……けけけ、賢崎さん?」
「あ、三村さん。こんな状況ですけど、変なところを故意に触ると、ちゃんと強めに蹴飛ばしますので」
「さ……触らないけど、なんで、俺だけに言うかな!?」
「峰さんガ、顔色一つ、変えテないカラではないデしょうカ……?」
峰に変わり、エリカが補足説明を入れる。
少しして、藍華が銀色のケースをトランクから取り出す。
藍華が開けると、中にはダーツのようなものが12本収められていた。
「ディテクトアイテム『銀の弾丸』です」
「ぎ……銀の弾丸!?」
「あら、さすがは峰さん。知ってましたか」
三村とエリカは知らないようなので、藍華は峰を褒めた。
「霧島研究所で制作された『BMP能力者でなくても幻影獣に攻撃できる』アイテムです」
「ソ……そうナンですカ!?」
「はい。なにせ、投げてぶつけるだけでいいですから。弾頭にでも練りこめば、通常兵器で幻影獣の論理結界が破れるようになります」
「……それって、俺達、お払い箱じゃ……?」
「量産化できれば、そうなっていたかもしれませんが、霧島研究所がなくなってしまった今となっては無理ですね」
三村の希望とも不安とも見える問いかけに答えて、藍華は『銀の弾丸』を取り出した。
「賢崎さん……?」
「撃つのは、貴方です。峰さん」
手渡しながら、言い切る藍華。
「攻撃が効かないのは、ただ単に物理的に距離が離れているからではありません。私の見たところ、あの『ドラゴン』は、距離に応じてBMP能力の威力を減衰させるスキルを持っています」
「そ……ソレって……」
「はい。こちらも空を飛ばない限り、絶対に倒せませんね」
「……確かに、この武器なら威力は減衰しないだろうが……」
峰が不安げな……というより絶望的な表情で、上空の巨大な黒い物体を見上げる。
「威力は減衰しなくても、元々圧倒的に足りていないような……」
そして、三村が、峰の心の声を代弁する。
「眼を狙うんですよ」
しかし、その疑問に対する賢崎藍華の答えはシンプルだった。
「「…………」」
「無理を言うな!」
呆然とする三村とエリカに、叫ぶ峰。
「ドラゴンまで何メートルあると思ってる!? しかも、動きだって速い! 身体に当てるだけでも難しい。俺の能力は、狙撃じゃないんだぞ」
「自分を知ることは重要ですが、勝手に枠にはめるのは考え物ですよ」
「え?」
「貴方の目標とする人は、そんな簡単な人なんですか?」
「…………いや。むしろ対極だな」
静かに決意した目で、峰は銀の弾丸を構える。
「君が、サポートしてくれるんだろう?」
「もちろんです。EOFの本領をお見せしますよ」
「しかも、12本もある。なんとかやって見せる!」
「峰サン!!」
「ちくしょう……。やっぱり、こいつは残念でない方のイケメンかよ……」
峰の決意に、心からの賛辞(※たぶん)を送るエリカと三村。
が。
「一本、一億円しますからね。気合を入れてください」
賢崎藍華の一言が、ドラゴンの熱気すら吹き飛ばして、車内を凍りつかせた。
「は……?」
「イ……?」
「いちおくえん……?」
三村とエリカは応援体勢のまま、峰は狙撃体勢のまま、凍りつく。
「本当は、値段なんか付けられない品なんですけどね。あえて付けるなら……ということで」
「「「…………」」」」
重苦しい沈黙が三人を包む。
「あ、あの賢崎さん?」
「なんですか、峰さん?」
「その……使っても、大丈夫……なんだよな?」
「もちろんですよ」
「りょ……了解!」
と、狙撃を開始しようとした峰の右手を三村が掴む。
「早まるな、峰。賢崎さんは、『払わなくてもいい』とは言っていないっ!!」
「失礼ですね。私は根拠もなく、『大丈夫』などとは言いません」
眼鏡の位置を直しながら答える賢崎藍華。
「半分は私が持ちます」
「半分ハ私たちガ払うッテいうコトですカ!?」
思わずツッコむエリカ。
しかし、直後に恥ずかしげに口元を押さえるあたりが、愛らしいといえば愛らしい。
いや、それはともかく。
「い……一本、ごせんまんえん……?」
「俺に宝くじを当てるBMP能力があれば払うけど、ないから勘弁してくれ……」
ひらがなになるほど動揺している峰と、意味不明な理屈で説得にかかる三村。
もちろん、雪風君は前だけを見て真面目に運転している。
「金銭面での負担も分かち合うのが、仲間だと思いませんか?」
「資金力に差があるだろうが!」
しれっとした顔の藍華に、必死で食い下がる三村。
「……確かに私からすれば困るような金額ではありません。けど、もったいなくない訳ではないんですよ。これの価値は金額だけでは測れませんし」
「澄空のためだろ!」
「だって……。せっかく助けても、麗華さんのものになるのでは、私が丸損じゃないですか?」
今そんなこと言っても! と、頭を抱える三村とエリカ。
しかし、一本5千万の負債と知って、今の峰にまともな射撃は期待できそうになかった。
「5千万っテ。ふ……風俗とかシタら、稼げマスカ?」
「そんな真似させられるか! エリカは俺が守る!」
混乱しているエリカに対し、どさくさまぎれに点数を稼ぐ三村。
(考えろ! 考えるんだ! 三村宗一!! 賢崎さんは意味もなくこんなことをいう人じゃないたぶん。おそらく、峰の緊張をほぐすための冗談のはずだ。ただ、このままでは、もちろん逆効果。払ってくれるつもりはあるはずなんだ。……必要なのは、おそらく、面白い切り返し……。考えろ! 考えるんだ!! こういう無茶振りは、澄空が居ない時は、だいたい俺の役目だ!!)
斜め上の決意とともに、必死に頭を働かせる三村。
キーワードは四つ。
①賢崎藍華にとっては困るような額ではない。
②峰達哉の緊張をほぐさなければならない。
③三村が面白い切り返しをしなければならない。
④リア充、爆発しろ。
「そうか!」
そして、三村は閃いた。
「み……三村?」
「三村さん……?」
疑問と期待を込めた目で三村を見上げる、峰とエリカ。
「賢崎さん……」
「……なんですか?」
「その5千万……。いや、6億!」
「…………」
「澄空悠斗が全額払う!!」
「…………」
「…………」
そして。
「……貴方なら、きっと正しい答えにたどり着くと思っていました」
賢崎藍華と三村宗一は、固い握手を交わした。
ちなみに。
一応、補足しておくと、車上では、ドラゴンとの交戦中である。