副首都区攻略戦3
「あの……ソードウエポン?」
「なに?」
副首都区庁舎に向かって爆走する、雪風運転車の中で、ナックルウエポン・賢崎藍華は、ソードウエポン・剣麗華に話しかけていた。
「長距離攻撃手段を持っていないとはいえ自分で動いていない私が言うのもどうかとは思うのですが……。少しだけでいいので、手伝ってもらえませんか?」
車窓から爆音が轟く景色を見ながら、藍華は訴える。
迷宮がついている澄空悠斗とは違い、彼女達は、暴走している副首都区幻影獣達に、もろにターゲットにされていた。
遠距離攻撃手段を持つ式春香と峰達哉が車の上に立って迎撃を行っているが、どう見ても手が回っていない。
「スカッド・アナザーに似ていますが、別の個体ですね。とはいえ、並のCランク幻影獣ではない……。ベヒーモスが来るより、ましですが……。あ、雪風、スピードは落とさなくていいです。しばらく、大きめにジグザグに走ってください。それでかわせます」
EOFで運転する雪風に指示を出す藍華。
遠距離攻撃手段がないとはいえ、もちろんさぼっている訳ではない。
「ごめん、ナックルウエポン。もう少しだけ待ってくれる?」
「……麗華さん。ひょっとシテ、幻想剣ヲ作っテマスか?」
「え?」
エリカの予想外の一言に、藍華が反応する。
「そ、ソードウエポン? 一応、今、戦闘中ですよ?」
「分かってる」
「いえ、本当に分かってますか? EOFでもかわしきれない攻撃は来るでしょうし、今迎撃しているのは、春香と峰さんだけなんですよ? 春香は確かに強いですが、私のいまいち信頼できないリスト上位常連です」
「春香さんのことは知らないけど……。もうちょっとだけ待って。これは必要になるかもしれない。最近少しずつ準備はしていたから、あともう少し」
「……一体、どんナ剣ヲ作っテるんデスか?」
エリカが聞く。
「ダメージを回復する剣」
「あ……」
それを聞いて、藍華も黙る。
確かに、その剣は必要になるかもしれない。
というより、EOFで素直に予知した限りでは、ほぼ必須だった。
……治せるダメージかどうかという問題はあるが。
と。
「お嬢様」
「は……春香!? 何やってるんですか!? いくらテンションが上がらないからって、迎撃やめてどうするんですか!? 峰さん一人に任せるなんて……。って、峰さんまで降りてきてどうするんですか!!」
車上で迎撃していたはずの春香と峰が、いつの間にか窓から車内に帰還していたのを見て、藍華が焦る。
「落ち着いてください、お嬢様。幻影獣が引き上げて行ったんですよ」
「え?」
言われて、周りを見回す藍華。
確かに、幻影獣の姿が見えなくなっている。
「良かった。ついに、貴方が本格的に職務放棄を始めたのかと不安になりましたよ」
「私は、変態ですけど真面目なのですよ、お嬢様」
どう聞いても褒めていない賢崎次期党首の言葉に、大きな胸を張って答える式春香。
というか、真面目な人間は、次期党首への返答に『変態』などという単語は使わない。
「デモ、どうシテ襲って来なクなったンでショウ?」
「非戦闘地帯に入ったのかもしれませんね」
エリカの疑問に、何かを考えながら答える藍華。
「非戦闘地帯って、幻影獣が? どうして?」
「まぁ、考えられる理由は……」
と、三村の問いに答えようとした藍華の顔が、突然、真っ青になった。
峰がその理由をさらに尋ねようとした瞬間。
地鳴りのような咆哮が轟いた。
エリカも、三村も、峰も、雪風でさえ……。
剣麗華と式春香を除く、全員の顔が真っ青になる。
車体が浮くほどの声量に、心臓を鷲掴みにするかのような声質。
「ま、まいったなぁ……。ひょっとして、レオが生きていた……とか……?」
「会話が通じる分、その方が良かったかもしれません……」
軽口を言おうとした三村に、絶望的な事実を告げる藍華。
実は、皆、分かっている。
副首都区に入る、と決まった時から、四聖獣やコアの恐怖とは別に、ずっと考えていた不安。
「く……暗くナリマシタ……」
エリカが恐怖を声に出す。
副首都区の赤く染まった空の下でも、夜以外は太陽の光は届く。
……何かに遮られていない限りは。
「あ……会わなくてもいい強敵にエンカウントするのは、澄空専用スキルだと思ってたんだけど……」
「ふ……不謹慎なのは承知だが……。俺もだ……」
武者震いではない震えに身を任せながら、三村と峰も呟く。
そう。噂だけなら、皆、知っている。
『副首都区には、ドラゴンがいる』
「雪風! その曲がり角を右に! アクセル全開で!!」
「!(こくこくと!)」
雪風の運転により、車が右折した直後。
交差点付近は、周囲の建物ごと吹き飛ばされる。
それは、炎というより爆裂のブレス。
上空から飛来した直径5メートルはある炎弾が、交差点を中心に直径10メートルほどのクレーターを作り出していた。
「は、春香! ソードウエポン! 迎撃してください!! 次はかわしきれません!!」
「了解です、お嬢様」
「私も、大丈夫」
藍華の指揮に応え、春香と麗華が、窓から車上に飛び上がる。
飛び上がった車上からは、やはりドラゴンが見えた。
体色は黒。
「ドラゴン、居ましたね」
「うん、私も実際に見たのは初めて」
「迎撃は難しそうですね」
「うん、あれだけ高く飛ばれると攻撃が当てづらい。威力も減衰するし……」
「とりあえず、あのブレスを私達で防御しないといけませんね」
「うん。でも、さっき見ていた限りだと、春香さんの出力ではレーヴァテインと合わせても……」
……と。
麗華が春香の顔を見つめる。
「どうしました、麗華様?」
「う、うん。えと、春香さんの様子がいつもとちがうような気がするから……」
と麗華が言うのも無理はない。
普段のわざとらしいくらいの喜怒哀楽の表現は完全に鳴りを潜め、今は能面のような無表情を顔に張り付けている。
「申し訳ありません。実は、これが素でして。演出する余裕がないと、こうなります」
「普段の大げさな表現は、演技なの?」
「あながち、そうとばかりも言えないんですが……」
歯切れの悪い春香。
「麗華様。賢崎が、どうやって覚醒時衝動に対応しているかご存知ですか?」
「? 確か……年頃になると、感情を極力抑制させる……だったかな。覚醒時衝動終了まではかなり細やかな管理が必要になるけど、力尽きるまで暴れさせるよりも危険が少なく、覚醒後の能力をより的確に制御できるようになるとか……」
「そうです。さらに言うと、覚醒時衝動後には、BMP能力起動用の『激しい感情』と戦術用の『冷静な思考』を両立できるようになるという、優れた手法ではあるのですが……」
「…………」
「失敗すると、こうなります」
そう言って、自分を指さす春香。
これが、本来の式春香だというのなら、普段の大げさな感情表現に多少の違和感を感じても当然なのだが……。
「……それだけじゃないよね?」
「え」
「感情表現を偽っている程度で、あんな不気味なほどの違和感は感じない。だいたい、そんなことをする意味が分からない」
「……そんなに不気味でしたか。感想など聞いたことはないもので。ひょっとして、私が悠斗様に嫌われているのは、変態キャラのせいではなく、これのせいでしょうか……?」
「どうかな……。私には分からないけど」
『悠斗君、別に嫌ってはないと思うけど』と言えないあたりが、素直になれないお年頃の麗華である。
「春香! ソードウエポン! また、ブレスが来ます!! 何とか防いでください!!」
下の車内から、賢崎藍華の声がする。
「幻想剣・炎剣レーヴァテイン」
麗華も、幻想剣を実体化させるが。
「…………やっぱり、出力が足りない」
麗華は役にも立たないプライドは持っていないが、それでも驚きは感じる。
あのドラゴンのブレスは、ソードウエポンよりも上なのだ。
とはいえ、こんなところで死んでいる暇はない。
「春香さん。ナックルウエポンが言っていた。式春香はムラがある、と。ひょっとして、何か出力を高める手段を持っているんじゃないかな?」
「ご名答。さすがは、麗華様です」
「え、ほんとに?」
あっさりと認められ、半信半疑で聞いた麗華は驚いた。
『BMP能力の出力をあげるBMP能力』というものは存在するが、『BMP能力の出力をあげる技術』となると、麗華でも『インパクトスペル』のような精神論めいた怪しげな技術しか知らない。
そして、そんなBMP能力をもっているなら、賢崎藍華が説明していないはずはない。
「出力をあげる必要はないんですよ。私の場合は、BMP能力起動の鍵となる『激しい感情』がないだけですから」
「それこそ、問題なんじゃ……」
「そこでお手を拝借」
と。
春香が、レーヴァテインを持っていない方の麗華の手を握る。
「……?」
最初は何をしているのかと疑問に思っていた麗華だが。
「……!」
式春香の変化に目を奪われる。
能面のようだった表情に、火が灯り。
さきほどまで非能力者と大差がなかったプレッシャーが、爆発的に膨れ上がる。
そばにいるだけでチリチリと肌が焼かれそうな錯覚。
髪に、若干赤みがかかったようにさえ見える。
「は……春香さん?」
「私自身が無色に近くなったせいか、他人の感情に強く影響されるようになったんですよ」
その声も、さきほどまでとは打って変わって温度を持っている。
「喜怒哀楽はおろか、その人の根源にある『属性』まで。紙が絵具に染まるように、写し取ることができるんです」
「…………」
「これで、さしあたっての出力には問題ありません。お嬢様は、おまじない、なんて言いますけどね」
ぺろっと舌を出す式春香。
一方、剣麗華は衝撃を受けていた。
おまじないどころではない。
恐怖や戦意を制御するのとは訳が違う。
BMP能力起動の鍵となるような『激しい感情』が意図的に制御できるはずがないのだ。
他人の感情で、自分の感情を塗りつぶすなど、BMP能力者の目から見てもオカルトである。
「右手から超爆裂」
春香の右手から立ち上る炎。
以前見たものとはまるで違う。
……まるで、式春香自身が炎になったかのような。
「そんな驚いた顔をしないでください。もし、私のことを信じてくれるならば、これは貴方自身の姿ですよ、麗華様」
「私の……?」
「はい。クールな外見とは裏腹の、燃えるような『火属性』……」
そう言って、式春香は、自らが生み出した右手の炎をうっとりと見つめる。
「ソウルキャスト。成功ですね」